第12話 白羽の矢

 バスケ部の春の大会から1週間程が過ぎ、時々バスケ部の練習を覗きに行けるようになった。


『誰だよ!あの女!』と叫んだ3年生と毎回顔を合わすが、ソジンの言葉の影響なのか何も言われない。

それどころか、私がそこに“居ない”かのように振る舞う。

彼女をそこまで変えてしまったあれは何だったのか、ソジンとデヒョンに何度も聞いてみるが

「何も無い。」

と、取り合ってくれない。

でも、まぁ、悪い事では無いので忘れる事にした。


・ 


――――――――――――――――

《学級ホームルーム》



「いま、配った用紙は大事なお知らせだからちゃんとお家の人に見せるんだそ。それから、キム・アミ!」


「はい?」


「少し残れるか?」


「あ、はい…。」


「じゃ、後で職員室に来てくれ。」


「わ、か、り、ました。」


「はい、じゃあ、解散!気をつけて帰るんだぞー!」



「何で呼ばれだんだろう…。」


「お前なんかした?」


「私が何するの!?全然分かんない。」


「じゃあ、今日どうする?部活来る?」


「何か分かんないから、今日はやめとこうかな…。」


「…そ。じゃ、またな。」


ユンは荷物を取ると教室を出て行った。


「あ!そうだ!」


戻って来た。


「何だったのかLINEして!」


「うん、わかった。バイバイ(笑)」



――トントン


「失礼します。あのぉ…イム先…生…はぁ?」


「あぁ!アミ!来たか。入りなさい。キム先生、アミが来ました。」


「あぁ、アミさん。ありがとね。」

国語担任のキム・ミヨン先生がニコリと笑った。


「あぁ!ミヨン先生!」


私は、このミヨン先生が大好きだ。

国語の教科書に書かれている少し退屈なお話をミヨン先生は映像の様にわかりやすく教えてくれる。

時々授業で観せてくれる映画もかなりセンスが良い。


「もう1人来るから、ちょっと待っててね。」


「あ、はい。」



「失礼します。」


「あ!ミンジュンくんもありがとね。さ、揃ったので説明するわね。座って。」




この学校は体操服や上靴の色で学年が分かる。

上靴を見ると、3年生だった。





「唐突だけどあなた達、作文が得意よね。」


「あまり自覚は…無いですけど。」


ミンジュンも頷く。


「そう? あなた達が出した去年の夏休みの宿題、読書感想文が地方のコンクールで入賞まであともう少しだったと情報を得てね。今年は入賞、いや金賞を目指してやってみない?先生は全国コンクールでも入賞を目指したいんだけど。」


「あの。目指すってどうやれば良いかわかりません。」


「もちろん!勝手にやりなさーい。じゃないわよ。先生がちゃんと付いて手伝うから。どうかな?」



急な話で驚きが隠せなかった。

ミンジュンという男子生徒もその様で、初対面なのに目を見合わせて一緒に苦笑いをした。



ユンと知り合って仲良くなるにつれ、自分の取り柄の無さに引け目を感じていた。

バスケ部のエース、連勝記録を更新していて

友達も含めて学年1の人気者。

ファンサービスのとびきりの笑顔も習得済み。

そんな人と噂が立つ程一緒に居るのに、私には何もない。

明らかに釣り合わない。

何でも良いから誇れる物が欲しい。

私も頑張って取り組む物が出来たら堂々と隣を歩けるだろうか。


(読書感想文コンクールの入賞なんて、ユンくんのしている事に比べたら小さいかもしれないけれど………。)



「わたし…やってみたいです。」


「そう?やってみたい?やってみましょ!ミンジュンくんはどう?」


「僕も、やります。」


「良かったー!頑張りましょうね!これから忙しくなるけど大丈夫?」


「…はい…」


「この学校は…バイトは禁止だけど、あなた達やってないわよね?」


「してないです。」

「してません。」


「頻繁に集まる事になるからね。夏休みなんか出来上がるまで毎日かもしれない。覚悟してね。」


「はい。」


「まず、これから、あなた達にして欲しい事は、面白いと思う本に出会う事。最低でも3回はじっくりと読む必要があるのに面白く無かったら3回も読めないでしょ?1週間位の内に見つけて来てね。選んだらすぐに教えて。」


