日本と百合帝国・接触ーその1

 百合帝国の片隅・とあるアーコロジーの一つ。

アリス・リデルは自宅の一室で、彼女の研究テーマである『うんこもおしっこもしない美少女』の実現について考えていた。

排泄物の大部分は炭素と窒素と酸素と水素であり、気体の形で体外に排泄することができるだろうが、他の常温で気体化させることが難しい元素はどのように排泄するべきか。

今の所3つの人体改善案があった。

肛門から、ある程度蓄積した後ひと固めにした不要元素を排出するか、胃に溜めておいてある程度溜まったら口からペレットとして排出するか…。

それとも、『おしっこしない美少女』という考えはとりあえず諦めて、尿に溶かして排出するか。

口から、あるいは肛門からはどうにも品がないとアリスは考えていた。

口から、肛門から排泄する案に基づき遺伝子をデザインするかインプラントを設計しても、おそらくは種族デザインの採否決定投票で却下されるだろう。

いつかは解決するとしても、とりあえずは通過点として『おしっこしない美少女』は我慢したほうがいいかもしれない。

アリスはもっと洗練された手段はないか頭を悩ませていが、今だに思い付いてはいなかった。

何か洗練された排泄手段を思いつかないか、彼女は起きて意識のある間、大体常に頭の片隅でコトコトと料理を弱火で煮込むようにアイディアを練り続けているのである。


 アリスの脳内コンピューターの人工知性は『ニュース番』と呼ばれるアプリを走らせている。

それは常時ネットをモニターし、転移先の新惑星についての新事実のニュースがあれば意識に浮かべるよう設定されていた。

三つの都市国家では、転移先の惑星を『新惑星』と呼び、転移元の惑星は分かり易いよう『旧惑星』と呼ぶことが一般的となっている。

新しいニュースがあり、意識上に浮かぶ。

新惑星を周る人工衛星が、少し前までにはなかった島々が突然現れたことを発見したのである。

さらにその島々の画像を意識に浮かべる。

(日本? なぜ日本がいきなり?)

…それはアリスの前世の記憶にある日本列島そのものだった。

(あれは本当に私の記憶にある日本なのかしら…。そうね、確かめよう。自分の目で。)

明らかに都市があることが確認できる。

なんらかの知的生命体が存在し、文明もあるのだろう。


 アリスは即刻、政府の人工知能に通信を送った。

『新しく出現した島々の調査に参加することを希望するわ。また、新しく出現した島々の文明の方から接触があった場合、交渉役として採用されることを希望するわよ』

人工衛星によりこの惑星の地形はマッピングされており、都市と文明の存在も確認されていた。

新惑星には未知の知的生物が存在する!

急いで接触しなければならないような理由は百合帝国にはなく、衛星からの観測データを基に、この新惑星の一日を基準にすると数日ほどかけて決定が行われると思われた。


 それからしばらく時は経ち、『ニュース番』が新たなニュースを知らせる。

日本(と思われる)島々から人工の飛行物体が百合帝国に接近し、帰還していったのである。

彼らの方から、百合帝国に接触を試みてくる可能性が示唆された。

百合帝国の社会においては労働や貨幣は過去の、歴史上のものであり、義務教育を終えた社会の成人はそれぞれ好きなように過ごしている。

生産的な時間の過ごし方として、主になんらかの研究や創作などがある。

あるものは一人で、あるものたちは共通するテーマを持つ者とネットで知り合いチームを組んで、課題に取り組む。

政治まで人工知能に依存する気は誰にもなかったので、全ての労働が自動化されている今でも、百合帝国の政治は人間の仕事である。

アリスの希望はそのまま問題なく承諾され、日本との接触には彼女も参加することになった。


 日本・東京都・総理官邸。

官邸の主である総理、小林悠介は、官房長官と対話していた。

どちらかといえば痩せ型と言われる悠介であるが、ここ一・二日でさらに体重が激減したような気がしていた。

なお、ここでいう一日というのは地球の自転周期である。

総理大臣というものは元から激務であるが、魔法の復活という世界の変動に続き、日本の転移である。

顔の皺も数日で深くなっているに違いないと思う。

会話の内容は、憲法改正の日程についてだった。

衛星が打ち上がりこの惑星の地形が明らかになれば、地球の各国が一緒に転移しているか一目で明らかになる。

最悪の場合は、日本のみがこの転移現象に巻き込まれたか、もしくは各国はバラバラに別な星に転移したかで、各国との交流が完全に失われた場合である。

その場合鉱物資源もエネルギー資源も、食糧も輸入は途絶したままということになる。

国が滅ぶ危機である。

それに、各国との連絡が途絶した時点で、すでに日本の株価は大暴落が始まっているという報告を、官僚から受けている。

じきに体力のない企業の倒産が始まり失業者は増大することは確実である。

なんとか日本を残すために必要な行動をできる限りスムーズに行えるよう、憲法を改正して緊急事態条項を明記することが必要であると悠介は考えていた。

「とりあえず、緊急事態条項を追加できればまずは充分ではあるが、憲法九条の改正も行うつもりだ。今まで練っていた、与党案はとりあえず破棄で」

「護憲派は当然反発するでしょうし、国会を開いたところで審議拒否もして時間を空費させますが」

「無視して改憲派だけで話を進める。改憲に賛同する議員だけで三分の二の票は集まるだろう。非常事態だからな。賛同する議員内の意見の相違を早急に埋めるために、改訂事項は緊急事態条項の明記と憲法九条の改正の二つだけの必要最低限だ。臨時会を招集してくれ」


 官房長官が退室したのとほぼ同じタイミングで電話連絡が入った。

防衛省である。

北海道の基地から飛び立った自衛隊機が未知の陸地と大都市を発見したという緊急の報告のためであった。

「はい、明らかに地球の国家のものではない都市です。撮影された画像の分析の結果、キロメートルを超える高さの、多くの建造物群で構成されています。このような都市は現在の地球にはありません…。地球と異なる異星で我々が初めて発見した地球外知的生命体の文明であることは、ほぼ間違いありません」

(俺が、地球外文明との接触を経験する初めての総理か…)

悠介は、無数にあると言える検討事項の中で、この報告の優先順位を考える。

地球外知的生命体、それも高度な文明を持つものとのファーストコンタクト!

しかもその距離は、航空機で往復できる程度の近さ!

国家の存亡に直面している現状ですら、これは超がつく大ニュースとなるだろう出来事である。

秘書に、退室した官房長官を呼び戻すよう指示する。

緊急に記者会見を開き、これを公表するためである。

電話越しに大まかな指示をする。

「一日で未知の知的生物との接触に必要そうな人員を招集するのだ。準備が出来次第、航空機…は着陸できるかわからないから、船舶でこちらから向こうに赴いて未知の文明との接触を図ろう」

こうして日本は百合帝国との接触を図ることににある。

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