7 信じてもらえるかわかりませんが

「いや、ほら、面倒だろ。巻き込まれるの」

「警備に目をつけられるほうが面倒ですよ。なんなんですか。女の人蹴り飛ばしてましたよね。ばっちり見ちゃいましたよ」


 女性の後を付けて襲うなんて! 


 と言われ、我に返る。そう見えていたのか…。と、伊野田は唖然とした。自分では一応、小橋に危険が及ばないように気に掛けていたつもりだったのだが。早急に誤解をとかねば。彼はひとつ呼吸を挟んだ。


「待って、落ち着いて」

「落ち着いてられないですよ。なんだってんすか!」

 小橋は困惑してるが強い視線を向けてくる。真っ直ぐな視線だ。伊野田はたじろぎそうになるが、彼の目を見つめ返した。すると、小橋は口をつぐんだ。何か良いたげな顔ではあったが、伊野田の視線に何か感じる物があったらしい。


 伊野田は少なからず、それに安堵した。どことなく”人間ぽい”意思疎通ができたじゃないかと、心の奥深くで関心しつつ、一度咳払いをする。

「わかった。説明する。さっきは話を濁しちまったから信じてもらえるかわからないが…」


 昔からこういう状況の打破は苦手だ。戦っている時はあれだけ視界が開けるというのに、自分の状況を説明するとなると、伝え方がわからない。八方塞がりとはこのことで、いつも余計なことを口にしては目付役だった男にチクチク小言を言われる。その繰り返しだった。


 今回も同様だ。あの男のじっとりとした、死に神のような目つきで睨まれる光景が目に浮かぶ。瞼を閉じてあの男の顔を消去した。再び開けた視界には丸顔の小橋がいた。びっくり箱の中から何が出てくるのか待っているような顔を前に、伊野田は告げた。


「おれは元事務局のアタッカーで、さっきの女はアンドロイドだ」

 丸顔の表情は、しばし変わらなかった。通りに流れているBGMが切り替わると同時に、ようやく小橋の時間も戻った。


「ははは。そんなの信じられませんよ…」

 小橋は笑いながら否定していた。


 神妙な面持ちの後輩がどんな言い訳を口にするかと構えていればこれだ。笑いたくなる気持ちもわかる。

 しかし、ふっと彼の視線が伊野田の右腕にいくと、ぷつりと笑いが途切れた。空気漏れをおこしたバルーンがしぼんだようだった。


「右腕は過去の案件で怪我してな。それから義手になった」

 伊野田が捕捉すると、小橋はゆっくりと顔を上げ真顔で伊野田をみやる。

「ほ、ほ、ほんとうに?」

 伊野田はそれでも嘘だと一蹴されると思ったが、少なくとも右腕を見て悟ったらしい。戦う以外で初めて役に立ったと思った。


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