第11話:青幻遺跡ダンジョン

「だから!」


 暗い洞窟の中に、天音の怒号が響き渡った。彼女の体にはところどころ傷の跡があり、衣服にも土や血が滲んだような汚れが付着していた。


「え?」


 引きつった笑みを浮かべる明里あかり。同じく、体や衣服が汚れていた。


「どうしてあなたはそんな能天気で居られるんですか! この状況だって、あなたが軽率な行動を取ったからなったことでしょう!」


 周りに零夜と連理の二人はおらず、この場所も彼女たちにとって全く知らない場所だった。明かりも乏しく、耳をすませば魔物らしき物音もする。


「わ、私はそこまで考えるタイプじゃないけどさ。でも、ダンガーだってあるし、大丈夫かなって……」

「ダンガーは万能ではありません。私達学生が探索を行うだけで、ただのアルバイトよりも高い報酬を貰えるのも、安全に見えて相応の危険が存在するからです。この状況、出口が見つからなければ――」


 彼女は一息呑んで、こう言った。


「私達は飢えて、死にます」


 ◇


『LIVE START』


 青幻遺跡ダンジョンの入り口。そこで連理は配信開始ボタンを押した。画面の向こうではちょうど待機画面が解除されているところだろう。


「はいはーい。皆さんこんにちはー! ということで、今回は青幻高校の地下ダンジョンを紹介しちゃいます!」


 連理は今日という日に大きく視聴者が増えたのはチャンスだと考えていた。

 この『学園地下のダンジョン』などというコンテンツは当然他ではほとんど見られない部分だ。だから、これを配信すればまた視聴者が増えるのではないかと考えているのだ。


『うおおお! こんにちはーー!!!』

『出たな地下ダンジョン。前から気になってはいた』

『初見です』


「はい初見さんいらっしゃい」


 連理はコメントに返事をする。


「さて、メンバー変わらずいつもの四人! よろしくお願いします!」

「もういつもの認定なのか……と、とりあえずよろしく」

「よろしくお願いします」

「よろしっく!」


 零夜、天音、明里の順に挨拶する。


「ん? え? これに挨拶したほうがいいの? あー、なるほど……」


 少し遠くの場所では、鳥里の生徒が何やら話をしていた。他にも探索グループはいくつかあるのだが、そのうちの一つのようだ。


「私は鳥里高校三年生氷桜ひょうおう蓮華れんげよ! 今日は私が全部攻略しちゃうわ! あーっはっはっは!」


『キャラ濃くて草』


「あー……まあ今回あっちの人たちはあんまり関係ないので気にしないでもらえたらね!」


 連理は苦笑した。


「じゃあレッツゴー!」


 傍ら、明里は一人楽しげに歩き出した。


 ◇


「はっ!」


 零夜が最後の敵にトドメを刺す。血にも似た赤い粒子のエフェクトが噴出し、その黒い狼の魔物は地面に倒れ込んだ。


「ないすぅー。それじゃあこっちのギミックの方解いちゃうかー」


 連理も炎の剣をしまった。


 周囲は洞窟のような地形になっており、ここは少し天井が高い部屋のようだ。地面の一部にはお馴染みの黒色の金属でできた装置らしきものがあった。四つの燭台と、一つの碑文。碑文は未知の言語で書かれており、読むことはできない。


『読めなくて草』


「まあぶっちゃけこれはやらなくても進めるヤツだしなぁ。やらないと進めないヤツは、基本先人たちのメモ書きがあるから大丈夫だし」


 先人、といってもここのダンジョンを研究した学園の大学生や先生方になるが。

 言語の解読自体は既に終わっているが、一般人が読むには厳しいのだ。


『こんなのもあるのか。ますます珍しいな』


「色々変なダンジョンではあるねぇ。だからこそ、ここを探索して小銭稼ぎをする生徒が沢山居るわけだけど……今回は俺たちの貸し切りですけどね」


 連理はコメントを読み上げ、そう説明する。


「……それで、これどうするんだ? 俺も読めないが」


 零夜が訊いた。


「ああ、これに関してはスキルのお陰で読めるからな。前にも一回解除したけど、ダンジョンがもっかい鍵付けたっぽい。ここ報酬美味しいし、さっさと解いちゃおうぜ――あっ!」


 それから、手をぽんと叩いて、連理は声を上げる。


「ほー、意外とそのスキル万能なんだね」

「また変なことでも思いついたんですか?」


 天音が半目で睨む。


「ふふふ……あれだよ、単純にその碑文を俺が読み上げるから、みんなで解いてみようって話」


 思わせぶりにしてから、唐突に落ち着いた口調に戻った。


『うわぁ急に落ち着くな!』


「お、なるほど〜! 確かに楽しそう! なんて書いてるの?」

「えぇっと? 『東西南北、四つを照らす燭台がある。それらは四つの魔術に対応している。正しい順序で正しい魔術を発動し、燭台を照らせ』だそうです」


『難しそう』

『これまた難解な』


「……それだけか? 他にヒントは?」

「うーん、まあ天井、かな?」


 零夜の疑問に、一瞬悩んでから答える。

 三人が天上を見上げると、そこにはキャンバスのようなものに描かれた精緻せいちな絵があった。


 そこに描かれていたのは、炎、水、風、土の四種類の魔術を発動している様子だった。中央に背中合わせで四人の人間が描かれており、その四人が四方に向かって魔術を放っていた


