第7話 猛毒と浄化 1

1990年 東京


「それで、小動物を虐待しながら性的興奮を覚えていたと」


警視庁の茅下かやした警部補は戦慄していた。これまでも様ざまな容疑者と関わってきたが、沼名のような異常性のある男は久々だったからだ。


「ええ、見ながらね」


権藤忠正ごんどうただまさ博士は眉間に皺を寄せながら呟いた。博士は異常生育歴とその精神的影響に関するエキスパートとして名高い精神科医だ。個人情報とはいえ、沼名の凶悪犯罪に関わる捜査令状に基づいて博士から情報提供を受諾されたのだ。


「沼名の父は飲んだくれで、幼い時から彼や母親に暴力を繰り返していた。ギャンブルや酒で借金が重なり暴力金融からの取り立てが苛烈を極めると、母親に売春させたのです。


 母親は家に寄り付かず、繁華街の場末で立ちんぼをして夫に金を貢いだ。無口で脆弱な沼名は学校では壮絶なイジメに遭ったのです。ヤンキー達にとって絶好のターゲットとなり、トイレの大便器に顔を突っ込まされて洗浄水や小便まで飲まされた。


 夜には暴飲した腕力の強い父からの暴力が待っていた。殴られ蹴られて家を飛び出した彼は、モルタルの粗末な集合住宅の端に空き家を見つけたんだ。そしてそこが彼にとって動物虐待の楽園となったのです。


風呂場の中で彼は倒錯した性欲に酔い、射精していたのです」



2023 東京 新宿 

韓国酒場 オンマポチャ


「これだよ」


 居酒屋の2階、ソヒョンはアリシアにその小さなガラス瓶に入った灰色のゴツゴツした塊を見せていた。


「トリカブトだよ」


「これが」


 ソヒョンは上に瓶を掲げて電灯にかざす。


「気をつけなよ。猛毒だから素手では絶対触ったりしちゃいけない」


「これをどうするの」

「もしアンタが本当に覚悟があるっていうのなら煮出して飲ませなきゃいけない。しかしね、神のような慎重さがなかったら、アンタは猛毒にやられて確実にあの世行きだ。


「修治」っていう毒を抑制する方法で煎じないといけない。まず、その前によく話し合う必要があるよ。もう少ししたら私がよく知っている韓法医から電話がある筈だ、イ・ウジン先生っていう、あ、かかってきた」


 ソヒョンは離れて先生と話をしている。


「私、ちょっと出てくるから下の食堂で晩飯食べておきな。三日月に言っといたから。今日はアタシ特製のブテチゲだ、美味いよ」


 ソヒョンは微笑むと出ていった。アリシアは階段を降りてまだ客が二、三人しかいないがらんとした食堂の前にある席に着いた。無表情な三日月が卓上ガスコンロに火をつけると次第に鍋から煮えるキムチとラーメンのジャンキーないい匂いがし始めた。


つづく。

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