第13話

「え、っと……。わか、りません…………」

「本当か?」

「っ、え?」

「本当に、わからぬのか? 本当に?」


 赤い瞳を向けられ、見つめられ。静香は息苦しさを誤魔化すように胸を押さえ、目を逸らす。だが、顔を掴まれ、無理やり目を合わされてしまった。


「答えぬか、静香よ。本当に、わからぬのか?」

「っ、わ、わかりません!!」


 逃げるように叫び、手を振り払った。その際、バランスを崩してしまい落ちそうになる。


「きゃっ!?」


 体が傾き、落ちてしまう。

 助けを求めるように万葉に手を伸ばすが、何故が取ってはくれない。


 どんどん遠ざかる空、体に襲う浮遊感。

 これが、今まで人の命を奪ってきた罰なのか。涙を流す事すら許されない、嘆く事すら許されない。


 当たり前だ。この、助けを求めるように伸ばされた手は、人の血により汚れている。この手を取ってくれるモノなど、存在しない。


 こんな、あっけなく終わるのか。自分の罪から逃げ、人の命を奪い続けた自分の最後は、こんなにも、あっけないのか。

 せめて、ここで終わるのなら、言いたい。許されたいわけでもなければ、助かりたいわけでもない。


 家業を継いだから仕方がない、特殊能力があるから仕方がない。

 そう言い訳をし、母親に逆らう事すらしなかった自分。人の命を奪っている事実から目を逸らし、考える事を放棄した自分。


 そんな自分からの言葉など、誰にも届かない。


 そう、わかっていても、言いたい。伝えたい。



 ――――――――逃げ出した私の最後の言葉。



「ごめんなさい――……」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ――――――――ガシッ


 伸ばした手を下げようとした瞬間、たくましい手に掴まれた。


「やっと、自分に素直になったな、静香よ。その言葉こそが、ぬしの本心じゃ。一度口に出した言葉は覆すことは出来ぬ。これから、罪を償う覚悟はできているか?」

「…………罪を、償う? 私は人の命を無駄に奪いました。依頼だからと、指示されたからと。私は自分で考える事を放棄し、を殺してしまっています。罪を償う方法など、命を絶つことしか」

「それこそ、罪から逃げているのと一緒じゃぞ。ぬしはこれから祓い屋という仕事を廃止させ、今後人の命を取る事を正当化している家業を成り立たせない。それをやり通すのが、罪を犯したぬしの償いじゃ。その覚悟は、出来ておるか?」


 赤い瞳は、目を開き困惑している静香が映る。


 自分にそんな大層な事が出来るのか。そんな、世界を変えるような事。今まで逃げてきていた自分に出来るのか。

 不安が胸に募り、簡単に頷くことが出来ない。


「――――我は、覚悟が出来ているかと聞いているんじゃが?」


 万葉の言葉に、静香は顔を上げた。


「難しく考える事でない。ぬしは、罪を償う覚悟が出来ているのかを聞いているんじゃ。何を深く考える事がある? ぬしは、罪を償いたいと思ってはおらぬのか?」

「そ、そんなことありません。私に出来る事があれば、やりたい。この、人の血で汚れてしまった私の手でも、出来る事があれば、何でも、やりたいのです! ですが、私に貴方が言ったような事が出来るのか。私なんかに、世界を変えるような事が出来るのか。それが、不安なのです」


 静香が今にも泣き出しそうな顔を浮かべ、万葉に訴える。

 そんな彼女を見て、万葉は目を丸くした。


「我は、出来るか出来ないかを聞いているわけではない。覚悟が出来ているかと聞いているんじゃ。ぬしは、覚悟、出来ておらぬのか?」


 首を傾げ、問いかけてきた万葉の言葉に、静香は目を大きく開き黒い瞳に涙の膜が張る。


 罪を犯した自分に出来るのか、出来ないのか。そうではなく、万葉が聞いているのは、罪を償う覚悟が出来ているのか。

 これから何が待っていても、最後まで逃げださず、やり通す事が出来るのか。それを、聞いているんだと、やっと理解が出来た。


 それを理解出来た静香は、一粒の涙を流し、震える声で返事をした。


「出来ています。私、今まで奪って行った人の分まで生きて、罪を償い。今後、同じように奪われる命が無いように、最後まであきらめずやり通します!」

「うむ! その言葉、我は信じるぞ! よっと!」

「きゃっ!?」


 掴まれていた手首を痛みが走らないように優しく引き、静香を両手で包み込む。

 今まで感じる事が出来なかった温もりを感じ、静香は決壊したかのように涙が流れ嗚咽を漏らす。


「今まで、よく頑張ったな静香よ。これからは我も共に、ぬしの罪を償うぞ。必ず、ぬしの手を離さぬ。だから、ぬしの嫁になってはくれぬか?」


 静香の顔をあげさえ、万葉は黒い瞳を見つめる。

 彼の言葉に、またしても涙が流れ顔が歪む。


 こんな、罪を犯した自分に、まだそのようなことを言ってくれる彼に、静香は頷くしかなかった。


「うむ、これからよろしく頼むぞ、静香」

「はい、よろしくお願いします」


 二人は、引き寄せられるようにお互い顔を近づかせ、昇る太陽を背景に、優しいキスを交わした。

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