第23話:フロストフェンリル、討伐

 ◇


 凍えるような吹雪の中、四人は機を見計らっていた。


 フロストフェンリルはこちらのことを完全に認識しているらしい。だから、より一層警戒する必要がある。だが、今は体力の回復もあるのか、攻撃をしてくる様子はない。


「……寒いな」


 零夜が白い息を吐いた。


「あんまり長引かせると限界が来そうだな」


 その言葉に、普段より幾ばくか真剣な表情で連理が言った。


「ええ、ですが相手が見えているのは明里さんです。だから、明里さんのタイミングでお願いします」


 天音は明里を見やった。

 明里にはスキルの身体強化の副効果により、フロストフェンリルの宝石の光だけは見えている。だから、タイミングを決めるのも彼女なのだ。


「うん、もちろん」


 明里は頷き、フロストフェンリルを観察する。

 それから数秒経過すると、明里は三人に合図した。


「……いけるよ。準備して」


 小さな声で三人に話しかける。


「今!」


 明里が叫ぶと、四人は走り出した。


 しかし、その動きも相手には察知されている。


「――足元から攻撃が来ます!」


 天音の合図とともに、全員がそれを避ける。


 さらに氷柱が飛来するが、それは明里が受け流して軌道をずらした。

 もともとは明里と天音、そして連理の三人にまで当たる軌道だったが、明里が軌道をずらしたことで全員無傷で済んだ。


「ありがとうございます……!」


 それに対し、天音は感謝を述べた。


「どうってことないよ!」


 そして、明里はスピードを上げる。


 他三人を置いて、先にフロストフェンリルの宝石を狙いにいったのだ。

 そんな明里にさらに氷柱が飛んでくるが、それを滑るようにして避け、さらにそのままの勢いで宝石の光がある方角へショットガンを放った。


 マズルフラッシュとともに散弾が飛び、その一部が宝石に命中した。


「ギャン!」


 数発とはいえ、散弾は痛いのか鳴き声を上げるフロストフェンリル。


「もういっちょ!」


 先程よりもさらに近づいた明里が、さらにショットガンを放つ。

 避けられることもなく宝石に命中し、吹雪が少し弱まった。


 視界が広まり、少し遅れて来ていた零夜の目からもかろうじてフロストフェンリルが確認できた。


「ナイフいくぞ!」


 零夜は掛け声とともに、投げナイフで宝石を狙う。

 正確無比な狙いによりそれは命中し、ナイフの先端が突き刺さった。


 悲鳴とともに、さらに吹雪が弱まる。

 さらに今度は連理がフロストフェンリルに駆け寄った。


「隙を見せたなっ!」


 炎の剣――パイログラディウスを構え、頭の宝石目掛けて振るう。


「――およっ?」


 ところが、それはギリギリのところで避けられてしまう。さらには、憎しみのような感情が込められた瞳とともに、連理の頭上に氷柱が生成された。


「うおっ!」


 即座に腕に装着した盾を展開し、その氷柱を防御する。

 甲高い金属音とともに氷が弾けた。


 攻撃は通らなかったが、それでも他のメンバーが攻撃するチャンスを生むことには成功した。


「援護します!」


 天音の火魔術が飛来し、正確に宝石を撃ち抜いた。

 ついに吹雪は消滅し、フロストフェンリルも大きく姿勢を崩した。


「ナイス援護! 助かった!」


 その言葉とともに、連理はフラクティオパイルを構える。

 赤い光が力を溜めるように徐々に強くなり、一秒ほどの時間が経った後、解放。


 まるで爆発が起きたかのような轟音とともに、杭がフロストフェンリルに突き刺さった。


「グルォォ! グル……ォ……」


 巨大な悲鳴を上げ、それからフロストフェンリルはようやく地面に倒れ込んだ。


 数秒動かないことを確認すると、明里と連理が歓声を上げた。


「やったぁ!」

「よっしゃあ!」


『ないすぅ!』

『強い!』

『よかった〜』


 視聴者も四人を称えるコメントを送っていた。


「やりましたね……! お疲れ様です」


 天音も達成感に溢れた表情でみんなをねぎらった。


「危なかったけど無事に勝てたな」


 ふぅ、と息を吐いて零夜が言う。


「完璧な作戦だったな……」

「どこがですか。主に最後の特攻はリスクが高すぎますよ」


 キメ顔で呟いた連理に対し、天音がツッコんだ。


『ちゃんと見られてて笑う』

『めっちゃ一人で突っ込んでたもん』


 二人がそんな会話をしている間に、フロストフェンリルの死体がアイテムに変化していた。

 落ちていたのは大きな毛皮が一つと、二つに割れた額の宝石だった。


「えーっなんか割れてるじゃん! チャンジ!」

「チェンジじゃないですよ、これで合ってますから安心してください」


 天音は苦笑いを浮かべながらそれを拾った。


「それがあれか、通信アイテムってヤツか?」

「ええ、そうですね。相手は氷魔術を撃っていましたが――その機能は失っているようです」

「その機能? ――つまり、通信機能はもともとあったのか」


 零夜がすかさず質問した。


「そうらしいですね。フロストフェンリル自身がその能力をどのように使っていたのかは知らないのですが……」

「へぇ、そうなのか。不思議なものだな」


『謎の通信機能については、フロストフェンリルは本来群れる生き物であることが関係していたはずです。本来はあの額の宝石も通信がメインで、魔術発動はサブらしいですから。ダンジョンに居るのは、彼らの本来の在り方としては不自然ということですね』


