第28話:怪しい情報

 バァン、と扉が開けられる。

 そこには、地面から盛り上がった台から展開された緑色の光を放つホログラム式のコンソールのようなものを弄っている、一人の男が居た。少し太ったような体型をした、青色の刺繍の入ったスーツを着た人間。


 大きな音に驚いてこちらを振り返っているが、そのときにはすでに天音の銃口は彼に向いていた。


「手を上げなさい!」

「だっ、誰だお前ら!」

「三秒時間をあげます、命令に従いなさい」

「こっ、この――」


 その男は腰のホルスターにある銃型の何かに触れようとしたが――それとほぼ同時に、天音の魔術銃が火を吹いた。


「ぐっ――」

「ガラ空きだよっ!」


 さらに、明里がそのみぞおちにいいパンチぶち込んだ。


「かはっ――」


 男は息を吐き、壁に手をついた。

 それから、その男が意識を失う直前に見たのは、明里の拳だった。


 ◇


「諸君! まずは落ち着いて欲しい!」


 ステージの建設されたダンジョン内の空間に、大きな声が響いた。

 そう、連理の声だ。


 腕を組み、さながら『軍曹』といった出で立ちだろうか。


「誰だ……? あいつ」

「あれだよ、ウチの高校の生徒で、よく配信してる連理ってヤツ……なんでまたあそこに?」


 連理の声を聞くと、生徒達はどよめきを一瞬抑え、連理の方を注視した。


「まず、停電に爆破と、非日常的なことが続いて不安が続いていると思う――だが! かといって焦っても何もいいことは起きない!」


 その言葉に、一瞬生徒達は沈黙する。

 が、すぐに不平不満の声が上がった。


「じゃあどうしろってんだよ!」

「この目立ちたがりが! なんか解決案を示せよ!」


 目立ちたがり、という言葉についてはなかなか否定できないだろう。


「いいか! 人類というのはだな、今まで何で問題を解決してきたか知っているか? ――そう、団結だ! 確かに、この状況であれば不安になるのも無理はない。だが、そういうときこそ、我々人類は団結するべきなのだ!」


 まるで演説をしているかのような様で、連理は大げさな身振り手振りで言葉を紡ぐ。


「まあ、そうだけど……」

「それに――君たち、最初に青い粒子が出て、体に吸収される装置を使っただろう?」


 その装置とは、つまりダンガーのことだ。


「あれは、君たちの安全を保障するものだということを思い出して欲しい。あれがあればそう簡単なことでは死なないし、ダンジョン内では痛覚が低減される。まず、ここに居れば、魔物の心配はないだろう」

「だとしても、食料や水はどうするんだ!」

「そうだそうだ! それに、攻撃されすぎたら発動するだろ! そしたら、今どうなっているのかも分からん入口に転送されるんだろ!?」


 ここだと言わんばかりに生徒達は問い詰めた。

 しかし、連理は顔色一つ変えずに言葉を続ける。


「確かにそれは正しい――が、まだ少しの安全が確保できるからこそ、行動しなければならないのだ!」

「じゃ、じゃあどうすりゃいいんだよ!」


 自信満々な連理の言葉に、一人の男子生徒が一瞬萎縮いしゅくしながらも反論した。


「この場の全員に、それぞれできることがある! まず、魔術が使えるものは挙手して欲しい!」


 連理がそう声を上げるが、一つも手は上がらなかった。

 ざっと見てこの部屋には五十人弱は居るはずだが、流石にこの場に一人も居ない、なんてことがあるだろうか。

 ここには、ダンジョン活動の盛んな青幻高校と鳥里高校の二つが集まっているというのに。


 連理は内心歯噛みする。


「――連理、一回メガホン借りてもいいか?」


 零夜が小声で連理に話しかけた。

 それに対し、連理はメガホンを貸した。


「――すまない、少し変わるぞ。まず最初に、これは俺たちからの、ただのお願いだ。俺たちだって、一人の生徒でしかない。だけど、今動けるのが俺たちしかいないから、こうしてここに立っている」

「……なんで教師陣は動かねぇんだろうな」

「これだから先生って生き物は……」


 聞こえてきた教師への避難の声に、一瞬零夜は顔をしかめる。


「俺だって、正直不安だ。でも、連理が言ってくれた通り、動かないとどうにもならないのも事実だ。だから、協力して欲しいんだ。頼む」


 零夜はそう言うと、深々と頭を下げた。

 すると、生徒達はざわめくが、非難の声はほとんど聞こえてこなかった。


 それから、零夜は顔を上げ、こう言った。


「周りが暗いと純粋に不安だと思う。だから、光魔術が使える人が欲しいんだ。さっき連理が言ってくれたのは、そういう意味もある。誰か、居ないか?」


 すると、今度は数十人程度の人の手が上がった。


「ありがとう。その場でも構わないから、使える光魔術を、なるべく全体を照らす形で置いてくれ」


 そうすると、ぽつぽつと光魔術が浮かび上がってくる。

 ステージの端や、この部屋の天井、後ろの方まで。この部屋がまんべんなく光魔術で照らされるようになった。


「おぉ〜……」

「これが魔術なんだ……」


 生徒から感嘆の声が聞こえてきた。


「現在、この辺りは電気や魔道具類が使えなくなっている。それに、入口も崩落しているそうだ。さっき職員と話したから、間違いない」


 その言葉に、生徒達がまたざわめく。

 しかし、零夜は続けて言葉を紡いだ。


「だけど、焦っても意味がないのは確かだ。俺たちもベストを尽くすから、みんなも協力して欲しい」


 零夜はそう言うと、もう一度深々と頭を下げた。

 光魔術で照らされたこともあって、その様子は全員に見えていた。


 気がつけば、生徒達の喧騒もかなり収まっており、随分落ち着いたことが分かる。

 彼の誠実さが、みんなに伝わったのかもしれない。


 それを見ると、零夜は連理にメガホンを返却した。


「すまん、助かった」


 連理は苦笑いを浮かべながら感謝を告げた。


「いや、連理がみんなを奮い立たせてくれたから、話が通じたのもあるからな。お前の自信満々さに元気づけられる人間も居るだろう。そのままで頼むぞ」


 零夜はそう言ってふっと笑った。


「――さて、さっきは申し訳なかった。じゃあ、話し合おうか。大丈夫、俺を信じてくれ。俺はダンジョン探索部広報担当青葉連理。事件解決のための伏線は引いてある。俺がなんとかしよう」


