第38話

 暴れる竜巻は闇を抜け、どこかに向けて真っ直ぐに進んでいく。

 ニコロが口笛を吹くと、巨大な鷹が現れた。その足で一掴みされたら、そのままエサとして巣に連れて行かれそうだったが、ニコロはニヤッと笑うとモニカの手を握ったまま砦から飛び降りた。

「ひゃああああああっ!」

 急下降した鷹がその背にニコロとモニカを乗せ、竜巻を追うように飛び立った。


 見えてきたのはタラントに似た石造りの神殿だが、三の星の集落ではなかった。

「どこなの?」

 問いかけたモニカにニコロは

「知らね」

と軽く答えた。


 不気味な音を立てながら、竜巻が進んで行く。

 神殿の手前にある丸太でできた柵が竜巻に巻き上げられて次々に抜けていった。丸太をつなげていた紐は引きちぎられ、ばらばらになった柱は遠く離れた所に落ち、何本かが地面に突き刺さった。

 見張り小屋を砕き、その近くにあった武器庫の屋根を飛ばして武器を天へと巻き上げ、木片と金属が入り乱れて大きな音を立てた。歪み、壊れ、武器として用をなさなくなった鉄に雷が落ち、砕けて鉄の雨に変わる。

 人々は逃げ惑い、家畜も作物も、竜巻の進路の上にあるもので妨害を許されるものは何もない。


「あ、豚が…、鶏も!」

 ニコロが手を広げると、渦の中に巻き込まれていた家畜たちが渦から飛び出し、別の風に運ばれてその先の丘の上に着地した。

 豚は木の下で呆然とへたり込み、鶏は大騒ぎしながら走り回っている。


 続いて渦に巻き込まれていた野菜が誰かが放り投げたかのように渦の外へ出てきたものの、激しい渦に巻き上げられて大半が傷つき、潰れていた。

「もったいない…」


 竜巻はなお何件かの家や畑を巻き込みながら、真っ直ぐに集落で一番大きな家を目指して進んで行った。

 遠くから近づいてくる竜巻が見えたのだろう。慌てて家から出てくる人々。何人かは馬に乗って遠くに逃れようとした。家も、その周りの畑も、厩舎も、家畜小屋も全てが粉々に砕かれ、巻き上げられ、なお竜巻はその裏手の小さな林へと進んでいった。

 木々をなぎ倒し、馬にまたがり逃げる男達を一人、また一人とその渦の中に捕え、最後の一人まで見逃すことなく空高く巻き上げると、そのまま急に向きを変えて神殿の方へと戻っていった。神殿を巻き込む直前、一閃の雷光の後、煙を吹き消したように竜巻は消えた。


 巻き上げられていた人達は神殿の周囲に落ちていき、神殿の中に落ちた者もいた。その周りではさっき渦から飛び出した鶏達が走り回っていた。


 二人を乗せた鷹は大きく旋回し、やがて集落は遠のいていき、暗い闇を突っ切ると元いた砦へと戻っていた。



 今のは、現実? それとも、夢?

 鷹から降りたモニカは、何度も瞬きしながらニコロを見ていた。

「夢の中ならこれくらいの仕返しは簡単なんだけどな。現実もあれくらいやり返せれば、あいつらも二度と手を出してこないだろうけどなぁ…」

 そう言って、ニコロは少しむくれた顔をした。


 夢の中の夢。

 見知らぬ神殿が妙にリアルで、モニカを蹴り飛ばしたあの男、エギルのいる四の星の集落のように思えなくもなかったが、モニカもニコロも地図の上では知っていてもここからはかなり遠く、行ったこともない場所だ。

 よく考えればあれほどの竜巻の大魔法をリデトの壁のはるか彼方、見知らぬ遠いどこかに飛ばし、狙いを定めて緻密に制御するなどできる訳がない。どんな大魔法使いでも、目に届かない世界に魔法を繰り出せないものだ。


「少しは気が晴れたか? もう一人もやっちまおうか。あの地下室でおまえに抱きつきやがった男…」

 ニコロがまた指を回し始めたのを見て、モニカはその指を両手でつかみ、首を横に振った。

「…もういいわ。豚達が可哀想だから」


 ニコロは自分の手を包む手に、自分のもう片方の手を添えた。

「モニカのことを手折られた花だと、エランド先生は言っていた。魔法の水につけても生き返ることはないと。…それなら魔法の土に挿して、根が生えるのを待ってみるさ」

 いつだったか、ニコロに挿し芽のことを話したことがあった。

 草花は、切られても根を伸ばすものがある。切られたからと言って、必ずしも死んだわけじゃない。そう言っていくつかのハーブを挿し芽にし、やがて根付いて大きな株に育っていった。


「モニカの命をつなぐのはなかなか大変なんだぞ。俺が最大限の力を出すにはどうしたらいいか、知ってるよな」

 最大限の…。それは決して魔力と引き換えにしてはいけないものを削って…。

 気がついたモニカは、顔を青くした。

「王都のあほう騎士団が教えてくれた、とっておきの方法だ。現実の俺は今、空腹を通り越して飢えていると言っていい。俺は絶対におまえを生き返らせるつもりだが、早く戻って来ないと俺の魔力が尽きるかもしれない」

「どうして、そんなこと…」

「もうタンポポコーヒーも飲み切ったからな。俺を殺すのは、おまえだぞ」

「!!」

 ニコロはこんな脅しのような駆け引きをする人だっただろうか。モニカは驚いた。自分の頑なさがニコロを変えてしまったのだろうか。

 自分を命懸けで生き返らせようとするなんて。こんな愚かな自分のために。モニカは自分がどんなに愛され、どれだけ守られているのか、感じるほどに苦しくなっていった。

「一緒に生きていきたければ、早めに目を覚ましてくれ。でなければ、一緒に死んでしまうか、おまえが生き返った時、俺はあの世に行ってるかもしれない」

「ニコロ! 死んじゃ嫌!」

「それは俺のセリフだ。…おまえは、切られて枯れる花じゃない。切られても根を張れる、強い花だと信じてる」

 ニコロの姿が透けていく。それは目覚めなのか、まさか魔力を失い力尽きていたりは…

「生きていて! 一緒に生きて。お願い、一人にしないで!」

 ニコロはモニカが消えそうな自分に伸ばした手を取り、ふっと笑みを漏らした。

 人一倍我慢強く、いい子のふりして、なんてわがままなんだ。

 ニコロは透けていく手に力を込め、モニカを自分の腕の中に引き込んだ。

「よし、一緒に起きるぞ」

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