ハズレスキル「サウナ」ですが、悪党ランキング一位を目指します
綾部まと
第一話:王子の婚約解消
豪華絢爛な王の間に、王子は座っていた。横には彼の両親である国王も腰かけている。さすが黄金の国で、城の装飾も家具も、まぶしいばかりに輝いている。もちろん成金趣味の粗悪品でなく、どれも一流品だ。
「サラ様、前へお進みください」
家来から耳打ちされて、私は前へ進む。目の前には階段があり、数段を登れば、彼らの椅子にたどりつく。
この日のために、あらゆる手を尽くしてきた。賄賂を使って城の家来から「王子の好み」の情報を得て、「大人しい。清楚系。黒髪ストレート、尽くすタイプ」なんて自分と真逆のことが書かれていたから、会う時はその通りに振舞った。もちろん、ライバルの悪い噂を流すことも忘れなかった。周りから「悪役令嬢」なんてあだ名を付けられたけど、一向に構わない。それってあなたの感想ですよね?
「オール王子。あなたと結婚できて、嬉しく思います」
私は微笑み、軽くお辞儀をした。台座の横にある鏡で、自分の顔を確認する。雪のように白い肌を生かす黒いドレスを、スレンダーな美少女がまとっている。少し性格がきつそうだが、そこは仕方ない。
彼は黙って私を見つめた。氷のように冷たい眼差しだった。モデルのよう長い手足を組みなおし、端正な顔を少し歪めた。その様子を見かねた国王が、口を挟む。
「こら、オール。何か言いなさい。悪いね、サラ。きっと美しい女性を前に緊張しているんだろう」
「違うよ、父さん。本当にこいつで良いのかって思ったたんだよ。さっきリリーから来た手紙によると、とんでもないスキルの持ち主らしい」
私は階段を上りかけていた足を止めた。リリーというのは自己肯定感が無駄に高く、人を見下すくせに体格は小柄で、ぶりっこな、私が嫌いなすべてを持ち合わせているクソアマだった。
「……なんのことでしょうか」
「とぼけるなよ。父さん、こいつ、サウナを作るらしい」
「サウナ? あの熱い部屋か?」
「あぁ。しかも、どこにでも作り出せるスキルみたいじゃないか」
彼は忌々しそうに吐き捨てた。この黄金の国は、全体的に熱に弱い。金は火によって溶けてしまうのだ。涼しい気候で、人々は暑さを嫌う。しかし彼らの最大の懸念点は、おそらく他にあった。
「大丈夫です。サウナは金の民の魔力を削ぎません。むしろ増幅させると……」
「データはあるの?」
「ありません。でも魔法学園で学生時代を過ごした時に、五か国の生徒で試しました」
国王が感心したように、ほお、と声を上げた。
「へえ、すごいな。火、水、木、土、そして金の国から、優秀な女子生徒が集まる場所だ」
「父さんは黙ってて」
次の手を考えていると、王子が立ち上がった。そして階段を降りてくる。優雅な動作につい見とれていると、彼は私の目の前で立ち止まった。背が高い彼は少しかがみ、なんと私を抱きしめた。
「まあ、ここまで来れたのは褒めてやるよ。俺も楽しめたしね。でも……」
私の顔に顔を近づけてきて、今にも唇が触れ合いそうになる。キスされると思って身構えると、彼は愉快そうに言い放った。
「もうお前と、クソみたいなスキルについていけない。婚約は解消だ」
呆気にとられる私を後に、彼はすたすたと部屋を出て行った。
「……申し訳ないね、あんな息子で」
「いえ、構いません」
これは本心で、特に心は痛まなかった。また婚活を始めなくてはならないな、という面倒臭さだけだ。もう自分を偽ることに疲れていたから、終わりにしたかったのだが。
「それにしても、サウナを作れるか。ユニークなスキルだな」
「学園では一番のハズレスキルでしたけどね。作りましょうか? 今、ここで」
「い、いや。気持ちだけ受け取っておく」
「ご希望の時は言ってください。王子の分も作るので。もう二度と会わないと思いますが」
城を出て、門に行くまでの広い庭を歩いていると、教会が三時の鐘を鳴らしていた。もうそんな時間らしい。門の近くで馬車を待たせていたが、乗って家に帰る気分になれなかった。城の周りには、感じの良いカフェが多い。甘いものでも食べてから帰ろう。
「でも、その前に……」
私は庭を見渡した。中央に泉があり、周りに木々や花が植えられている。美しい庭だが、この景観を楽しんでいるのは私ひとりのようだ。
「ここで外気浴したら気持ちよさそうだしね。スキル発動。出てきて、サウナ!」
木造のボックスが現れた。私の背丈より少し高く、二人ほど座れる程度の大きさだ。でもひとりで入る分には、この大きさで良い。
「よしよし、ちゃんと中にタオルもあるね。入ろうっと」
私は中に入り、服を脱いだ。程よい温もりが、緊張でこわばった身体と心をほぐしてくれる。目を閉じて、呼吸に意識を集中させた。
「くそ。ワーカホリックであんま城にいないから、偽装結婚できると思ったんだけどな。顔は良かったし……」
