第34話:救出と死闘[天音vsケテル]
◇
『LIVE START』
いつも通りのカメラに、いつもの文字。
その表示を確認して、少しカメラの設定を調節してから、連理は零夜と明里に合図を出し、ともに走り出した。
「雰囲気ぶち壊しないつもの配信画面からこんにちはー。現在走りながら青幻学園の地下ダンジョン探索中です。なんで急にこんなこと始めたかといえば、まあ情報交換が主目的ですね」
そして、連理は走りながら視聴者に向けて説明を始めた。今は説明すら移動しながら行いたいほど時間が惜しいようだ。
音声認識キーボードを起動し、それで無理やり自身の配信にコメントを書き込む。
どうやら、配信で話した情報を、後から来た視聴者全員にも共有するために、このコメントをコメント欄の上部に固定しておくようだ。
連理は今回の事件の情報について、話せるところまでを公開した。
ステージ部屋の状況や、みんなで協力して魔物を討伐していること。
しかし、未だに多くの生徒が危険にさらされていること。だから、この配信はそういったお互いの救助のための情報交換の場所として使って欲しいこと。
また、今回の事件の黒幕が下層に居ることも当然伝えた。自分たちがその黒幕と、黒幕が起動しようとしている兵器を止めようとしていることも。
事前の話し合い通り、兵器の詳細については伝えず『多くの人に害を及ぼすらしい兵器』と濁して伝えた。
「そんなわけで、ウチの配信を情報ソースとして自由に扱ってください」
『こんな状況で配信始めたから、何事かと思えば、そういうことだったのか』
『ネット繋がってるのに気づいたのもすごいけど、よくこの配信やろうって思いついたね』
「それについては、こちらの隣の――」
「
「――と、いうことです。称賛ならぜひ彼女に」
連理は明里のそんな行動を綺麗に受け流すかのような真顔で、視聴者にそう伝えた。
『お、おう……』
『すごいかわいい子が居る……私も負けてられんな』
気がつけば、視聴者もなかなか集まっていた。
現在四十人。数値だけ見れば大したことはないが、現在の状況から考えれば良い方だろう。
『しかしまあ、また変なことしてるよなぁ』
『でもぶっちゃけありがたくないか』
『ここって生徒の人しか居ないんですよね?』
『↑限定公開だし、多分そうだね。俺も招待から来たし』
「そして、ここからが本題なんですけど――ウチのメンバーが一人どこかに行ってしまったので、地下の方を捜索してほしいんです」
「要は、人探しってことだね。ほんとうに、誰かお願い!」
明里は走っているのにもかかわらず、器用にカメラに向けて手を合わせながらそうお願いした。
「もちろん、ここは下層で危険です。だから無理にとは言いませんが、動ける方はどうか協力して欲しいです――あと、今回の事件を根本的に解決したいってのもありますし」
『
『私も動けます。具体的に、どの辺りを探索すればいいんですか?』
「今は……八層かな?」
今まで歩いてきた道の記憶を
『八層!?』
『めっちゃ深いな……』
一般的なダンジョンであれば八層は中層程度に位置するが――このダンジョンにおいて、攻略者は基本的に学生だ。それに、こんな状況で中層に向かうとなれば、驚くのも無理はないだろう。
「までも、四層巨大ホログラムルームにショートカットがありますから。あの部屋の端の方に空いた扉があるはずです。道中魔物もほとんど居ないし、道が分かる人は来てください」
連理は動揺する様子もなく、地下の様子について伝えた。
