第33話 告白

「……手紙、ですか?」

 家に戻ったウィルに、開口一番、手紙を出したいと申し出たララナ。しかも相手はエルティナスの外交官マシラ・セシアに、である。


「とても大切なことなんですっ。なんとかなりませんかっ?」

「そう言われましても……」

 ウィルはイチ外交官である。しかも、今のララナは微妙な立場だ。勝手にララナからの手紙をエルティナスに送ることは躊躇われる。


「では、リダファ様にお願いしていただけませんかっ?」

 その名を聞き、あからさまに顔をしかめた。見たこともないウィルの顔を見て、ララナが目を丸くする。

「リダファ様と……なにかあったのですか?」

 あんな風に感情を露にするウィルの姿は初めてだ。しかも、いつも穏やかでにこやかな彼が見せた、負の感情。


 ウィルはハッと息を飲み、慌てて笑顔を作ると、言った。

「すみません。リダファ様は今、例の土砂災害の対応に追われて御多忙なもので、お話を取り付けるのは難しいな、と思ってしまったのですよ」

「……ああ、そうでしたね」

 ララナが目を伏せる。


 確かに、今リダファは忙しいだろう。けれど、こちらもただ待つだけというわけにはいかない。


「ウィル様、なんとかなりませんか?」

 こうなったら直接ウィルに動いてもらうしかない。都合のいいことに、マシラも外交官。二人が話をする分には、きっと問題はないはず。要は、自分が表に出なければいいのだ、とララナは考えた。

「お願い……ですか?」

「はい。もはや一刻の猶予もありません。私一人の力ではどうすることも出来ないのです。力を貸してはいただけないでしょうか?」

 必死に懇願してくるララナを見、色めき立つ。ここで恩を売っておくのも悪くはない。


「ララナ様がそこまで仰るのでしたら、協力して差し上げたいところではありますが……」

 わざと悩まし気な仕草など見せつけ、

「ララナ様は今や裁かれるべき対象である身。私が手を貸すことで、私にとって不利益になるようですといささか困るのですが」

「あ……、」

 ララナが悲しそうな顔をする。


「ララナ様は、今後をどうお考えですか?」

「……今後?」

「ええ。もう王宮に戻ることはできないでしょうし、やはりニースにお戻りになるのでしょうか? しかしニース国王にとっては、婚姻を台無しにした、ただの侍女が出戻って来るだけ、ということですよねぇ? あまり歓迎されないかもしれません」

 ズカズカと、酷い言葉を投げつける。みるみる間にララナの顔色が悪くなってゆく。


「私なら……あなたを救って差し上げられるかもしれませんよ?」

 つい、と手を伸ばし、ララナの頬を撫でる。

「え?」

「私と暮らしませんか?」

「……えっ?」

 驚くララナの腰に手を回し、抱き寄せる。


「すべて失くしてしまったのでしょう? これからは私が一緒にいて差し上げますよ、ララナ様」

 抱きしめながら、そう囁く。ララナは小さく抵抗しながら、その言葉をただ黙って聞いていた。


*****


 いよいよララナの処遇を決める日となった。


 部屋には国王ムスファを筆頭に、集められた重鎮たちが顔を揃える。そこには大宰相エイシルと、息子イスタの姿もあるが、彼らには決定権がない。あくまでも参考人として参加を許されただけである。


 数日しか経っていないというのに、王宮が懐かしく感じられるララナ。しかし、彼女を見る関係者の目は、昔とは違っていた。国王の隣に座っているリダファはずっと俯いたまま、ララナを見ようともしなかった。そのことがララナの心を締め付ける。


「それではこれより審議を開始する」

 副宰相キンダ・リー・フェスの進行で、話が始まる。ララナがアトリスに来た経緯、先のハスラオ事件でのララナの功績、しかし、それが善意であるのか策であるのかが不明であること等、事細かに真実が話されてゆく。


「ララナ改め、ヒナ。何か申したいことは?」

 名を呼ばれ、顔を上げる。


「……あの、私は……言われるがまま、アトリスに来てしまいました。このような結果を招いたことは……その、大変申し訳ない思いです。ですがっ、あの時リダファ様を助けたのは策などでは決してっ、」


「もう結構!」

 ピシャリと切り捨てられてしまう。


「以上が今回の経緯であり、また、事実を知りながらそれを隠蔽していた大宰相とその息子である宰相補佐の二名に対しても、何らかの責を負わせる必要があるかと存じます。陛下、いかがなさいましょう?」

 大仰に頭を下げ、キンダ。


 少し考え込んだ後、国王ムスファが発言をする。


「当事者であるリダファに訊ねよう。お前はどう片を付けたい?」

 まさか話を振られるとは思っていなかったのだろう。リダファが顔を上げ、困惑した表情になる。

「私……ですか?」

「そうだ。この婚姻はお前のものだ。あの、船の一件で、少なくともララナが本物のララナでないことはわかっていた。その時点で我を突き通し伴侶であることを続けると言ったのはお前だろう?」

「それは……」

「エイシルやイスタを巻き込んで話を捻じ曲げた張本人であるお前の意見を聞きたいと申しているのだ」

 ムスファの言葉に、グッと唇を噛み締めるリダファ。


 ララナが王宮を去ってから、リダファの頭の中はララナでいっぱいだったのだ。なんの救済も申し出なかったくせに、姿が見えなくなった途端、不安で夜も眠れないほどだった。しかもララナを預かっているウィルは、ララナを気に入っている節がある。彼の、ララナを見る目でわかる。王宮に入ってきた時の、エスコートの仕方でわかる。嫌気がさすほど、虫唾が走るほど、リダファは二人が一緒にいるところを見てどろどろとした感情に蝕まれていた。


「わた……俺、は……」


 何故こうなった!

 この気持ちはどこからくる!?


 リダファは悶々とする思いを押し退け、一つの提案を設ける。


「ここでララナだけを責め立てるのは間違ってます。私は、一度ニースへ出向き、真実を知るニース国王と話がしたいと思っておりますが、お許しいただけますか?」

 キッとムスファの目を見つめ、言い切った。


 ムスファは、そんなリダファを見、満足そうに頷く。


「いいだろう。では、リダファとララナ、大宰相エイシル、息子イスタ、副宰相キンダ。お前たちも同行しニースへ向かうがよい」

「陛下! それならば外交官である私もご一緒いたしましょう!」

 直談判を申し出たのは名を呼ばれなかったウィルである。

「うむ。よろしく頼む」


 こうして、ニース行きが決定した。

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