「お、なんか有識者が教えてくれたぞ」


 連理がそう言ってコメントを読み上げた。


「……なるほど、それなら辻褄も合いますね」


 天音が顎に手を当て考え込んでいた。


「ま、要は目的は達成したってことでしょ! 早く帰ろうよー、もう寒くてたまんないからさ」


 明里が自分の体を抱きながら震え上がった。


「そうだな、もう帰ろう。こんな危険な戦闘は久々だったが、しばらくはこういうのは要らないな……」

「あ、言い忘れていたんですが、これはあともう一回やって全員分集める予定なんですよね……」


 天音の言葉に、零夜の表情が凍った。


「あははっ! まあまあ、なんだかんだ楽しかったからいいじゃん! ギリギリの戦闘ってのも悪くないでしょ」


 明里が笑いながら零夜の肩を叩いていた。


「と、いうことでその次回については配信外でやるか、そもそも報酬自体を購入しちゃってやらないかのどちらかだと思いますが……まずは帰りましょう!」


 連理がくるっと回って視聴者に対して笑顔で挨拶した。


「勝手にいい感じにしめるなぁ!」


 零夜の悲痛な声が響き渡った。


 ◇


 何事もなく連理一行は入口付近まで到着し、連理は配信を終わらせた。


「それじゃあ、ありがとうございましたー!」


『おつかれー』

『お疲れ様ー』


 そうして、一回目の探索はつつがなく終わった。


「ふぅー、無事に終わってよかったよかった」


 明里の言葉とともに、彼女の体が光ると、青い粒子がそこから出現した。

 それは少し時間が経つと、青色のカードのような形になり、明里はそれをポケットにしまった。


 さらに、天音や連理、零夜からも同じ現象が起こる。

 これがダンジョンライフガードであり、発動の際は念を送ることで、逆に体に吸収される現象が起きている。

 作り方は分かっているものの、具体的な原理は未だに解明されていない現代の神秘の一つだ。


「それで、先程も言いましたが、どこかのタイミングでまたここを探索する予定……なのですが、どうしましょうか? 今回の毛皮を売ればあの通信機を購入することもできると思いますが」


 それから一息つくと、天音がそう提案した。


「真面目な話をすれば攻略する労力自体はいいんだけど――この先あんまり予定が空いてなくてな。できれば購入だと有り難い」


 零夜が苦笑いを浮かべながら言った。


「分かりました。残りは購入でいいでしょう。資金繰りはどうしましょうか……」


 天音はそう言うと考え込んだ。


「じゃあ私先外出てるねー」


 明里は探索者免許を取り出し、ダンジョンの入口――改札口のような場所に当てる。

 緑のランプが光って、外に出ることができた。


 ちなみに、下の方のセンサーではダンガーの所持の有無も確認している。日本ではダンガーなしでの探索は違法になっているからだ。


「あっ、明里さん、私も出ますからちょっと待っててください」


 天音はとてとてと明里についていった。


「俺らも出るか」

「だな」


 連理と零夜も同じく出ていった。

 ダンジョンという少し薄暗い世界の中から、太陽の光が降り注ぐ世界へ飛び出したことで、一瞬目がくらむ。


 すぐに目が慣れて、都市の喧騒が耳に入ってきた。

 ダンジョン前は少しだけ空き地が設けられており、装備の準備をしている者や、探索計画をしている者が居た。


「……合同文化祭、成功するといいねぇ」


 明里がどこかしみじみと呟いた。


「そうだな、色々・・とな。本当は何もないのが一番嬉しいんだが」


 零夜が目を伏せ、含みのある言葉を漏らす。


「何もないようにするために色々準備してきたんです。何か起きても、私が――いえ、私達がなんとかするんですよ」


 天音が決意のこもった瞳で空を見上げた。


「被害もなく、終わった後に『楽しかった』って笑えるようなイベントであることを祈るね」


 連理がどこかあっけらかんとした様子で言った。

 少し違和感はあるだろうが、傍から見れば文化祭に向けて準備する普通の高校生の会話にしか聞こえないことだろう。


「それじゃあ、今日はこの辺りで解散にしますか」

「おうよ。他の準備とかはもう大体終わったよな?」

「ええ、残りは今回の魔道具の購入ですが、それは私がやっておきますから――あとは当日、計画通りにやるべきことをやるだけです」

「じゃあ残り必要なものは心構えだけだね!」


 明里がふんす、と気合を入れた。


「おう、当日は頑張ろう!」


 連理がそう言って手を出した。

 よく見てみると、四人は円を作るような形で集まっていた。


 次に、零夜がそこに手を添えた。


 次に、明里。


 最後に、天音。


『えい、えい、おー!』


 そして、四人で一気に声を上げた。


 ◇

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