「あ、探してるのは黒髪黒目のストレートロングヘアーの女の子だよ。青と白の配色の魔術ライフルを持ってる子――みんなには
『おいおい、あの人今行方不明なのかよ。最悪だな』
『一人で潜ってるの!? ……どうしよう、私も行こうかな』
『これ、俺も行くべきかなー』
ここには生徒しか居ないこともあって、個人名で伝わったようだ。
それにしても、一人の名前で少しざわつく辺り、天音の名はそこそこ知れ渡っているようだ。
「行ける人はお願い。天音ちゃんを探し出して。見つけて、どこに居るか教えるだけでも良いから。お願い」
明里は、真剣な声色でそう
きっと、彼女はどこまで行ってもまっすぐなのだろう。
『道分からなくなったらまたインする。とりあえずそっち行くわ』
『私も行きます。頑張ってください』
「みんな! ――ほんとうにありがとう!」
明里はパッと表情を変え、感謝を述べた。
「それと、俺からの補足だが、下層に来て魔物討伐してくれるだけでも十分ありがたい。おそらく黒幕のせいだろうが、この層だけずいぶん魔物が多いみたいでな」
零夜が周囲の音に集中しながらそう言った。
魔物が少なかった上層と比べ、かなりの魔物が集まっているようだ。これは、兵器の停止も一筋縄ではいかないだろう。
『じゃあ、俺も行こうかなぁ』
『私も、天音ちゃんが心配だし行きます』
「ほんとうに、みんなありがとうね」
少しだけ涙ぐみながら、明里はもう一度感謝を伝えた。
気がつけば、視聴者数は百人近くにもなっていた。
両学園の生徒だけでも、なかなか集まるものだ、と連理は内心思った。
それから、連理は気を取り直してこう宣言した。
「さて、俺達もアレを止めに行くのを忘れずにな。心の準備はしておけよ」
「了解!」
「了解」
そうして、三人は動き出した。
◇
場面は戻り、天音とケテルのところへ。
「さっきぶりだね。どうやら、わたしの動きがずいぶん気になっている様子だったからね。来てあげたよ」
「……私は別にそうじゃないんだけどね」
天音はケテルを警戒しながら、ゆっくりと立ち上がった。
いつでも逃げられる体勢、いつでも避けられる体勢。
攻撃が飛んでくるタイミングが分からない以上、警戒を怠ってはいけない。
「そうかい? だってキミ、わたしのことを遺跡のレーザー兵器で殺す気だったろう。それなら、わたしの動きだって知りたいだろう?」
「っ――! なぜそれを!」
天音は背筋が凍るのを感じた。
そこまで予測されていたということに対して、まるで自分の思考すべてが見透かされているのではないだろうか、という錯覚に陥る。
「この遺跡の大量殺戮兵器について知っているんだ。わたしに害を及ぼす可能性のある兵器くらい、知っていないわけがないだろう?」
考えてみれば、当然とも言えるのかもしれない。
「でもあなたは逆方向に行っていたはず。どうして私がこちらに来たことが分かったの?」
しかし、天音もあくまで冷静を装い質問した。
「そりゃ、魔力の動きで分かるさ。探知魔術だって一定間隔で起動しているからね」
「――それも無詠唱なのね」
「
トントン、と自分の頭をたたき、どこか
「……そう」
片眉を少し動かし、天音は返す。
「探知魔術も、万能とはいかないがね。でも、キミみたいな魔力だだ漏れかつ魔力が強い人間の動き程度はすぐに分かるよ」
ひょいと肩をすくめ、ケテルはそう言った。
「それじゃあ、あの四人の動きも?」
「全部見えてるさ。秋花の動きもね。だから余裕こいてこっちに来たのさ」
ふっと笑って、ケテルは述べた。
(……余裕をこいて?)
