二 親友の霊(1)

 あれから一日が経ち、二日が経ち、一週間が経ちと時間が流れるに従い、わたし達は徐々にまた日常の生活へと戻っていった……。


 世間やマスコミなんかは当事者のわたし達よりもずっと早く、すでに事件のことなどすっかり忘れ去ろうとしている。


 だが、遺族やわたし達のように成美と親しかった者にとっては、そうすぐに気持ちを入れ替えられるものではない。


 いい加減、そろそろ日常を取り戻さなければいけないと思う反面、まさに文字通り心にぽっかりと穴が空いてしまったみたいで、何をするにもぜんぜん身が入らずにいる。


「──いや、ちょっと声が聞きたかっただけなんだけどさ……どう? ちゃんとご飯食べてる?」


 そんなわたしを気遣い、有輝は折を見て電話をかけてきてくれる……成美を失い、自身も心の傷を癒したい思いがあったのかもしれないが、その行いは間違いなくわたしの心も癒してくれている。


「うん。いつもありがと……成美の分まで、わたし達が元気にすごさなくっちゃね……」


 わたしは無意識に口元を綻ばし、そう彼に言葉を返す……のだったが。


「キャっ…!?」


 その時、視界の隅に映った異物へ焦点を合わせたわたしは、思わずスマホを耳に当てたまま短い悲鳴をあげてしまう。


 それは、成美だった……。


 夕暮れ時、わたしの部屋を満たす薄闇の中に、蒼白い血の気の失せた顔をした成美が茫然と佇んでいるのだ。


 いったい、いつからそこにいたのだろう?


 それに、どうやって部屋に入って来た? ここは二階だし、ドアも窓もすべて閉め切っている……いや、成美はもう死んでいるんだ。相手がこの世の者ではないのだとしたら……。


「朋花? ……おい、どうしたんだ!?」


 わたしの悲鳴に、有輝が不審に思って尋ねてくる。


「な、成美が、今ここに……あれ?」


 わたしはそう言いかけたが、その瞬間、成美はパッと何事もなかったかのように、今の今までいた場所から一瞬で消え去ってしまう。


「成美?」


「うん! 成美が今、わたしの部屋に……」


 その信じ難い現象について有輝に説明しようとするも、わたしはその言葉を途中で切ってしまう……そんなことを言ったら、いまだわたしが現実を受け止めきれずにいて、また幻覚を見てしまったのだと彼を心配させてしまうかもしれない。


「う、ううん! な、なんでもない。ちょっとお母さん呼んでるようだから、それじゃ切るね? じゃ、また明日」


 わたしは慌てて見えてないのに首を横に振ると、どうにかはぐらかして有輝との電話を切った──。




 わたしは霊感ぜんぜんないし、幽霊なんて見えるはずがない。だから、あの時見たものはきっと気のせいなのだ……そう、思うことにしたわたしだったが、その後も成美の霊は、度々その姿をわたしの前に現した……。


 例えば、移動教室で急いでいる時も。


「──朋花、遅れるよ!」


「う、うん。ちょっと待って……ハッ!」


 前を行く有輝に急かされ、階段を駆け上がっていたわたしは、振り返った彼の背後に制服姿の成美を目にした。


「…ん? ……どうかしたの?」


 顔面蒼白に立ち止まるわたしに小首を傾げ、その視線をたどって有輝が振り返ってみると、成美はまたしてもパッと消えてしまう。


「……え? あ、ああ、見間違えだったみたい……急ご?」


 今度もわたしは誤魔化すと、逃げ出すように彼を追い越して先を急いだ──。




 さらに放課後、教室で有輝と他愛のないおしゃべりをしていた時も……。


「──でさ、そこのカフェ、アフタヌーンティーも庭で飲めるらしいよ?」


「へぇ…そうなんだあ……っ!?」


 成美は、またしても唐突にその姿を現した。


 教室の一番後ろ……夕暮れ時の橙色オレンジと暗闇が混ざり合う中に、成美は茫然と突っ立ってこちらを見つめている……。


「……?」


 凝り固まるわたしに、やはり有輝は振り返ってみるが、今度の成美はすぐに消えない……それでもまだそこに存在しているのだ。


「……どうかした?」


 しかし、こちらに顔を戻した有輝は不思議そうな表情を浮かべている……どうやら、彼女の姿が見えていない様子だ。


 いや、有輝ばかりではない。他に何人かまだ教室に残っている者がいたが、わたし以外、誰一人として成美に気づいてはいないようなのである。


 あんなにも、はっきりとそこにいるというのに……。


 それに、なんだか回を追うごとに現れている時間が長くなっていっているような気もする……わたしがより強く、彼女の実在を認識するようになってきているのだろうか?


 それからしばらく、なんとも淋しげな眼差しでわたしのこてを見つめた後、夕闇に溶け入るようにして静かに成美は姿を消した……。


「ご、ごめん! わたし、用事思い出したからもう帰るね!」


「……え! 朋花!? いきなりどうしたんだよ!?」


 なんだか急に背筋が冷たくなってきて、わたしは鞄を抱きかかえると、呼び止める有輝も置きざりにそそくさと教室を後にした──。

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