第7話 君に聞いてほしいことがある

 担任に日誌を提出し終えた帰り道、山石君の話を聞くばかりで自分のことを話していないのは公平じゃない気がしてきて、山石君に話を聞いてもらいたくなった。

「あの、さ、私もね、小さい頃からピアノをやってたんだ。自慢じゃないけど、結構たくさん賞取ったりなんかして神童とか誰々の再来だとか言われてたりもしてたんだ……」

 突然始まった自分語りに山石君は少し驚いたような顔をしたが、特に口出しすることなく前を向き直して話の続きを静かに聞いてくれようとしている。

「……あるコンクールでも優勝するだろうって言われてて、でも私、他の子が愚痴ってるのを聞いちゃったの。どうせまたあの子が優勝するんだから出る意味ないって。そんなの初めてじゃなかったんだけど、その時になぜか、競ったり他の人を蹴落としたりして勝つことに何の意味があるんだろうとかって思っちゃって……1回そういうこと考えたらダメだね。それからピアノの前に座ったら、余計な考えがぐるぐる回ってきちゃって、最初の一音がどうしても弾けなくなっちゃったの。それから、何回かピアノの前に座ってみたけど、やっぱり指が動かないの。触るくらいならできるんだけどね、音を出すのはどうしてもできない。何度試してもダメだった……私が唯一自慢できることができなくなっちゃったんだ。」

 努めて明るく話しているつもりだったけど、やっぱり内容が内容なだけに重い空気になってしまった。

「……それで森野さんは部活とかしてないんだね。ピアノは……ピアノは嫌いになったの?」

「ピアノは大好き!まだ弾けないけどいつもピカピカにしてるし、ピアノに挨拶するのも日課にしてるもん!」

「そっか。それならきっといつかまた弾けるようになるよ。僕もそうだったもん。」

「そうかな……でもそう言われるとそんな気もする。山石君みたいに復活できたらいいな。」

 話してみると自分の中でも気持ちの整理がついたのか、少し胸が軽くなった気がする。

「うん。それとね、さっき森野さん、他人を蹴落としたり勝つことに意味があるかって言ってたけど、僕も前に似たようなこと考えてたんだ。それで僕が考えた中で1番しっくりきたのが、勝つってことは自分が嬉しいだけじゃなくて相手の成長にも繋がるんだってことだったんだ。」

「相手の……成長?」

「そう。僕も負けることはあるけど、その時に、次勝つにはどうしたらいいんだろうかって考えて前よりも工夫して練習するようになるし、何より自分が越えるべき山の高さが分かるから、越えるためにもっともっと頑張ろうって励みになるんだよ。」

「……そうなんだ。私、今まで負けたらもうそこで終わりって思ってたかも。成長に繋がる、か……そう思ったら競い合うって高め合うってことだね。」

「そうなんだよ!だから、誰かと競い合うこととか勝つってことに臆病にならないでいいんだよ。負けは成長の糧、競争相手は1番の仲間、だよ。」

「そっかぁ、そういう考えもあるんだね……なんだか山石君と喋ってると今まで考えたことなかったことばっかり教えてもらえるね。」

「僕も森野さんには助けてもらってばっかりだからね。少しでもお返しするために、できることは何でもしたいんだ……あっ、そうだ!今から音楽室に行こうよ!」

「えっ、それってまさか……」

「森野さんにピアノを弾いてもらいたいんだ。」

「いや、そんな、ちょっと待って。山石君、とち狂っちゃったの?……」

 山石君はこちらの言うことを気にすることもなく、私の手を引いて音楽室まで走っていく。山石君の手は全然強く握られてないし、そもそもついて行きたくなければいつでも立ち止まれたのに、どうしてか山石君に連れられるまま足は勝手に音楽室に向かっていた。

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