ふと、顔を近づけられた瞬間を思い出す。
「あー。だめだめ!あんな男、絶対に嫌だし……」
次の瞬間、サウナ室の扉が勢いよく開かれた。そこには金色の兜と鎧をまとった、騎士が剣を構えていた。
「え?」
私は全裸で、それを見つめた。騎士が放っている魔力から、人間でないことは分かる。庭のパトロールでもしていたのだろう。そうなると、敵は私だ。騎士は勢いよく、私に向かって黄金の剣を振りかざした。
「ち、ちょっと待って!」
全く相手に通じず、剣が振り下ろされる。間一髪で避けた。動きは単調だから、『敵は切れ』という指令を与えられているのだろう。しかし、そうなるともっと厄介だ。私を切るまで、あるいは魔力が切れるまで、追いかけてくる。私はひとまずタオルを身体に巻き、サウナ室の外へ出た。
「あれ、君は……?」
そこには青年が立っていた。爽やかで、動きやすそうな服装をしている。庭師にしては身体が華奢で、色白だった。こんな裸みたいな姿なので恥ずかしいが、誰もいないよりは嬉しかった。
「お、お願い!助けて!」
返事の前に、私は彼の後ろに逃げ込んだ。サウナ室から騎士が出て来たのだ。彼は私を騎士を見比べて、私に向かって少しだけ微笑んだ。
「いいよ。下がってて……『フランベ』!」
彼が騎士に向けて指をさすと、そこから炎が飛び出した。騎士はうめき、溶けて行った。
「大丈夫?君は……」
「サラ。話すと長くなるから、事情は省略させて」
肌を露出している気まずさから、彼と目を合わせられない。年齢は私より少し上くらいだろう。中性的で美しい顔をした、やわらかい雰囲気をまとっていた。
「あまりにきれいな女の子が裸で出て来たから、妖精かと思ったよ」
「ニンフね」
「はは。誘惑に負けてたら、切り殺されてたね」
「……ちょっとサウナ室で着替えてくるわ。お礼はするから、そこで待ってて」
サウナ室に入り、再び黒いドレスに袖を通した。熱を受けても美しい光沢はそのままで、むしろ輝きを増しているように見える。学生の頃も感じたことだが、金の民の火に対する嫌悪感は、凄まじい。簡単に覆そうにない。着替えが終わり、立ち上がった。サウナ室の扉が開いて、「レディの着替え中に扉を開けないでください」と言おうとして、その相手を見て言葉が引っ込んだ。先程の青年が、倒れこんできたのだった。
「え、ちょっと大丈夫!?」
青年は背中に大きな切り傷を負っていた。まだ新しい。先程の騎士によるものだと、彼の後ろから近付いてきた騎士を見て気付いた。
「この金ピカ……!」
私は青年を急いでサウナ室に入れた。奥に寝かせ、扉を閉めた。ガンガンと、騎士は扉を開けようと叩いている。青年は口を開いた。
「君のスキルで、この部屋を強化したりすることはできないのか……?」
「できないの。まだスキルのレベルが1だから」
このスキル「サウナ」は私が楽しむためだけに使っている。戦いに勝たないと、スキルのレベルは上がらないのだ。『お嬢様』として育てられた私は家来に守ってもらっていたし、魔法学園では実践は行わないから、実は戦うのは初めてだった。
「ごめんなさい。私のスキルがハズレだったばっかりに。最後の望みで、王子と結婚しようとしたんだけど、それもうまくいかなくて……」
親は気にするなと言ってくれたけど、大悪党の娘として私は許せなかった。扉がついに騎士によって開けられ、私は最後に青年の前に立ちはだかった。騎士は剣を振り上げ、私は目を閉じた。
「そうかな。君のスキル、すごいけどね。『グラン・フランベ』!」
次の瞬間、すぐ横をものすごい火力の炎が突き抜けて行った。今回、騎士は溶けなかった。跡形もなくいなくなっていたのだった。
「怪我してたんじゃないの?」
「この部屋にいたら治ったんだ。魔力も最大値まで回復したよ」
彼は微笑んだ。あたたかく、深い笑みだった。
「ありがとう、サラ。君のお陰で命を救われた」
胸に何かがこみ上げて来た。婚約のために悪役に徹してきたから、誰かにお礼を言われるのなんて久しぶりだった。サウナ室が光とともに消失し、おめでとう、と彼に言われた。どうやらスキルのレベルが上がったらしい。
心地良い風が、頬を撫でた。身体から力が抜けていく。辺りは静かで、泉の水温と、鳥や虫の声が微かに聞こえるだけだ。結果として、ととのうことができた。
「ねえ、サラ。火の国に行かない? 僕はあの国の魔法使いなんだけど、君に見せたいものがあるんだ」
「それも良いかも。王子との婚約解消で、この国にも家にも居にくくなったし」
「火の国で、結婚相手が見つかるかもよ?」
「もう結婚は、こりごり! しばらく好きに生きるわ。このスキルもあるしね」
こうしてハズレスキルと思われていた「サウナ」を持つ私の、無双と溺愛、そして「ととのい」の旅が始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます