第21話

 時々魔法が緩み、石の揺れる音に子供達が小さく悲鳴を上げたが、まだ何とか空間は保てていた。

 どれくらい待ったのか、ようやく外の音が聞こえ、助けが来たのはわかったが、崩れた石の下のどこにニコロたちがいるのか把握できないようだった。

「ニコロー! 無事かー?」

「ぶ、…」

 声を上げようとすると魔法が乱れ、がたついた石の音で子供達は小さく縮こまった。ここにいることを知らせたいが、それどころではない。

「もう生きてないんじゃないのか?」

「どこから手を付けたら…下手なことをすると崩れるぞ」

 辺境騎士団員で魔法を持つレミオが力を使って石を持ち上げようとしたが、石はかなり大きく、積み重なる石の一つを浮かせようとしても大して持ち上がらず、時間をかけた割に対して動いていなかった。

「いっそ石を粉々にして運ぶ方が早くないか?」

「待って!」

 叫び声をあげたのは、後を追って馬を走らせたモニカだった。モニカは先に到着した者から十五分も遅れず現地にたどり着いていた。

 モニカは馬から飛び降りると、今にも崩しにかかろうとしている団員に向かって叫んだ。

「その下、ニコロがいる」

 指さしたのは、まさにこれから崩そうとしていた辺りだった。

 馬も自身も息を切らせ、近くにいた騎士団員が走り疲れた馬の手綱を取った。モニカは懸命に息を整え、その場にいる騎士団員に自分の感じる力のことを伝えた。

「外に向けられた強い魔法が働いてる。石が崩れるのを押さえてるんだと思う。この下への衝撃をできるだけ小さくして」

 そこにいた騎士団員達にとってモニカは突然現れた見知らぬ者だったが、ニコロの名を出され、生存を確信する姿に団員達は何か特別な力を持った人なのではないかと期待した。

「石が大きすぎて持ち上がらないんだ」

 石を浮かせようとしていたレミオが悔し気に答えた。

「それじゃあ、細かく砕けば向こう側に飛ばせる?」

「ああ、小さければ何とかなる」

「砕く時の衝撃を下に伝えないように…。少しだけ浮かせて、魔法を下から持ち上げるように加えることって、できる?」

 共に来ていた破壊を得意とするリーノは、

「できなくはないが、下への衝撃を消すことは難しいな」

「石の表面に亀裂を走らせて、崩すような…、ネットでくるむような感じで」

「…やってみるか」

 レミオがわずかに石を浮かせると、リーノは石の表面を下から魔法でまとい、亀裂を生じさせながら上に突き上げるように破壊の魔法をかけた。崩れた石をレミオと、もう一人ジャコモが移動の魔法に風の魔法をかけ合わせ、遺跡の少し離れた所まで飛ばしていった。

 大きな石が五つなくなると、階段が見えてきた。この下にニコロ達がいる。


 モニカは、ギマのお菓子を魔法を使っている三人に配った。

「回復薬があるといいんだけど。これで少しは魔力が補えるはず」

 ジャコモは少し怪しんでいたが、レミオはもらった分すべてを口に入れ、ぼりぼりとかじった。

「普通にうまいな」

 そして躊躇することなく手を伸ばしてお代わりを催促した。

 リーノも一粒口に入れ、大丈夫そうだと確認すると、手のひらにあった全てを口に入れた。

 二人が食べたのを見て、ジャコモも口にしたが、

「わ、…これ、効くな」

 相性がいいのか、最も効果が出るのが早かったのはジャコモだった。風の魔法の威力が増し、石のかけらが木の葉のように飛んでいった。

「よし、もう少し続けよう」

 後発隊の馬車が着いた頃には地下に下りる階段が見え、あと少しで人がいると思われるところまで届きそうだった。割れた石は魔法だけでなく人の手でも運ばれ、ようやく人一人が通れそうな隙間から人の影が見えた。

 幼い子供を先に出したいが、出口にいる大人におびえて出ようとしない。

「もう大丈夫だ、出ておいで」

 優しくかける声にも身を縮め、延ばされた手に触れようともしなかった。待っていられなかったモニカは隙間に体を突っ込むと、腕をつかんで強引に引き出した。出てきたのは幼い女の子だった。

 そのまま騎士団員が捕まえ、抱っこされて遺跡から離れた所に運び出された。抱き方が手慣れていた。きっと子供がいるのだろう。

「怖かったな、よく頑張ったぞ」

 笑いながら話しかける団員に、女の子はしゃくりあげて泣きだした。

 その泣き声を聴いて、もう一人が穴から飛び出してきた。女の子を抱く団員に向かって走って行ったが、すぐに他の団員に捕まり、

「離せぇ!」

と暴れたところできたえられた騎士団員はびくともしなかった。

「それだけ元気なら大丈夫だな」

 子供達を安全なところまで運ぶと、同行していた医師が怪我がないか確認し、小さな傷の手当てを受けた。


 突然、ゴオンと石の崩れる音がした。

 助かった二人も救助していた団員達もその音のした方に視線を動かし、悲鳴を上げる者もいた。

 ふさがった階段の前には自力で脱出したニコロが立っていて、服の土ぼこりを払っていた。

 モニカは青ざめ小さく震えていた。安堵の笑みを見ることなく涙を一粒流し、立ちすくんでいる。ニコロはモニカに近づくと笑顔を見せ、モニカの肩を引き寄せたが、ふらつきそのまま倒れそうになったモニカを見て慌てて抱きかかえ、医師の所まで連れて行くと、自分の事は後回しでモニカを診てもらった。


 医師はモニカを軽く診察した後、ニコロの様子も診て、大きな怪我もなく、魔力が相当減ってはいるが命に別状はないことを確認した。

「こっちは閉じ込められていたおまえより重症だな。…ニコロは大丈夫ですよ。長時間、防御の魔法を発動していたために、魔力は減ってますが、命に関わるほどじゃない」

 モニカは、こくり、こくりと何度も頷き、

「はい…。ありがとう…、ございます」

 医師に礼を言うと、長い息をつき、ようやく口元を緩ませた。


「いやぁ、ここにやって来た時はものすごい剣幕で、たくましい嫁さんだなあと思ったんだけど」

「俺なんか、置いて行かれたし。決めたらそのまま突進って感じで、速かったなぁ」

 リーノと、後から来たファツィオが冗談めかしてニコロに妻の勇姿を語ると、モニカは顔を赤くして身を縮め、視線をずらした。

「ギマのあれを食べながら助けが来るのを待ってたんだ。ファツィオがいなかったら誰も気付いてくれなくて、魔力が尽きておしまいだったな。ありがとう」

 礼を言われたファツィオは、複雑な表情だった。

「子供がいたとはいえ、あんなところに突っ込んでたら命がいくつあっても足りないぜ」

 そう言われてニコロは子供達のことを思い出した。

 二人は小さな怪我の治療を受けた後、どうしてここにいたのか、どこから来たのか聞かれていたが、頑なに口を閉ざしていた。このまま自分たちで帰らせるのも心配で、とりあえず近くの村に行き、食事をさせることにした。

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