End Of Life

kashiyu

#1【エンドロール+1】

 長い銀髪をオーブで隠した少女は部屋を出て、食堂へと向かう。部屋数の多さに後悔はない。廊下の長さにも後悔はない。テレポートを使えば各部屋へ一瞬で移動出来るからだ。難点を言えばその部屋の扉の前に出て、メイドを困らせてしまうことくらいか。

「〈テレポート〉。」

 そう思いながらも少女は扉前まで転移した。左手でノブをひねり、扉を開ける。部屋の中央には大きな円卓があった。23脚の椅子が並んでおり、そこに座っていたのはたったの4人。

「あ!!!来ましたね!!ルベドさん!!!!」

 一目散に飛んで来たのはベロという名前のキリッとした犬耳を持った綺麗な女だった。ボンデージとウェディングの中間のようなドレスを着ており、金属の首輪をしている。その首輪から長い紐が括られており、走って来る道中で地面に引きづっていた。

「そろそろ私と結婚してください!!!!!」

「お断りします。」

 いつもの会話だ。でも今日は少し嬉しかった。ベロの尻尾はまだブンブンと揺れていた。すると、

「ベロまた振られたねー。」

 声を上げたのは30cmほどある黒色のスライムだった。すると、160cmほどの女の姿に変化した。変化しても、身体の中には流動的な流れがあるように見えた。特徴的な白い王冠と長いスカートすらぷるぷるしている。

「プルプルさんはルベドさんに重ねてダメージ与えないでください!!」

 ベロが反論した矢先、また違う声が上がる。

「どうせ振られるのになんで毎回?」

 紺のスクール水着の上から黒い色したへそ辺りまでしかない軍服を閉じた竜の少女の声だ。軍服には白い飾り紐や赤い腕章やバッジやらが付けられ、刺繍まで施されていた。金属の飾りを付けた帽子やベルト、ネクタイを付けており、それ以外には基本2枚しかギリギリ服と呼べるものを着ていない。水着を貫通して尾骶骨辺りから尻尾が出ている。

「ミリグラムさんも茶々入れないでー!!」

 2人のニヤニヤした顔をがベロを虐めている間にルベドが席に着いた。

「ルベド、どうかしたのか?」

 彼、鎖マンが口を開く。鎖に巻かれた大きな白い翼と金属の剣を持つ男だ。下地に黒を入れた灰色で長い丈をした服を着ている。翼の大きさはひと1人を包み込めるほどで、背中にある剣も同程度あり、足には金属の重りが付けられている。口を金属の当てで隠している。

 顔に出ていたのかもしれない。優しい彼に心配されるとはギルドマスターとして情けないな。そんなことを思ったときにはメイドが配膳を済ませていた。

「何もないよ。さあ!!料理が冷めちゃうから早く手を合わせてー!」

「「「「「いただきます。」」」」」

 食事はギルドメンバーと時間を合わせることが掟の1つだ。特に夕食は忙しくても必ず一緒に食べなければならない。メンバーで話すことと言えばその日あったことや趣味の話だ。随分前から話題が飽和して目新しさはなくなったが、この光景そのものがギルドを象徴するといっても過言ではなくなった。温かくて懐かしくて。ふと、手を伸ばした先にはパンがあった。

「あ!!同じタイミングでパンを握るなんて!!!運命ですね!!」

「それは無理がないか?」

 思わず鎖マンが突っ込んでしまった。彼のツッコミは大したことでは起きない(今回も大したことではない)。彼女をあしらいながらも面々との会話を楽しんでいた。料理もメイドもギルドも彼らだって存在してる。ああ、嬉しい。ボクはその事実が酷く嬉しかった。涙腺すら機能しているらしい。我慢すれば一滴すら流れやしないが。それでも今日があることに感謝だ。もちろん神ではない。ギルドメンバーにだ。

 夕食が終わった頃には皿が片付けられ、5人での会話もお開きになる。開いた後は各自やりたいことをして過ごす。今日もそうなるはずだった。皿が片付けられ、椅子から立ち、円卓を離れるそのとき、部屋の光がいつもより強いことに気付いた。次第に光量が強まる部屋に4人は気付いていないようだった。この光は魔法によるワープの類だ。回避するなら1人で逃げ切る。もしくは、4人に伝えることも出来るが、中途半端に範囲外に出られたとしても5人でまとまって転移したほうが戦力としても心強い。部屋の光がますます強くなる。光が身体を包み、見えなくなっていく。

