第2話

 待って。落ち着くのよ、私。

 ドアの向こうの二人の情報が正しいとは限らないじゃない。


 そうだ。一度だけ、ハルに直接「ツンデレ好きなの?」って聞いたことがあったじゃない。あの時は、確か、好きだって言ってような気がする。


 えっと、何だっけ。

 探偵アニメに出てくる女の子よ。アイちゃん? それに、ラノベに出てくる女の子、ミサカ? とにかく、ハルが好きなアニメとかラノベとか、薦めてくるキャラって、素直じゃない女の子ばっかだったと思う。あれは、ツンデレよね。たぶん。


「違うちがう! 清野くん、言ってたよ。笑顔の可愛い子が好きだって」


 笑顔の可愛い子!?

 ぐるぐる考えていたところで、予期せぬ言葉が降ってきて、頭が真っ白になった。

 え、笑顔が可愛い? 何、そんなの聞いたことないし。


「えー、私、笑顔は自信ないー!」

「大丈夫だって、少なくとも、キラキラよりは可愛いって」

「それ、褒めてないんだけど」

「ごめんごめん! でも、キラキラが彼女だなんて噂立つくらいだし、清野くん、案外ちょろいかもよ」


 癇に障る黄色い声がトイレに響き渡り、私の胸の奥をぐちゃぐちゃにしていった。


 何なのよ、こいつら。

 私のことを散々ディスってさ。しかも、ハルがちょろいですって? バカ言うんじゃないわよ。五年も片思いを続けて、未だに幼馴染ポジションの私が言うのもなんだけど、あいつは甘くないわよ。隙なんてちっとも見せないんだから。


「告っちゃえば?」

「えー、そんなぁ、無理だよぉ、私なんてぇ」

「全然ありだってば! だって、あのキラキラだよ?」

「そうかなぁ。ほら、もしかしたらみたいな地味子が好きなのかもよ?」

「あー、それだとアウトか。マキは派手だもんな。顔も化粧も」

「それ、褒めてないー!」

 

 ぷちんと血管が切れたかと思った。その時だ。

 トイレの小さな小窓から真っ白な光が入り込み、ドドンッと耳を劈くような雷鳴が響き渡った。


「キャッ! やだー、雷!? 怖いーっ」

「雨の予報なんてあった?」

「あたし、傘持ってきてないよ」

「清野くんに入れて貰ったら? 今日、部活ないって言ってたよ?」

「ほんと!? まだ帰ってないかな?」


 おい。怖いとかのたまっていたのは、どこのどいつだ。


「相合い傘とか憧れるよね」

 

 イライラとした私は、ドアをけ破るようにしてトイレを飛び出した。

 すぐ側で話していた二人は、驚いたせいで持っていた化粧ポーチをひっくり返したようだった。何かキャンキャンと喚いているけど、そんなのに構っている暇はなかった。

 今すぐハルを捕まえて、本当のことを聞き出さないと!


 夕暮れでもないのに、廊下は真っ暗だった。

 外は土砂降りで、雨粒が激しく窓に叩きつけられている。


「みっちゃん! どこにいたの。ねぇ、雨降ってきたけど、どうす──!?」

「ごめん! 緊急事態!!」

「はぁ!? ちょっ、これどうすんのよーっ!!」

「教室に置いといて!」


 廊下の先で手を振っていた陽菜の横を走り抜けた。そのままの勢いで階段を駆け上がり、その先にある教室の扉を勢いよく開ける。

 そこは五組。ハルの教室だ。


「光空さん、何か用かしら?」

「委員長……いや、あの、人を探していて」


 丁度帰ろうとしていたらしい、ぱっつん前髪の日本人形みたいな五組の委員長が声をかけてきた。

 つんっとした表情が、かえって彼女の綺麗な顔を際立たせていて、Мっ気のある男子には絶大な人気の美少女っていうのも、納得よね。


五組うちのクラスメイト? 見ての通り、私が最後よ」

「……本当だ」

「そう言えば、雨が降ってきたから、図書室で勉強するって言ってた人もいたわよ」

「本当!?」

「えぇ。誰を探して──」

「ありがとう!」


 委員長の言葉を遮るように、大声でお礼を言った私はすぐさま駆け出した。だから、彼女が「最後まで話を聞きなさいよ」と呆れたように言って微笑んでいたのに、私は一切気付いていなかった。もしも、その笑顔を見ていたら、彼女に片思いをする男子の気持ちが分かったかもしれない。

 

 雷が鳴り響き、窓の向こうで稲光が走った。

 

 あんなバカっぽい女がハルの彼女になんかなったら、許さないんだから。

 百歩譲って委員長なら──無理! やっぱり、それもダメ!!

 委員長の綺麗な顔を思い出しながら、心の中で全力否定した私は、新校舎に繋がる渡り廊下を走っていく。

 

 ドドンッ──

 再び、近くに雷が落ちたのだろう。激しい振動で、窓がビリビリと鳴って、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 雷が怖いとか言ってる場合じゃない。ハルに聞かなきゃ。

 どうして嘘をついていたのって。ツンデレ好きだって言ってたじゃないって。

 

 息を切らしながら、図書室に辿り着いてドアに手を伸ばすと、ガラッと音を立てて開いた。


「光空さん? どうしたの。凄い怖い顔してるわよ」


 そこにいたのは、バスケ部マネージャーの藤さんだ。

 よりによって、何でこの人と会わなきゃいけないのよ。ツンデレ代表みたいな、彼女に。

 もしかして、ハルとこれから一緒に帰るとかだったらどうしよう。ありうるじゃない。部活も一緒で、よく話しているし。


 ダメダメ、藤さんなんて絶対ダメ!

 スタイル抜群で先輩や先生にも媚を売らず、さらに文武両道な美少女なんて──私ってば勝ち目がないじゃない。

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