そのセリフにはどこか違和感があった。
油断を自覚しているのに、なぜそのような行動を取るのかという疑問。
そしてもう一つは、巧妙な手口を使ってずっと慎重に動いてきた彼女が、なぜ今になって慢心しているのか、という点だ。
「さっきもそうだったけど、余裕そうだね」
「もちろんだよ。わたしはキミたちより強いから」
瞑目し、ケテルは呟くように言う。
「じゃあどうして、さっき私達を見逃したの?」
「あのリアクターのある場所での戦闘は危険だからね。流石のわたしも、あれが爆発したら――肉片になっちゃうだろうね」
その答えが返ってきて、天音は確信した。
先程の場面では攻撃してこない理由があったが、ここでは攻撃しない理由などない。であれば、なぜ自分より強いはずのケテルは攻撃してこないのか。
結論はこうだろう。
――ケテルは、天音たちを異常なほどに警戒しているのだ。
隠し札を持っているのではないか、逆転の一手があるのではないか。
そういう警戒心をもっているのだ。
であれば、今までのケテルの様子から見ても辻褄が合う。
天音はそう結論付け、さらに自身の頭を回転させた。
ケテルの異常な警戒を利用して、この状況を切り抜ける方法。
それは――
「そう。分かった――よっ!」
天音はその瞬間、腰のアイテムホルダーから手榴弾のようなものを取り出し、ピンを外してから投げた。
これは、保険として一つ持っていただけの、ただの煙幕弾。
しかし、予測が正しければ、ケテルはこれに過剰に反応し、気を取られるはずだ。
「ようやくか!」
ケテルは目の色を変え、予想通り煙幕弾を先ほど天音を襲った炎の光線で焼き尽くした。
同時に、白い爆発が巻き起こった。
周囲には煙が発生し、たちまち視界は悪化した。
天音からもケテルの姿は見えなくなる。
(これなら、逃げられるはず!)
そして、天音はそのまま走り出した。
逃げて、時間を稼ぐのが彼女の目的だ。
連理たちが装置を停止する時間さえ稼げば、それで良かったから。
しかし、その瞬間後ろから大きな声が聞こえてきた。
「読みが外れたか――キミ、小賢しいねぇっ!」
「まさかっ――」
瞬間、天音は体を反転し、スキルを発動した。自身の体に翼が生えるのを横目で見ながら、今できる最高速度で魔術の詠唱を開始した。
「空の怒りよ。己が意思のままに荒れ狂う力となりて、眼前の
天音の手札の中では、かなり火力の高い魔術の詠唱だ。
それは、単なる防御魔法では足止めにすらならない、と判断したからだった。
このスキルを見せるのは初めてだからこそ、最初の一撃で手痛い反撃を食らわせる必要があると天音は考えたのだ。
刹那の後に、煙幕の中を突っ切るようにしてケテルの姿が出現した。
ケテルは凶悪に尖った、紫色の金属でできたナイフとも剣ともつかない長さの刀身を持った剣を、天音に向けていた。
そして、天音はケテルの動きををよく観察し、ギリギリかつ最小限の動きで避けた。
瞬間、ケテルの目が見開かれた。
まるで、そのことを予測していなかったかのような目だ。
「――《ライトニングブラスト》ッ!」
天音の銃口がケテルに接触するほど近い場所で、火――いや、雷を吹いた。
紫電が銃口から漏れ、ケテルに対して直撃し、爆発するように周囲を暴れ回った。
天音も軽くダメージを受けたが、基本的に詠唱者への自爆は対象者へのそれよりも幾ばくか弱くなる。
天音に対して、ケテルは大きなダメージを受けていることだろう。
天音の予想通り、ケテルの意表をついて魔術による攻撃を叩き込むことに成功した。
だが――
「それがキミのスキルか。気に食わないね」
一歩引いた場所で、ケテルは忌々しげに呟いた。
ダメージは、ほとんど通っていないようだ。
ローブがほんの少しやぶけ、下の皮膚に軽くやけど痕のようなものができているが、逆に言えばそれだけだ。
「……強い」
「だから、そうだって言っているだろう?」
ニヤリ、とケテルの表情が歪んだ。
「それにしても――ああまったく、それが奥の手だったか。何か企んでいるとは思っていが、その程度だったようだね」
心底安心したような表情で、ケテルは言う。
「……どうだろうね? 他にも何か持ってるかも」
「いいや、何も持っていないさ」
天音は冷や汗を流した。
確かにもう、手札を出し切っているからだ。
あの煙幕弾も、ただの保険用だったし、一つしか持ってきていない。
