第17話 君は教えてくれない

 朝の教室はいつもどおりで、欠けているのは私の後ろの席だけだった。担任の先生に聞いても体調不良とかなんとか言って言葉を濁すし、山石君に直接連絡を取っても一向に返事は来なかった。どうにかして山石君の状況を聞き出せないだろうか……あ、あの人がいた。

 授業が始まるまでの時間、職員室前に張り付いて目的の人物が出てくるのをじっと待つ。しばらくすると、授業に向かう先生たちが固まって出てくる中に……いた。ジャージ姿で頭をかいている体育教員にすり寄って探りを入れる。

「先生、おはようございます。いやぁ、今朝は驚きましたね。」

「おう、おはよう。驚いたって?」

 先生は予期せぬ生徒から話しかけられて驚きの表情を隠せないでいた。

「山石君ですよ。昨日のこと聞きまして。あっちの方も今勝ち残ってるらしいから、心配ですよね。」

「あぁ、倒れたってやつね。そうなんだよね。復帰して初めての大きいタイトル戦への挑戦だから、陰ながら応援して……」

「倒れたんですか!?」

 先生はしまったという顔つきをしたが、もう遅い。先生との会話も早々に切り上げて駆け足で教室に向かう。

――中学は病気であんまり行けてなくて――

 廊下を歩きながら、以前聞いた言葉を思い出す。山石君は中学生活を棒に振るほどの病気だったのだ。それが高校に入ったら、はい、完治。なんてなるわけない。少し考えればわかることだ。今までは平気そうにしていたけど、もしかしたらずっと苦しかったのかもしれない。また入院生活になるのかもしれない。今まさに病気で苦しんでいて連絡も取れないのかもしれない。

 山石君から返事はなく何も分からない状況が続く中で、悪い方ばかりに想像力が働いてしまう。そうしてあれこれと考えているうちに、いつの間にか1日が終わってしまっていた。結局、山石君から連絡が来ることはなかった。


 翌日、少し寝坊をしてしまい、急いで駆け込んだ教室の中で山石君は何事もなかったかのように座っていた。こちらに気がつくと微笑みながら話しかけてくる余裕さえあった。

「今日はギリギリだったね。」

「ちょっと遅くまで考え事してたら寝坊しちゃって。じゃないよ!連絡!全然返信くれてない!」

「ごめん。スマホの電源切れちゃってて、気づいたのが今朝だったから。もう教室で会うし、いっかなって。」

「いっかなって軽い!軽すぎるよ!もうどんだけ……」

「心配した?」

「した!したに決まってるじゃん。今日も来なかったら先生から住所聞き出して突撃してやろうと思ってたくらい……もぅ、ばか!」

 言ってるうちになぜだか泣きそうになってきて、言いたいことが言いきれずに汚い言葉が出てきてしまった。

「そこまで……本当にごめん!最近根詰めて頑張りすぎちゃったみたいで、貧血で倒れちゃって。今は何ともないんだけどね。前に病気してたからまだ検査とかはちょこちょこあるんだけどね。あーっと、それで……週末も検査が入っちゃって……」

「あっ、買い物ね。全然いいよ!代わりにまた元気になったら今回の分も埋め合わせしてもらうからね。」

「それは恐ろしいことになりそうだね。覚悟しとかなきゃ。」

 申し訳なさそうな顔をしながらおどけてみせた山石君だったけど、その顔は前よりも白く、生気がないような気がした……そして、それは気のせいではなかった。

 倒れて以来、山石君は欠席する日が少しずつ増えていった。心配して本人に聞いても、検査だとか病院の先生と話をしているだけだとか言ってはぐらかされてしまう。けど、日に日に元気のない姿を見せる時間が増えていき、時折油断した時には無性に不安そうな表情をしていることがあった。何か良くないことが起こっているのは分かっていたけど、山石君本人が詳しく話したがらない以上、どうしようもなかった。

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