 目が覚めたらそこは暗い森だった。視線を上げ、また戻す。空は吸い込まれるような黒。ここが異世界か。はたまた、元の世界の何処かへのワープかは分からない。確認しなくてはいけない。…とその前にメンバーの確認。彼らは木にもたれかかったり、地べたに伏していた。到底何かに負けることはないだろうが、周囲に認識阻害をかけておく。これで彼らを襲うものはいないだろう。

 ふと、「グワォォォオオオオオ!!!!!!!!と遠くから目覚まし音声が聞こえた。いいや、ボクたちへのウェルカムな音声にしては少しけたたましくないか?怒号とも威嚇とも取れるそれは音量調整をし忘れた飛行機のエンジン間近とほぼ変わらない。木々で隠された上空。見えない周囲を見通すため、魔法を唱える。

「〈フライ〉。」

 ルベドは言い切るのと同時にふわりと上昇を始める。そこに神秘性はなく、不思議は既に一切の欠如なく満たされ、そこには魔法という名のただの事象が発生していた。20mほどの高さに届いたとき、ピタッと止まる。ルベドは周囲にある崩れかけた大きな城下町とその城が目に止まった。それと緋色の月の大小。やはり、異世界に転移してそうだ。

 ルベドが視界から得られた情報をまとめ、整理していると「グワォォォオオオオオ!!!!!!!!」桁違いに間違えた(この雰囲気には最適かもしれない)例の声の発生源。ルベドは声の主を見つける。城の一番上。その屋根に居たのはドラゴンだった。いや、ドラゴンとは違うのかもしれない。何しろ、傍目からはドラゴンナイトのような見た目をしていながら、よく見ると騎士と一体化していたからだ。騎士の鎧は醜く、錆びており、錆びていながらも月光が反射しており、騎士の誇りが月光を通して見えた。持っていた大剣はドラゴンの大きさに比例して大きく、緑青と茨のトゲが巻き付いたような、なんというか珍妙な大剣だった。その騎士の脚を担うドラゴンのほうは赤黒く、棘のような突起が多く、何かを訴えるようにそのドラゴンの4つの視線はここ。休めていた翼を広げ、力強く飛び上がった。

 空中から見下すそれは、また声を上げようとしていた。「グワォォーー」「さすがにうるさい。」ドラゴンの声を妨げるようにルベドが不満を漏らし、手を振るとそれは咆哮の最中で黒い残像を残しながらその姿を消す。残像もすぐさま消えた。スキル【不可逆ノンタッチ空間干渉ネバーエンディングストーリー】。彼我のレベル差が大きいとき、段階的に干渉レベルが上がり、そのレベルを選択して使うスキルで、今回は簡単に言えばドラゴンを隔離空間に移した。後で交渉が出来ればその限りでないが。

 取り敢えずの脅威(音量)は消した。そろそろ皆を起こしに行こうと思う。アイツのせいで目覚めは悪いだろうが少しの情報は手に入った。それにしても、再度転移するとは思わなかった。それに魔法での異世界転移だなんてまるで神のような存在だ。…何故、ここに呼ばれたのだろうか。

 思案するルベドを傍に世界は、またも夜明けを迎えようとしていた。


 戻れば、既に皆は起きていた。そりゃそうだ。あんな目覚まし時計が騒音を出せば誰だって起きる。彼?は暇なときにでも相手してあげよう。

「皆起きたねー。じゃあ出発しようか。」

「ルベドさん!!!認識阻害をかけてまで何処行ってたんですか!?」

 少し怒ったベロが出迎えた。

「ちょっとそこまでね。」

 ルベドははぐらかすことにした。些細なことで仲間たちを心配させるわけにはいかない。

「心配させないでよね!」

「そうですよ!ベドちゃん!」

 ミリグラムもプルプルも反応する。

「仲間だろ?」

 鎖マンまで少しムッとしている。相当心配をかけたらしい。反省しなければ。

「次回はちゃんと声をかけるから許して欲しい。」

 頭を下げると4人は食い下がりながらもルベドを許した。

「それで出発って何処に?そもそもここは何処なの?」

ミリグラムの声に皆が頷いた。

「多分ここは異世界だね…。ボクらは2回目だけど。前世と明らかに雰囲気が違うし…。月が赤くて2個あったし…。」

 ルベドの答えに半ば諦めた仲間の顔があった。なんせ2回目だ。それに1回目を永く生きて過ぎてしまったせいか、驚きには鈍化と諦めが含まれていた。もはや声を出すとかそういう次元ではない。