 連理の自信満々な言葉がステージに響いた。

 彼の自信が一体どこから来ているのかは分からないが、零夜の言う通り彼に元気づけられた人間も居るのだろう。


 ◇


 それからダンジョン管理局の職員とも一通り話し終え、天音との通信も終わった頃のことだった。

 ステージ裏に集まって、連理と零夜は話していた。


「連理、お前って広報担当だったんだな」

「え? あ、うん。まあ一応」


 零夜の質問に対し、連理は目を合わせないままに曖昧な返答をした。


「……なんか微妙な反応だな?」

「いやぁ、広報担当って名目で喋ったの今回が初だしなぁ」

「つまり、自称ってことか?」


 零夜の冷たい視線が突き刺さり、連理は一瞬固まった。


「……まあ、そうだな?」

「それであんなに自信満々にできるの、やっぱり才能だと思うぞ」

「ははは、それほどでも」


 連理の返答に零夜は『褒めてないんだがな』と小声で言いながら、ため息を一つ吐いた。


「まあ、とにかくここが安全になりそうでよかったよ」

「だな。もともと緊急時のために電気技師と魔道技師が常駐していたらしいが、そのお陰でここだけでも魔物出現抑制の魔道具の起動ができたみたいだし」


 ステージには大人や、魔術の使える生徒が沢山居たため、比較的この場所は安全になっている。


 最初のアナウンスでもステージに集まるよう言われていたのも、ここに大人が多く集まっていたからだ。アナウンスのできる部屋はここにあったのだが、それを行っていた事務員もそう話していた。


「うし、それじゃ俺は電気関係が直りそうか聞いてくるか。大丈夫そうだったら、外の魔物倒しに行こうぜ」


 例の『演説』の少し前、ステージ裏に居た職員から電気復旧の目処について、少し聞き及んでいたのだ。そのため、その進捗を聞きに行こうという話だ。


「了解した。天音も外が大変そうだと言っていたしな」


 零夜の返事を聞くと、連理はそばで配電盤とにらめっこしていた機材管理職員に話しかけに行った。


「すいませーん。電気って復旧しそうですかね?」

「ああ、連理さんですか――電気については、あと少しでなんとかなりそうですね」


 紺色の帽子を被った彼は、振り向くと丁寧な口調でそう言った。


「お、そりゃいいですね」

「無線が繋がったので、外と軽く通信をしたのですが、電線自体は生きているそうで、こちら側の機械のショートさえ技師の方に直してもらえれば、動きそうですね」

「なるほど、教えてくれてありがとうございます!」


 連理はそう言うと、零夜のところに戻った。


「電気はなんとかなりそうだってよ」

「それは助かるな――ようやく落ち着けそうだ」


 零夜はステージ表の方を除きながらそう言った。

 当初の混沌とした騒ぎは収まり、知り合いらしき生徒達で集まって談笑しているのがそこかしこで見えた。


 端の方には幾人か教師もおり、この状況をどうするか話しあっているようだ。

 確かに、一旦落ち着いたと言っていいだろう。


 それから、二人の懐にあった青い宝石が光っているのを見て、零夜は声を掛けた。


「あ、また通信機が光ってるみたいだな」

「ほんとだ、今度はなんだろうな」


 先程、天音と情報交換をしたばかりだったため、連理は不思議に思った。

 それから、少し遠くから零夜を呼ぶ教師の声が聞こえた。


「――零夜! ちょっといいか?」

「すまん、なんか呼ばれたみたいだ。俺はそっちの方に行ってくる」

「了解、通信は俺がやっとくから行ってこい」


 連理は零夜を見送るように手をひらひらと振った。


「――はい! なんでしょう?」


 零夜が教師の方に向かうのを見ながら、連理は青い宝石を握って通信を開始した。


『連理だ。どうかしたか?』

『ダンジョン管理局員を一人捕まえました。地下の方で、遺跡の掌握を目論んでいたようです』

『お、そりゃナイスだな』

『ですが、少し変ですね……』


 どこか不安げ声が通信越しに聞こえた。


『何がだ?』

『彼は、まるで異世界の存在を知っているかのような口ぶりでした。ケテルからの情報だと、異世界について知っているのは、今のところ秋花先輩だけだという話なのですが……』


 天音はその情報が正確であるという自信がないのか、言葉尻が弱くなる。


『ケテルの話だと、秋花先輩と異世界人が結託してて、ダンジョン管理局は一部の局員が私利私欲で動いてるだけって話だったもんな――確かに変だ』

『ともかく、私はもっと下へ向かって、秋花先輩を探します。ケテルによれば、次のチョークポイントが一番秋花先輩が居る可能性が高いとのことですから。そこで全て分かるはずです』

『分かった。頼んだぞ』

『ええ』


 連理が通信を切ると、教師と話終えたらしい零夜声を掛けてきた。


「それじゃあ、今度は外の方に行ってみようぜ」

「ああ。先生とも軽く話したが、ステージ周辺のことは任せられそうだったからな」

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