「はい」


「じゃあ、先生から2人にプレゼント。」


「え?何ですか?」



小さい封筒を開けると、図書カードが入っていた。



「貰って良いんですか!?」


「これは!これぞ!これこそは!と思える本に出会えたら使って。端数は自分で出してね!」

申し訳なさそうに笑った。


1番低い額の図書カードで逆に良かった。

気持ちが嬉しかった。



私は性格的に、衝動が抑えられない。

今すぐ図書館に行きたい。

ユンに、部活の見学に行かないと言っておいて良かったと思った。

体育館には顔を出さず駐輪場に向かった。

学校の裏にある、この街で1番大きな図書館へと自転車を走らせた。



――――――――――――――


先生の話を聞いている時から何となく考えていた。

どんな本にするのか。

一度読んで面白かった物にするか、初めて読む物にするかを決めかねていて

とりあえず両方読んでみようと考えた。


以前読んだ事のある物を5冊、手早く選び

4人掛けのテーブルにリュックと一緒に置いた。


(あ、ユンくんにLINEしとかなきゃ。)


――――――――――――――

【LINE】

アミ:詳しい話は後でするけど

   いま、図書館に居ます。

――――――――――――――




読んだことの無い物を背表紙のあらすじを読んで選んでいると


「あ」


と声がした。

ミンジュンだった。


向かい合ってみて初めて、身長がもの凄く高い事に気が付いた。

体つきも大きくて、スポーツ選手に見える。



「あぁ、やっぱり来ちゃいますよね?」


「うん…、どんなのにするか決めてるの?」


「私は映画が好きなので、映画化された原作小説にしようと思ってます。映画も観たらさらに理解出来るかなぁと思って。」


「あぁ、なるほどね。」


「何か決まりましたか?」


「あぁ、まだ悩んでるけど…世界の歴史物にするかな。」


「へぇ。そうなんですね。頑張りましょうね。」


「あ、うん。」



これはと思う物を、選んではテーブルに置く。これを、繰り返していたら20冊になっていた。

4人掛けテーブルの左側に座り、

本の山の上から順番に読み始める。

読むと言っても触りだけ。

8冊目で

(お?良いぞ!)

と思える物に出会えた。

でも一応、全部読んでみる。

結果、もう1冊出会えたので2冊だけ置いて残りは戻した。


自販機でお茶を買い、テーブルに戻る。

1冊目を読み始めたとき、右隣に誰か座った。



ミンジュンだった。



(え?なんでここ??誰も座ってないテーブルがあるのに。この人、パーソナルスペースとか分かんない人なのかな…)


違和感と、ほんの少しの嫌悪感をかき消すかの様に、私は読書に集中した。




1冊目を3分の2くらい読んだ所で、外が暗くなり初めていた事に気が付いた。



「はぁ…。ふぅ〜〜ん。」

肘を曲げたまま肩を後ろに回し、背中を伸ばした。


「あのさ」


ミンジュンに話しかけられた。


「はい」


「これ、ここにさ。挿絵に漢字が書いてあるんだけど読めたりする?」


差し出す本を覗き込むと、思い切り顔を近づけて来た。

慌てて離れる。


(この人、距離感がおかしい。)


少し怖くなった。



「すみません。ちょっと、読めないです。スマホで調べた方が早いと思いますよ。」


「スマホ、電池切れたんだよね。」


スマホをヒラヒラと見せた。


「あぁ、じゃあ、調べてみましょうか?」


「お願い。」



本にスマホをかざすが、なかなか上手く行かない。

やっと出て来た言葉を見せようとした時だった————




「!!!!!!いったぁ!!」




身体が横にズレる程の衝撃だった。

自分の身に何が起こったのか、直ぐには理解出来なかった。

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