「ということで、取り敢えず雨風凌げる場所を探そうかと…。」

「…そうですね。早く支度して行きましょうか。」

 数多をくぐり抜けた歴戦の戦士たちだ。面構えが違う。森を歩いて半日が過ぎた。まだまだ森を歩く。何か接触・敵対して魔法を使うことを考慮すると歩くほうが効率がいい。ルベドは森を歩く中、2kmほど先に人影を見つけた。そもそもモンスターがいないこの森は少しおかしいのではないかとすら感じる。ファンタジーに毒されて生きている。

 この辺りで4人に待機してもらう。人間に一番近い姿の自分が行くほうが都合がいい。声をかけて交渉も出来ないようなら皆に飛んで来てもらおう。…すぐにでも接触したいという欲もあるが、転移してヤバかったときに硬直に加えてリキャストタイムを考慮するなら歩くのが無難だ。それにそれで敵対されても困る。

 一歩一歩を歩む。光が差していた森の終わりにはレンガで出来た壁。そこから歩き進めると崩れかけた家の群れがあった。村とも町とも言い難い。壁の間から人が見えた。ファンタジーものでよくある中世の雰囲気があり、少し汚れた服と手には三叉の槍のような。農作業でも狩りにでも使えそう形をしていた。すると、突然町が騒がしくなった。スキル【感知共有2nd】で聞き耳を立てる。正確には術者を中心とした範囲内の者の耳に入った情報全てを取り込む。今回は1kmでいいだろう。

「最近は日照りでどうも好かん。野菜たちはこんなにも――」

「明日こそ森のモンスターを狩って町の皆を目にもの見せ――」

「今日は長老たちが騒がしいな。…何かあったのか?まあ、そんなことより今日食べるものすら――」

「そんなにわがまま言うなら廃都に連れて行くわよ!!だから――」

「廃都の竜騎士が消えたそうだ。もしかしたらこの町にも来るかもしれない。そうなったら子供たちだけでも逃がしてやらねば。そのためにこれから集会するぞ。」

 これだな。廃都にいる竜騎士というやつが姿を消して、迷惑なものでこちらに向かっている可能性があるそうだ。見た目で言えばアイツだが、正直分からない。本人に聞くか。

「〈ゲート〉。」

 黒い楕円を縦にした平面を眼の前に出した。テレポートは、目で見えた。もしくは、外見をよく知る場所へ瞬間移動出来る魔法だ。しかし、隔離空間へ移動するときはゲートを作り、出入り口の定義を決めなければならない。隔離空間が知覚出来る空間として定められていないからだ。

 ルベドは足を楕円に突っ込み、その先にある地面を踏む。もう片方と身体を楕円に押し込むと、只々だだっ広く白い空間と件の竜騎士?がいた。竜騎士はひどく怒っているようだった。

 【不可逆ノンタッチ空間干渉ネバーエンディングストーリー】は対モンスター用スキルで、レベル差で増える選択肢の中から1つ選び、その効果を反映するスキルだ。元のゲーム内では格下にしか使えないことが大きなネックなお遊びのようなスキルだった。有り体にいえば格下をおもちゃにするスキル。今回選択したのは隔離空間に移し、モンスターを超絶弱体化、術者を超絶強化するというもので、怒るのも無理はない。

「オ前ハ誰ダ。ソシテ、我ニ何ヲシタ。」

 竜騎士が上の口、騎士の口から言葉を放つ。よくよく考えればこれまでも同じ日本語ではなかったはずだが、聞き取れるのは何故なのだろう。なかなかファンタジーが効いているようだ。

「ル、…ロベルだ。お前が煩わしかったからここへ隔離した。お前こそ誰だ。」

「…我ハ世界ノ理ヲ保ツ者。我ヲ隔離スルトハナ。マルデ御伽噺ノ魔女ヤ神々ノ類ダナ。」

「…名前聞いて肩書き名乗るやつがいるか?まあいい。その魔女とか神々ってのは何なんだ?」

「知ラナイ?我スラ知リ得ルソレヲ知らない?ハッハッハッ…。オ前ハ想像ヨリ愉快ナ奴ダナ。ソンナ奴ヲ殺スノハ惜シイガ、マアオ前ガ悪イ。我ハ世界ノ理ヲ保ツ者。明日ヲ見出ス者ニ光ヲ当テル者ダ。」