他のアイテムについても、戦いに使えるようなものはほとんどないのだ。
(何か、何かないの――一つくらい、持ってきていたはず)
今日のために、天音は数多くの準備をしたはずだった。
そのためには、予想外の状況に対する対処方法もいくつか用意していた。
だが、何も思い浮かばなかった。これ以上、打つ手はないのだろうか。
「じゃ、そろそろ終わりにしようか」
「え――」
それは、魔力の動きも何もなかった。
ただ手を動かし、懐からものを取り出すだけの動作だった。
その瞬間、耳をつんざくような爆音が轟いた。
それから、天音の方に激痛が走る。あまりの音量に軽い目眩を感じながら、わけも分からず自分の肩を強く抑えた。
辛うじて動いた瞳でケテルの方を見ると、そこに映っていたのは黒い死の穴――
「外したか。意外とこれも難しいね」
手に持った黒い拳銃を舐めるように見つめながら、ケテルは呟いた。
痛みでちかちかする視界の中、天音はそれを見ていた。
「そっ、それは――」
「銃、ってヤツさ。キミの持ってる、おもちゃじゃない方の、ね」
「これがホンモノの痛み、ホンモノの暴力、ホンモノの理不尽だ」
(本物の痛みって、まさか――)
天音は、そこでハッとした。
なぜなら、本物の銃だとしても、ここまでの痛みが来ることは無いと思ったからだ。
「ダンジョンライフガードが、無効化されている」
天音は目を見開き、そう言った。
確かに傷口からはダンジョン特有のエフェクトが漏れているが、確かに肉体が欠けている感覚がある。
前者はダンジョンによるものだが――本来、ダンガーがあれば肉体の欠損はよほどのことがなければ起こらず、肉体には純粋な『ダメージ』のみが蓄積されるはず。
だから、この状況はおかしい。
――だが、ダンガーが無効化されているのであれば、辻褄が合うのだ。
一体どうやってそれを実現しているのかはまったく分からない。それどころか、そういったことが本当にできてしまうのかすら分からないが、おそらくそうだ。
それに加え、眼の前の『本物の銃』。
現実世界で使われる、金属の弾丸だ。
そういえば、と天音は思い出した。以前、アメリカの研究で『魔術より実銃の方が、人間に対してのダメージが大きい』というものを見たことがある。
まさか、ケテルは天音や秋花を殺すためだけに、あれを仕入れ、奥の手として用意していたのだろうか。
「なんだ、まさか自分で答えにたどり着くとはね。そうさ――キミの命綱はもう、ないよ」
ケテルは興味深そうに笑った。
「試し打ちも終わったし、そろそろ死んでもらおうか」
銃口が天音の方を向き、天音の背筋にぞわりと死の空気が這い登る。
バン、轟音が鳴る直前に天音は無理やり自身の体を動かし、その二発目の弾丸をどうにか回避した。
もはや体勢を維持することにすらリソースを割くことができず、どれだけ無様であろうともただ避けることだけに集中していた。
(わたしはもう死ぬ。だから、最後くらい時間稼ぎを――)
その一心でただ避けた。
痛む体を捻り、エフェクトになった血が体から流れ出ていくのを感じながら。
三発目。
また外れ。
次は四発目、ここまで避けられれば。
まだ時間が稼げる。
「ちょこまか避けるな」
近くで声がした。
もうほとんどケテルに目をやれていないために気づかなかったが、近くまで寄ってきていたようだ。
「あ――」
「その髪も、その翼も、その光輪も、気に食わない。神の使徒を名乗って良いのはわたしだけだ」
胸ぐらを掴み、吐き捨てた。
それから、天音の体を地面に叩きつける。
「それに、自分が死んでもいいかのような言動も気に食わない。なぜおまえの献身は美しく見える」
噛みしめるように、かつこれでもかというくらいの憎悪を
天音にはもうまともに思考を回す余裕すらなかったが、ケテルから憎悪が向けられていることだけは理解できた。
しかし、今度はなぜ憎悪を向けられているのか理解できなかった。自分が彼女に何かした覚えはなかったから。
「なぜだ。だって、わたしの献身は――」
そこまで言って、ケテルは大きく息を吸った。
続きの言葉が出ないまま、ケテルは銃を構えた。
そして、天音の額に突きつける。
「死ね」
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