【怪異ファイル01】ボタルダール森林保護区 その8

――1週間後


「ああもうなんで車なんだよ! 今どき車なんて乗ってる魔法士少ねえだろ!」

「つべこべ言わず、静かにしとけ、クソガキぃ! 浮いてる車に乗れてるんだぜ? ロマンがあるだろうがよぉ」

「いや、ロマンはあるけど、こんな道わざわざ車で行く必要ないだろうがあぁぁ!」


 ウィルはシモンの愛車の助手席に乗って叫んでいた。実はこの浮いた状態の車は初めての人には少々刺激が強い。浮遊感が気持ち悪いのだ。


「うぷ、叫んだら気持ち悪くなった……」

「だから静かにしとけって言っただろ? この浮遊感が癖になるんだがなぁ……ウィルのためにもうちょいスピード上げるなぁ」

「はぁ!? これ以上スピード出すんかよ、ちょ待て、うぷ、げろろろ……」


 袋にゲロるウィルを横目に加速させるシモン。

 今日はボタルダール森林保護区の麓の村に事後調査に来ているのだ。


 黒い雨が降ったせいで、ボタルダール森林保護区周辺の魔力濃度が濃くなってしまい、このままではまた大干ばつといった災害が起きてしまう可能性があったので、五行国連合のエリート魔法士が招集され、この辺一帯の浄化作業が行われた。シモンが出向く必要はなかったのだが、どうしても浄化できない場所があるという報告を受けたので再び来た始末であった。


「着いた……うぷ、まだ気持ち悪い……」


 ウィルは村に着いても尚、顔を真っ青にしていた。シモンはスッキリした面持ちで背伸びをする。村から誰かが出てきた。ジョゼである。


「お、ジョゼ〜! 久しぶりだな、元気にしてたか?」

「シモンさん……! お久しぶりです! もう、すっごく元気ですっ! あれ、そちらは……」

「そりゃよかったわ。あ、こいつ? そういえば初対面か……俺の息子だ。まぁ息子って言っても養子だけどな」


 ジョゼは目をパチクリさせて、驚いた。それはもう盛大に。


「え、えーー! そうなんですか! お名前は? 出会いは? シモンさんのどう言うところが好きですか? 「ウィルだ。いや、出会いは最悪だし、好きじゃな……」おめでたいです! 今日は宴ですね! ウィル君!」「聞けよ!」

「ぷっ、はは、ははは! いや、良かったよ。思ったよりも元気みたいだ。ゼフのことがあったからな……落ち込んでるかと思った」

「あはは……あれは完全に父が悪いので……あんなことまでやってたなんて、今でも信じられませんよ」


 ジョゼは雲ひとつない快晴の空を見上げて、目を細めて笑った。

 ジョゼの父親、村長であるゼフはその後、浄化魔法をかけたり、さまざまな事をしたが精神状態は一向に戻らず、地元警察管轄下の精神病棟に入れられた。ゼフは旅行者が来ては魔法が使えるかどうかを聞き出しては森まで誘い出し、殺害。死体を逆てるてる坊主のような姿にしていたそうな。もちろん、全員死亡が確認された。被害者家族にはゼフのことは伏せた話をした。人間が関わってきてしまうと、関係のない家族にまで被害が拡大する。また、被害者家族の誰かが「呪い」を使う可能性があったので、ゼフのことは機密事項となった。

 今回、シモンが呼び出された原因がこの死体が見つかった場所だ。謎の神を祀る祠があった場所でもある。



「お疲れ様です! シモンさん! こちらです。瘴気が酷くて生身では正直キツイ状態です。ここから先は気をつけてお進みください!」


 五行国連合怪異対策課の職員が上っ面は真剣な表情で、しかし内面は緊張した様子ででシモンを案内した。


 どんどん進むにつれて魔力濃度が濃くなっていく。瘴気と言われてもおかしくないほどに。シモンは魔力を一切持たないウィルのことを見た。平然とした顔でシモンの後を追うウィル。


(俺でも正直きついのに、なんで平然といられるんだ……やっぱり、あれか……)


 シモンは「祈りの神」のことを思い出していた。見た目は完全に善良な神であった。しかし、内蔵している魔力量が膨大であった。あれはまるでそう、幾つもの命が魔力に変換されたような、そんな魔力量と魔力濃度だった。

 

 あの後、五行国連合本部に戻ったシモンとウィルは念入りに検査を受けた。特にウィルである。検査で魔力が一切ないことが判明した。この世界には魔力が一切ないと言うことは、まずありえない。非魔法士は魔法を具現化するほどの力はないが、微量な魔力は持っている。この世界で言う「魔力がない」と言うのは、つまりは「魔力はあるが、少なすぎる」という意味なのだ。

 しかし、魔力がない人間というのも存在する。それが「異世界人」だ。文献では異世界人は魔力がない代わりに、不思議な力を使えた人がいたと言う。その先人達が五行国を作った。そして、この世界を豊かにした。そして、マレビト信仰が根付いた。異世界人は発見したならばすぐに国に報告し、保護しなければならない。それくらい大事な存在なのだ。


(しかし、ウィルは異世界人では無いと言った。この世界の生まれだと。何か引っ掛かる……)


 ウィルは生まれた時からこの世界だったという。まず、異世界人というものを知らなかった。ここから導き出せる答えは両親共に異世界人だという推測である。ウィルを産み落とした後に死別、その後どこかの養護施設に引き取られたという推論。しかし、ここでも謎が生じる。何故ウィルには戸籍がないのか、である。ウィルはまだ何か話していないことがある。そうシモンは考えていた。


「おーい、おっさん、何ぼーっとしてんだよ……」


 ウィルが心配そうに、しかし嘲笑うかのようにシモンの顔を覗き込んだ。

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