 竜騎士は片手を上げ、黒い球体を作り上げた。その球体へ空気や光が吸い込まれるような感覚があった。

「時間ヲカケルナンテヘマヲシナケレバ、優位ナママ我ヲ殺セタトイウノニ。己ヲ恨ンデ、セイゼイ世界ニ対シテ危険ヲ及ボシタ事ヲ地獄デ悔イロ。」

 竜騎士の言葉に真顔で言い終わりを待つルベドが応える。

「…ふーん。撃ってみろ。受け止めてやる。」

 ルベドは生返事で返した。

「!?…戯言ヲ!!」

黒球はより激しさを増す。

「コレデモ喰ラエ!!〈ブラックボールlv3〉!!」

 竜騎士の手から放たれたそれは周りの時間を喰らうようにルベドへと蛇行して進んでいく。常人には目で追うことすら出来ぬそれ。しかし、ルベドを目前にしたときだった。ルベドの右手が異形とも云うべき邪悪な形に姿を変え、禍々しく膨らんでは黒球を掴むように飲み込んだ。竜騎士は驚き、固まっている。すると、飲み込んだそれは次第に小さく、元の右手に戻る。

 スキル【彼我を埋める差は黒色】はルベドの種族スキルだ。右手を変形させ、対象を飲み込ませることにより、魔法全般を打ち消すことが出来る。硬直やリキャストタイムを考えると使い所が難しく、呪いや精神攻撃、状態異常の攻撃等は打ち消すことが出来ないが、それでも相手の特大魔法や必殺技をスカらせることが出来る非常に強力なスキルだ。

「レベルは…弱体化抜きで50くらいか。魔法だけだと65か?なかなかだな。」

 ルベドは見たことがない魔法は受けてみたい性分をしていた。魔法を喰らえば大体の構造と相手のレベルが分かる。これは初めて転生したときの世界の経験から来る。呆けていた竜騎士に対してルベドが優しく声をかける。

「死ぬかこの世界の情報を吐くか選んでくれ。」

 竜騎士は恐れた。とうの昔に死の恐怖を超越していたと自負していた。だが、それはこれまでの自分を無にした。これはそう、レベルだ。レベルが違う。死のレベルが違ったのだ。竜騎士は怯えた。しかし、世界の役割を全うすることは自身の命より遥かに重い。この魔女が何かをしでかす前に足掻いてみせねば竜の名折れ。祖父シンファーレン・イヴァルカフに顔が合わせられない。

「私ヲ殺シテミロ!!!!魔女!!!」

 竜騎士は勇んだ。そしてこの世を恨んだ。ここで死ぬのだ。だが、後悔はない。魔女に挑んだことを誇りに思う。天国で先祖がそれを称賛するはずだからだ。竜騎士はルベドに突撃を試みた。それをひらりと躱すルベド。追撃がルベドへ向く。当たるその前にルベドが呼びかけた。

「いや、常識的に考えて殺すわけないだろ。ただの脅しだよ。」

 竜騎士は思いもよらない言葉に驚いた。ルベドは人差し指の腹で竜騎士の大剣を受け止めた。そんな状況で真顔で言うルベドに驚いた。人の姿をした悪魔だと思った。いっそのこと殺して欲しかった。だが、悪魔はそれを良しとしない。良しとしないからこそ悪魔なのだ。ならば、せめて、間違えのない情報で世界を良くしてもらおう。そう思った。そう思うしかなかった。

「…分カッタ。アラユル情報ヲ吐コウ。」

「じゃあ、ペット枠に放り込むから変身して。」

「へ?」

 竜騎士は困惑した。次いで、ルベドの言葉を受け止める。

「〈メッセージ〉は分かるな?しかし、隔離空間には〈メッセージ〉等の一般スキルや魔法が適用されない。つまりは限られた適切なスキルや魔法の使用が求められるわけだ。その点、ペット枠だと【不可逆ノンタッチ空間干渉ネバーエンディングストーリー】の影響を無効化し、尚且つ〈メッセージ〉等のスキルや魔法が適用されるってことだ。先の死ぬという選択肢はここでの永住権ってことだな。」

