2、雨水家の妖狐たち

 雨水家の妖狐たちは、肉を好む。

 

 朝食はビフテキだ。キヨがほどよい固さに焼いた肉は美味しそうだった。添え付けの野菜もほどよく火が通っていて、焼き色が美しい。


 料理を運ぶ先は、雨水家の洋風ダイニングルームだ。

 壁は上部が品のある白い壁紙で覆われていて、下部から床にかけて木の色を魅せている。

 テーブルセット周辺には赤をベースに華やかな柄を織った敷物が敷かれており、もう少し寒くなってからが出番の暖炉は今は火を燈すことなく、沈黙していた。

 料理が並べられる丸テーブルを囲む布張りの椅子に腰かけているのは、三人。


 全員、きつね色の髪ときつね耳、尻尾が特徴だ。

 雨水家の家長である、厳つい顔つきで煙管キセルを吹かす宵史郎よいしろう

 化粧の華やかな知豆子しずこ夫人。

 そして気の強そうな顔つきの羅道らどう坊ちゃんだ。

 

「あなた、この桜子はいつまで家に置くつもりなの? この娘にかける養育費と学費は無駄でしかありませんわ。一日も早く追い出して、今までかけたお金も返してもらわなきゃ」

 

 知豆子の冷ややかな声に、宵史郎はポッと煙を吐いた。


「羅道と年齢が同じだから、学校に付き人として連れていけばいろいろと役に立つと思ったのだがなぁ。術の才能もあるかとも思っていたが、無能であった……」


 見込み違いだった、と眉を寄せる父親に、息子である羅道は「桜子はぜんぜん役に立たないよ、お父様!」と犬歯をみせて笑った。


「桜子ったらこの前、招き猫の貯金箱を投げつけてやったら血を出したんだ。おかげで僕のラクダのシャツが汚れちゃったよ。困ったやつ〜〜!」

 

 けらけらとあざける羅道に、桜子は身を縮めた。

 

「も、申し訳……」

 

 ボッと顔の近くで小さく炎が爆ぜて、桜子は思わず言葉を途切れさせる。

 ポトリ、と足元に焦げた青椒ピーマンが落ちた。

 

「おい、僕はしゃべっていいなんて言ってないぞ桜子? 許可されるまで黙ってろ」

 

 ぴしゃりと叱られ、桜子は口を閉じた。


「術師の家系、名家の血統というが、ほんとうに下品でいやしい娘だよ」

「ねえ、もう同じ空気を吸うのもいやですわ。痩せてはいますが目鼻立ちは悪くないのですし、売り飛ばしてしまいましょ。磨けば光るわよと言えば、良い値もつくのではありません?」

  

 人間は、あやかし族の下位種族、召使いみたいな地位。

 役に立つなら使い、役に立たなければ売る、もしくは捨てる。道具のような扱いだ――そんな現実を突きつけるように、知豆子は言葉を続ける。

 

「まったく、これでは拾い損ですわよ。ただでさえ、人間の子どもに出来る仕事なんてほとんどないんだから」

 

 知豆子の言う通り、 人間の少女にできる仕事は限られている。

 

 それに加えて、あやかし族の首領である天狗皇族が定めた『人間保護令』による義務教育もあるので、 養育費と学費を負担した雨水家は大損だ、 桜子はそれを理解するように、ありがたく思って少しでも金を稼ぎ、 『借金』を返すように──と、つねづね言い聞かされていた。

 

「ふうむ。羅道のためを思って一緒に通わせていたが、この鈍臭い娘では高等学校にも行かせるだけ無駄、もはや家に置くだけ損、ということかな」 

 

 宵史郎が「花街に売ってしまったほうがいいか」と言うと、息子である羅道は「でも、桜子で遊べなくなると僕はつまらないよ。まあ、今の稼ぎじゃ借金は返せないか」と言葉を返す。知豆子夫人は「羅道はやさしいのねえ。売るのはかわいそうだと思っているのね、ホホホ」と目を細めた。

 

「お前だって、借金が自分に返せると思わないだろう? 桜子?」

 

 宵史郎が憎しみすら感じさせる眼差しを向けてくる。桜子は震えた。

 

「は……」

 はい、と返事をしたら、自分はどうなってしまうのだろう。売られるどころか、青椒ピーマンのように燃やされてしまいそう。

 けれど、問われた言葉のとおり、桜子は借金が自分に返せるとも思えない。

 

 使用人の仕事や、外部での雇われ仕事をこなして給金で『借金』をお返ししているが、支払わないといけない金額は膨大で、計算があまり得意ではない桜子でも、一生かかっても返済できないのは明らかなのだ。

 

「あー! そんなことより、時間だ。ほらほら、桜子。俺の鞄を持ってこい」

 

 羅道は会話を打ち切るように大声をあげて、桜子に新たな仕事を言いつける。


 男女共同の高等学校『帝立ていりつ高等学校』に登校する時間だ。

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