日本国・探索への期待

 日本国・総理官邸。

執務室の主、小林悠介は安堵のため息をついていた。

午前九時なのに窓の外は暗い。

転移した惑星の自転周期が地球と異なるので24時間周期の生活リズムだと昼夜がどうしてもずれていくのである。

日本の社会システムは全てが一日24時間を前提にして構築されているため、新惑星の自転周期に合わせて一日の時間を変えるというと非現実的なまでの莫大なコストと手間がかかる。

当面、日本人は日によっては明るい空の『夜間』にカーテンを閉め切り無理に寝たり、子供達を真っ暗な『朝』に通学させたりと不便に耐えるしかなかった。

カーテンを閉めても光は入るため、アイマスクは睡眠の必需品となっている。

受けた報告では地球外知的生命体とのファーストコンタクトは成功、それも大成功と言えるものだった。

エネルギーと食料の危機はたぶん、これで切り抜けられる。

百合帝国とのコミュニケーションの問題があっさり解決したことも大きい。

(1時間ほどで日本語を解析してマスターするとは、驚くべき高い能力じゃないか? どれだけ差があるのか)

防疫の問題もあっさりと解決している。

(百合帝国で一般的な微生物は、多分地球人の免疫系で充分に対応できる…、か。報告では腕が『ちょっとチクっとした』ほどの生体サンプル採取でそんなことまでわかるのか)

日本は転移により瀕死の重傷を負ったが、百合帝国との接触により死は免れたのだろう。

しかし、まだ長期入院とリハビリが必要なレベルの重傷であることに違いはないのだ。

悠介が考えねばならない事柄はエネルギーと食料だけではないのである。


 転移前、日本は海外に莫大な資産を保有していた。

それらが一瞬にして失われたのである。

関係者が大車輪で働き急遽打ち上げた衛星からのデータでは、この惑星に地球の諸外国は確認できなかった。

海外との輸出入・海外資産、それらは永遠に失われたものと考えよう。

体力のない中小企業の倒産はすでに始まっている。

官僚チームの試算では最終的な失業率は太平洋戦争終戦直後に匹敵するまでになるとのことである。

日本の街には失業者が溢れることは避けられない。

劇薬ともなりかねない極端な対応案として、医療以外の全ての社会保障を廃してベーシックインカムに一本化するという行う案も提案されていた。

ベーシックインカムで失業者を救済するのだ。

政府の大きさを、非常に大きくしようという案もある。

一度民営化された事業を再び国営とし、人員は公務員とする。

他にも民間で採算が取れなくなりそうな分野で社会のインフラと言えそうなものは国家が接収し国営とする。

公務員を増やし失業対策としようという考えでもある。

国が多くの労働者を公務員として労働条件を管理すれば、おそらくは増加するであろう、ここぞとばかりに従業員を酷使しようというブラック企業の犠牲者も減るだろう。


 今後の長期的視野を考えると、日本人の教育レベルを下げることはどうしてもできない。

地球諸国との国際交流が失われた今、科学技術の進歩速度の大幅な低下するという予測も彼の元には届けられている。

(超長期的視野…国家百年の計、か)

科学技術の研究進展速度の低下に対処するため理系の大学、大学院は定員を数倍にまで増やし、かつ学費は完全無償化を行う案が出されていた。

新しく理系専門の国立大学を増やそうという案まであった。

この危機を機会とし、日本を優秀な理系人材を育て、かつ彼らが報われる国家に改造しようというのである。

なおその分文系の予算は削られるし無償化もしない。

文系への進学は富裕層の子弟にのみ許された贅沢となるのだ。

一般層や貧困層の優秀な子弟はことごとく理系になってもらう。


 亡国を目の前にして閣僚達にも何かスイッチが入ったのだろうか。

彼らは目の前の危機を乗り越えるだけではなく、今後百年単位での長期的な視野に立った案を出してくる。

劇薬ともなりかねない、極端な案ばかりが出てくるが、そもそも極端な事件に対応するためなのでそれは当然である。

これを機に、危機を機会へと変え、平時では困難な、超長期的視野に立った大改革を行おうというのである。

しかし予算も有限なのだ。

国債の発行にするにしても、転移の衝撃で滅びかねない国の国債というものは買ってもらえるものなのだろうか疑問が残る。

単に造幣局が金を刷ればいい、という乱暴な案もある。

ハイパーインフレで国が傾くかもしれない案だ。

いずれにしろ次に閣僚が集まるまでに、彼は数多くの劇薬的な提案からどの案を採用すべきか、すべきでないのか、自分の意思を決めておかなければならなかった。

改憲して緊急事態条項を明記しなければ、法的根拠が怪しい提案の方が多いのだが。


 (後は鉱物資源をどうするか)

日本は膨大な量の鉱物資源を海外から輸入し、製造業を動かしている。

鉱物資源無しには日本の製造業は停止するのであり、ドミノ倒し式に全ての経済活動はほぼ停止したままとなる。

日本経済は植物状態となるのだ。

百合帝国、あるいは百合帝国では自分達が必要としている分の鉱物資源しかない、日本が必要とする量の鉱物資源は持っていないとのことであった。

百合帝国の工業製品というのは一度製作してしまえば半永久的と言えるほどに保つし、あらゆる廃棄物は完全なリサイクルが達成されている。

彼らに必要な鉱物資源はそんなにないのだった。

すでに日本の国土で閉山となった鉱山を再び再稼働するべく試みが始まっている。

どうせ街には失業者が溢れるのだ。

働き手には不自由しない。

しかしそれでも日本経済を回すにはまだ足りないのである。

打ち上げた衛星からのデータでは、地球からこの惑星に転移した国家は確認できなかったが、未知の大陸と、巨大都市の存在は確認できた。

百合帝国は本来この惑星に存在していた国家ではないことが、彼女達の言葉から確認ができている。

百合帝国とも異なる地球外知的生命体とのファーストコンタクトである。

もしかしたら、彼らから鉱物資源を買い取ることもできるかもしれない。

メイドインジャパンの工業製品も売れるかもしれない。

それだけではない。

資源探査を可能とする機能のある衛星を打ち上げた暁には、この惑星上でどこの国家の主権も及ばない、資源の豊富な地に日本の旗を打ち立て、自国領として資源採掘を行えるかもしれないのだ。


 異星文明とのファーストコンタクトと調査を行うために、(大雑把に)選ばれた人員を乗せた、自衛隊空母型艦艇が、最も近い異星文明の巨大都市に向けて出発していた。

日本の領海の近くにある、無人と思われる陸地にも、探検船が出発している。

日本の未来は彼らにかかっている。

悠介は窓の外に向かって敬礼をした。

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