「…ハ…ハァ。」

「もし変身出来ないならやってやるから言うんだぞ。」

「…出来マス。」

「じゃあやってみろ。」

 竜騎士はなんとかしてルベドに同行して監視しなければならない。それが敵わないと知った相手でも世界の理を保つ者として行方を見届けることが役目だと思ったのだ。

「〈トランスフォーム〉!!」

 ルベドに応じた竜騎士は声を上げてポカンと白い煙を纏う。煙が晴れると竜騎士の人間の男性の姿になっていた。

「あー違う違う。ペットって言ってるんだからヒトの姿取ったら駄目だろ。常識無いのか?」

「エェ…。」

 ポカンと白い煙を上げる。煙が晴れる。

「違う。」

 ポカンと白い煙を上げる。煙が晴れる。

「違う。」

 そんなやり取りを数度やって、竜騎士のデフォルメミニキャラみたいなのがぷかぷかと空中に浮いていた。

「そうそう。そういうやつ。出来るじゃん。」

 竜騎士はペットを飼ったことがなかったのでよく分からなかった。

「じゃあ名前を教えてくれ。嫌なら勝手に名前付けるからな。」

「…名前ハサンファーレン・イヴァルカフ。ダガ、名前ハ好キニ付ケテモラッテモ構ワナイ。既ニ私ハ殆ド死ンダ身ダ。」

「じゃあ…長いからサンだ。これからよろしくな。」

「アア。ヨロシク頼ム。」

「ああ、それとボクの名前はロベルじゃなくてルベドだから覚え直してくれ。」

「分カッタ。主人ヨ。」

 ルベドはペットを捕まえたその後、再び開けたゲートに足を踏み入れる。そこは森の中。遠くには人影。元の場所に戻ったようだ。それにしても遠くは慌ただしく、忙しなかったが。

〔サン。聞こえるか?〕

〔聞コエルゾ。主人。〕

〔これから仲間たちに合流する。何かあれば容赦しないからな。〕

〔…ハイ。〕

 町の反対方向へ踵を返し、歩き始める。歩きながらサンも召喚しておく。あの町には積極的には交流しない。敵対されたら面倒だし、何より得より損が大きく目立つ。これからも遠くから情報源として活用する。それが最も賢い方法だ。

「そういえば、サンの本体って騎士なのか?ドラゴンなのか?」

「我ハ騎士デ、聖竜騎士デス。ドラゴント同化シテヤット聖竜騎士ヲ名乗レルノデス。」

「聖竜騎士にしては姿が禍々しくないか?」

「廃都ノ影響デショウ。アレハ、ロースマ帝国ガ鎖火教会ノ神ノ怒リヲ買ッテシマイ、帝国ノ明日ヲ殺サレタ姿。ソコニ住ンデイタ国民ノ瘴気ガ我ニマデ影響ヲ及ボシタノデス。精神ガ強クアレバ見タ目以外ニハ影響アリマセン。ソレニ加エテ我ハ、廃都デ数百年ヲ過ゴシマシタカラ。」

「そんな危険な場所に、なんで廃都に居たんだ?」

「ソレガ聖竜騎士ノ仕事デスカラ。」

「そうか。」

 サンと話しているうちにルベドは4人と別れた場所に着いた。しかし、そこに4人の姿はなかった。

「え…。皆なんで居ないの…?なん…で…?」

 それまでとは違う様相を見せるルベドにサンは困惑を隠せなかった。そして思った。少し場所ズラしたとかそういうことじゃない?と。困惑するサンは傍で狼狽するルベドが急激に弱く見え始めた。幼い頃の父を凌駕するほど大きく見えたその背中。この小さな肩がまるで、そう。年相応の人間の少女に見えた。ルベドは力が抜け、座り込んでしまった。サンはこれが一瞬誰か分からなくなった。

「なーんーでーよー!!!!なーんーでー居ないのよー???」

 ルベドは目に手を当てて泣き出してしまった。その様はもう目も当てられないほどだった。もういっそ泣き止むように言葉をかけるべきか悩む。自身を下した相手の弱った様など見てられない。サンは声をかけることにした。

「場所ヲ移シタダケナノデハ…?」

「…。もう一回言って?」

 ルベドは顔だけをこちらに向け、その目線がサンに向く。…なまじ強いことを知っているからこそ心底鬱陶しく、腹立たしく感じてきた。

「ハァ…。ダカラァ!!場所ヲ移シタダケナンジャナイデスカァ!?」

「確かに!!!!!!」

 ルベドは目をこすり、立ち上がる。フン!と顔を前に向ける。本人的には何か困難を乗り越えたような雰囲気があるが、実際はある1つの側面しか見ていなかっただけのように思えた。

「探すぞー!!!おー!!!!」

 右手を空に上げ、声高らかに言うルベドはまさに女児のようだった。そんなときだった。上げていた右手を耳に当て、

「何処にいるのー!!!!」

と言い放った。メッセージで相手が連絡してきたようだった。本来メッセージは口にする必要はないがそれほどに爆発した思いだったようだ。耳から手を離すとルベドはこちらに顔を向ける。

「サン!!あっちに洞窟があるらしいのー!!!そこにいるってーー!!!!!!」

「ヨカッタデスネ。」

 ルベドと共にその洞窟へと歩き向かう。それにしても先のアレは何だったのだろうか。今はもう元のルベドに戻っているのが尚更に怖い。

「さっきはすまないな。」

「ハイ…。」

 会話はないが、すべきでもない。そんな気がする。沈黙が流れ、足を進める。沈黙とは付き合いが長い。ロースマ帝国が廃都へと変わり、秩序が著しく外れた。そのため、強者のシンボルがよく見える場所にあるべきなのだ。そうすれば、比較的遵守され、狂騒はなく、沈黙が溢れる。あの心地良かった沈黙が今は心臓を焼くものへと変わった。そんなサンが心臓を焼いていると、洞窟が見えてきたのかルベドが声を発する。

「そろそろ洞窟だ。」

 サンは心した。自分はまるで高等で野蛮な民族に連れられるエサだ。連れられたこの先にはその仲間がいて、恐ろしくも待っている。口を開けて自分たちを待っているのだ。しかし、サンのその考えは杞憂に終わる。ルベドが洞窟に近付くその道中で聞き覚えのある声がした。

「ルベドさーん!!!」

 その声が聞こえた瞬間には抱きつかれていた。そこまで大声じゃなくていいと思うの。声にはしないけども。かなりの時間を超えてから腕を緩める。そして、ルベドと目を合わせる。それも多少。無音を断ち切るようにベロが声を出す。

「ルベドさん!!ご心配かけてごめんなさい!!!!理由があって勝手に場所を移しました!!!理由は後ほど!!先にご案内します!!!!」

 ベロが片手を上げる。もう片方はルベドの方向へ。少し圧のある様子になされるがまま、ルベドはベロに強く掴まれると勢いよく声を上げる。

「じゃあ、行きますよ!!〈テレポート〉!!」

 手を引かれ、着いた先は多分洞窟内だった。何かもう、洞窟とは思えない装飾が施され(洞窟だからこそ装飾されているのかは分からないが)、ギルドを感じさせるものがあった。小さな円卓を中心に、5つの席とギルドエンブレムがあった。

「おお、来たか。ルベド。」

 鎖マンが来たばかりのルベドに声をかける。

「ようこそ、ギルド『異形の手』へ。そして、ようこそ。ギルドマスター・ルベド。そして、すまなかった。あのとき言ったのに俺たちが同じことをしてしまったな。」

 ルベドは嬉しかった。DVと似たようなものを感じたが、それでも嬉しかった。

「…ごめんね。あんたを困らせる気は無かったの。ただ、悲しそうなあんたに嬉しくなってもらいたかったの。」

 ミリグラムが申し訳なさそうに言う。

「ベドちゃん本当に申し訳ないです。そんなに心配をかけさせるとは思わなかったのです…。驚かせたいって考えを一方的にしてしまって…。」

 プルプルもそれに続けた。

「皆ありがとう。この異世界でも『異形の手』は健在だ。みんなのおかげだよ。ありがとう。」

 ぶわっと目から溢す。ルベドは泣きながら感謝を述べた。ルベドのその言葉に皆は顔を緩ませ、ルベドの元へと集まる。皆が笑顔になった。温かい空間。

 その様子に傍にいたサンが

「抜け殻が…。」

 ボソッと溢した。

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