IRIS ー時空を超えて君に会いにいくー

Snowflake

第1話 パンドラの箱 ①


【西暦2100年7月】



僕は、

生まれた時から12歳までを

北海道に住む父方の曽祖父母、リクとメグの家で育てられていた。


僕の両親は、海外を拠点に活動している研究者であった。

父ケントはアメリカ、母セーラはイギリスを拠点に、年中、世界中を飛び回っていた。

そんな両親は、年に2度、夏の間と年末年始になると

僕と弟のレイが曽祖父母と共に暮らす北海道の家に長めの帰省をした。


正直なところ僕にとって、

いつも離れて生活している両親がたまに休暇を合わせて帰ってくることは、

けして嬉しいことではなかった。

普段離れているせいなのか、

僕は両親に対して少しずつ心に距離を置くようになっていた。

離れている時間が増えれば増えるほど、

そして僕が成長すればするほど、

両親との見えない心の距離は拡がる一方だったのだ。


僕が9歳になったばかりの7月初め、

例年のように夏休みを取った父と母は、

曽祖父母の家に再び帰省した。

約3週間程、家族で共に過ごすことになる。








両親が帰省して最初の週末、

母のセーラと曽祖母のメグは、

3歳になる僕の弟のレイを連れて東京へ出かけて行った。

父ケントの妹で、僕の叔母にあたる千春が

6月に女の子を出産したため、

3人はその誕生を祝いに行ったのだった。


僕の父方の祖父母であるリチャードとクラウディアも

自分達の孫娘に会うために、

曽祖母達の訪問に合わせて、

シドニーから東京に来ることになっていた。


祖父のリチャードは画家で、

作品を売ったり芸術教師を生業として暮らしていた。

祖父母は戦争の多い北半球での暮らしを嫌い、

3人の子どもの子育てがひと段落した後、

元々住んでいたアメリカからオーストラリアへと移住したのだった。


彼らはオーストラリアでの暮らしを大いに気に入り、

その地で自然と共に暮らす生き方を理想として、オーガニック食材や自然由来のものに囲まれた生活を送っていた。

僕は7歳の頃に一度だけ、

祖父母のオーストラリアの家を1人で訪れたことがあった。

しかし食事として出される得体のしれない『オーガニック』と称する食べ物や、

日に何度となく繰り返されるヨガや瞑想タイム、そして家と外の区別が付かないようなそこでの生活に3日で拒絶反応を起こし、

2週間の滞在予定を大幅に繰り上げて、

4日目には日本の曽祖父母の家に舞い戻った経験があった。

祖父母のリチャードとクラウディアは、

今回、僕が東京に行くことを望んでくれていたが、

僕はそれほど積極的に東京へ行きたいとも、祖父母と会いたいとも思ってはいなかった。


加えて曽祖父のリクは、

リクの長男であるリチャードとの折り合いが良くないこともあり、

今回の東京行きには早々に参加しないことを表明していたため、

僕はリクと家に残ることを選択した。







北海道での曽祖父母との暮らしは、

僕にとって、とても居心地の良いものだった。

曽祖父のリクは遺伝子学の世界的な権威だった。

彼は80歳になったのを機に研究者として引退し、第一線からは退いていたが、

退職後も世界各国の学会やシンポジウムに引っ張りだこだった。


両親や祖父母と縁が薄い僕にとっては、

曽祖父母のリクとメグは親同然の存在であり、

心から愛し尊敬する人達だった。

彼らは僕に惜しみない愛情を注ぎ、

ありとあらゆる教育の機会に触れさせた。

幼い頃から曽祖父母に受けた英才教育のおかげで、

僕は9歳の時点において飛び級で高校3年生の課程を履修し終えていた。

僕は7歳の頃から飛び級をしたため、

自宅からのリモート学習が主となり、殆ど『学校』というものに通っていなかった。

友達は専ら、

近所にいる幼馴染数人とスポーツクラブで一緒の仲間数名ほどであった。


弟のレイもまた、

2歳の頃からは曽祖父母の家で僕と共に暮らすようになった。

自分の両親との縁が薄い僕にとって、

可愛い弟の存在は気持ちが大いに慰められるものだった。

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