【怪異ファイル01】ボタルダール森林保護区 その4

***

 朝、シモンが起きると、何やら1階が騒がしかった。


「五行国連合の方がお前たちの家に入って行っのは知っている。これからは私が案内するから、ジョゼは引っ込んでおきなさい」

「父さん、なんか変なこと考えてるわけじゃないよね」

「ゼフを疑うの? ゼフはあなた達の事を考えて言っているのよ!?」

「母さん……! そういうことじゃなくて!」


 シモンはすぐさま用意をすると、1階に降りた。


「うるさくて寝れやしねぇ。朝っぱらからなんだ、どうした?」


 シモンの姿が見えると、白髪の村長らしき男が濁った目を輝かせる真似をして、シモンに話かけた。


「おお、あなたが最強の魔法使いのシモン・ヴァルター様ですね。ここからは私めが村の中と森の周辺を案内させていただきます! もちろん私共めは森には入りませんのでご安心を。私はゼフ・ハイセルと申します。この村の村長をやっております」


(こいつが、様子のおかしくなった村長か……ぱっと見は変な感じはしねぇな。ただ、目が妙に濁ってやがる)


 ゼフに連れられて、村の中を見回った。どこも変な様子は無く、閉鎖的な村だが、開けようと頑張っている感じがした。


 しかし、その様子をみた村長は、

「なんだ、その機械はっ! 私たちは自然に生かしてもらってるのだぞ! あの方が守ってくださっていると言うのに、なんなんだ! 自然にはそんな機械は要らん! すぐに捨てろ!」

 と怒鳴ったのだ。


 シモンはすぐにゼフに聞いた。


「あの方、とはどういう方なんだ?」


 その言葉に反応して、ゼフはこれ以上ないほど嬉しそうに答えた。


「あの方とは、名前を口にするのも畏れ多い、偉大なる雨の神! 我らの願いを叶えてくださる尊きお方! シモン様、ここよりもっとあの方を感じる場所に行きましょうぞ」


(おっと、口調が変わったな。これは当たりだ)


 ゼフは杖をついている。足を思うように動かせないからだ。その筈なのに村を出ると杖があることも忘れて、ついには杖を放り出して、血走った瞳孔が開き切った目で狂うように走った。まるで獣のようだった。シモンは身体強化の魔法を自身にかけ、その後を追う。ゼフは禁足地指定されている森に入ると、転けながら、木々に身を切り裂きながら、走った。まるで痛みを感じていないようだった。


 そして――

「極上の贄を連れて参りました! これがあれば我々はもっと豊かになれる」


 そこは人間がたくさん居た。


 

 

 晴れにする儀式というのは知っているだろうか。

 その儀式は異世界人、マレビトと呼ばれるこの世界とは違う世界の住人たちがもたらしたものであった。いや、正確に言うと儀式ではない。ただの童歌だった。いや、マレビトの世界でも儀式だったのかもしれない。


 てるてる坊主 てる坊主

 あした天気に しておくれ

 いつかの夢の 空のよに

 晴れたら金の鈴あげよ


 てるてる坊主 てる坊主

 あした天気に しておくれ

 私の願いを 聞いたなら

 あまいお酒を たんと飲ましょ


 てるてる坊主 てる坊主

 あした天気に しておくれ

 それでも曇って 泣いたなら

 そなたの首を チョンと切るぞ



 ゼフが楽しそうな声で歌う。

 その空間は20は裕に超えるくらいの人間が逆さまに吊るされていた。その全部が頭に白い布を被さられており、顔は幸い分からなかった。手足は縄で括られており、腕が下に下がってこないように肘のあたりと胴体を縄でぐるぐる巻きにされていた。地面には白い布が巻かれた首がゴロゴロと置かれていたが、不思議なことに血溜まりが一切無かった。そんな異様な空間の真ん中に小さな祠があった。少し扉が開いている。生ぬるい空気が頬を掠める。


 ゼフは楽しそうに、しかし、敬うように跪き、祠に向かって話しかける。


「逾?縺ョ逾樊ァ、どうでございますか! この男は今までで1番の極上な贄です! これならば我が村により素晴らしい恩恵を授けられましょうぞ!」


 シモンは後退りしながらも、攻撃魔法の準備をする。様々な怪異事件を解決してきたシモンだが、少し焦っていた。顔が引き攣る。


「おいおい、村長さんよぉ……その歌てるてる坊主だろ? それは快晴にするための儀式だぜ……なんでそんな歌、歌ってるんだ。大干ばつ起きたんじゃなかったのか?」


 ゼフはぱちぱちと瞬きをするとニチャアと口角を上げ、人間のする表情とは思えない顔で答えた。


「だから、反対の事をしたまでです。頭を上ではなく、下にするのです。そう逾?縺ョ逾樊ァは教えてくださいました」

「話し方がもうめちゃくちゃだぜ……! 人間の方は当てないように……っ!」


 シモンはゼフの後ろにある祠に攻撃魔法を仕掛けようとした。しかし、祠から物凄い魔力とも違う力を感じた。

 目が覗いていたのだ。血走った目が。

 

 そして、それは姿を現した。

「雍??∝ッセ萓。縲∽ココ髢薙?∝眠縺?エ?エ?エ」


 それは言語ではなく、ノイズ。

 黒蛇の下半身に上半身は女のもの。頭は首から切り離されて手に抱えていた。長い黒髪の間から、血走った赤い目が見える。ずるずると小さな祠からはあり得ないほど大きな巨体が姿を見せる。


 シモンはすぐに理解した。

 これは神に近い存在だ、と。どんな姿になっても、力は神そのもの。ただの人間が神相手に立ち向かえる訳がない。

 それでもシモンは立ち向かおうとした。


「俺はな、ここで折れるような男じゃないんだわ。『ファイアショット!』」


 こういう怪異系には火が効く。必死に炎系の魔法を使った。しかし、シモンは見えていなかった。ゼフがシモンに斧を振り下ろそうとしている所を。

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