4 ギャル「あーしも頼むからまた弾いてよ」

 土日を挟んで翌週。

 初冬の寒空は夜の公園に厳しい。

 その痛みが僕の虚無を癒してくれる。

 光に誘われる羽虫のように、僕はまた公園のベンチにいた。


 少し早めの二十一時。

 まだ公園を通り抜ける人がちらほらと通り過ぎる。

 女子高生の彼女はいないようだった。

 いつも二十二時くらいだから、きっとまだ居ないんだろう。

 虚無の安寧を邪魔されることはない。

 安心してコーヒーのプルタブに手をかけた。


「ねえおじさん」

「っ!? ごほ、ごほっ」


 口に含んだ黒い液体で蒸せる。

 夜に、突然に耳の傍で声をかけられれば誰だって驚く。

 それが幼さの残る男の子の声であっても。


「おじさん、今日は歌わないの?」

「おじさんはミュージシャンじゃないぞ」

「このまえの歌、歌ってよ」

「ギターもない」

「え? おじさんの、あるよ。あそこに」


 無垢です、確信犯ではありません。

 青バックの少年はそう主張するような瞳を向けて僕を引っ張った。

 そうしてまた、例の時計の下の芝生まで僕はやって来た。


「ほら」

「これは僕のじゃない」

「でも歌っていました」


 聞き覚えのある女の子の声。

 少年を援護するかのように、女子高生の彼女が同じ言葉を重ねた。


「でも歌っていました」


 僕は観念した。

 芝生にあぐらをかいてギターを傾ける。

 一向に持ち主が現れないギターのチューンを済ませ。

 黄色いピックを片手に、また同じ歌を口にした。


 ――愛しているわと 添えた手で 縛られ♪


 ふたりがどうしてこんな歌を聞きたがるのか。

 そんな疑問も、歌を口にしているときだけは忘れられた。


 ――世界に 僕は 蔑まれている♪

 ――社会に 僕は 蔑まれている♪

 ――学校に 僕は 蔑まれている♪

 ――家族に 僕は 蔑まれている♪

 ――友達に 僕は 蔑まれている♪


 歌い終わる。

 濡れた頬が四つ、LEDに照らされていた。


「また、お願いします」

「またねおじさん」


 感極まった震え声で。

 ふたりとも再開の約束だけを口に、一礼して去っていく。


 歌い終わった後の、喉のいがいがを鬱陶しいと思いながら。

 まだ二十二時くらいだったのでもう少し滞在することにした。


 自分の虚無と向き合おうと思い近くのベンチに腰掛けた。

 また買った缶コーヒーを片手にふう、と息をつく。

 そうしてまだ理不尽は去っていなかったと悟る。


 対面とか、なんなら隣にもベンチがあるというのに。

 僕のすぐ横に誰かが腰かけた。

 地面を見ていたから、その人物の脚が日焼けしていて黒くて長いソックスを身に着けているのが目に入った。

 誰だよ独りを邪魔するのは、と思って横を見る。


 金髪のウェブがかった髪。

 強めのアイシャドーに濃いまつ毛。

 無駄に重ね塗りされたピンクがかったリップ。

 いわゆるギャルだった。


「……おにーさんさぁ。いつも、ここで弾いてんの?」


 僕は独りだ、お前を認識してない。

 ギャルなんて僕の人生には関係がない。

 そう思って無視を決め込む。


 でも……駄目だった。

 だってこの子も、どうしてか目が赤いし声が震えてるんだもん。

 なんで皆、泣いてんだよ。


「……無理に頼まれて弾いてるだけ」

「あーそう。じゃ、あーしも頼むからまた弾いてよ」


 何なんだよ、こいつら。

 僕の邪魔ばかりして。


 ◇


 それから何度か歌った。

 独り虚無を愉しめる日と、歌う日と半々くらい。


 僕が自主的に歌ったわけじゃない。

 いつも女子高生か、少年か、ギャルが居て、僕を引っ張っていく。

 歌い終わると三人が揃って泣いていた。

 僕の黒歴史で生まれた虚飾は、どうしてかいつも三人を突き刺していた。


 僕らの関係は赤の他人。

 不審者とオーディエンス。

 それだけの関係だ。

 いつか警察に職務質問されてしょっぴかれる特権だけが僕にあった。

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