「おー、これなんだ。え、じゃあこっちの方に全部魔術撃てば解決じゃん」


『勝ったな。風呂食ってくる』

『↑風呂食うな』

『これは天才的頭脳の持ち主ですね間違いない』


 明里は詠唱して四つの燭台に向けて魔術を放った。威力は低いが、彼女でも簡単なものは使えるのだ。


「炎よ、我が命に応じて顕現し、敵を滅せよ。《ファイアーボール》」


 気の抜けた声とともに射出するが、それは燭台のすぐ横を通っていった。


「え、それ外すんですか」


 天音が本当に信じられなさそうな声を出していた。


「しょ、しょうがないじゃん! 苦手なんだから……」


『草』

『やっぱり脳筋じゃないか』

『クソエイムで草』

『だから普段の配信でもフィジカルゴリ押しなんですね』


「ご、ごめんなさい。悪気はないんです」


 天音は慌てて謝った。


「ま、まあいいんだけど……とりあえず近づいて全部やっちゃおう」


 明里はまた詠唱し、全ての燭台に対応した魔術を当てていった。

 しかし。


「……あれ?」


 全ての燭台に魔術を当てた後も、何も起きなかった。


『なんとなく予想はしてた』


「まあ、そう簡単にはうまくいかないだろうな。まず、上の絵と燭台の位置関係を調べた方がいいんじゃないか?」

「あ、そこは解読の範囲内だし俺が教えるわ。炎が北、風が西、水が南で土が東だな」

「なるほど、助かった――ああ、よく見たら燭台の文字と上の絵の文字が同じだな」


 零夜は燭台と絵を注意深く観察していた。


「お、正解。だからまあ、こっち自体は分からなくてもいけるな」

「えぇ? それじゃあ普通にそのまま移すんじゃないの?」


 明里が頭を抱えている間に、天音はずっと考え込んでいた。

 それから、答えを出した。


「おそらく、こうではないでしょうか。上の絵では、四方対応した場所に魔術が放たれていますが、これはブラフだと思います――ほら、よく見ると右上の端と左上の端に、分断された氷の魔術があります」


 天音の言う部分には、つなぎ合わせれば綺麗な一つの氷になりそうな魔術が描かれていた。


『ほう』

『ブラフと来たか』


「確かに、そうだな。つまり……魔術師が撃った魔術が、最終的には上下左右が反転して他の魔術師に到達するということか? だから燭台も反転させる、と」

「……そうですね、一度それでやってみましょうか」


 物有りげに顎に手を当てる。


「なぁんだ、だとしても別に大したことないじゃん!」


『今度こそ勝ったな。風呂食ってくる』


 明里が先程とは反対の場所に魔術を放った。

 しかし、それでも何も動く様子がない。


「やはり違いましたか」

「えぇっ! なんで⁉」

(俺、盛大に間違えたな……)


 驚く明里の傍ら、答えを間違えた零夜はすごく微妙な表情をしていた。


『違うんかーい』


「上の絵を見てください。氷のある端の部分は色が変わっているでしょう? そして、四つの魔術が放たれている場所も、少し色が変わっています――これは便宜上べんぎじょうポータルと呼びましょう」

「あ、確かに……」


 天音の説明通り、氷の部分は少し青くなっていた。さらに、他の魔術が当たるであろう壁の部分も同じように色が変化していた。


「ですから――炎の魔術は北の壁にある青緑のポータルに入り、同じく北にある青緑のポータルから出てきます。であれば、それは下にある西の魔術師に命中するはずです」


 天音は説明してから、西の燭台に向かって詠唱を行う。


「炎よ、我が命に応じて顕現し、敵を滅せよ。《ファイアーボール》」


 炎の球体が飛び、燭台に命中。そこには赤色の炎が灯った。


「おお! すごい!」


 明里がパチパチと拍手をしながら喜びの声を上げた。


『うおおお!』

『これは天才的頭脳』

『パズル得意か?』


「水よ――」


 同じく水、風、土と魔術を詠唱していった。青、緑、茶色と三つの炎が灯る。


「これで終わり――のはずですが」

「おう、終わりだな。お疲れ様。なんというか、俺の十倍くらい早かったな……」


 連理が天を仰いでいた。


 それから、一拍置いて近くにある壁が動き始めた。

 一見ただの岩壁であるそれは、上にスライドし道を開いた。奥には金属の柱で補強された通路があった。道は細いが、照明は十分で、人が五人くらい横に通れそうな広さだ。


「おーし。ちなみに、この先はちょっとした報酬とショートカットがあるぞ。浅い層で戦ってても面白くないだろうし、ちょっくらそっちの方で戦ってから、休憩所の転送装置で帰ろー」


 転送装置、というのも、このダンジョンには原理不明の転送装置が置かれており、それを使えば地上まで出られるのだ。休憩所とは言っているが、逆にそれがある場所を休憩所として改造した形になる。


「なるほど、確かにそれはいいですね。いきましょうか」


 歩き出した連理に、三人はついていった。


「おー、ちょっと狭い通路だねぇ」


 明里は壁に手を付きながら歩いていた。確かに、他の通路に比べるとかなり狭い。


「まあ隠し通路っぽいしそういうものなんだろ」

「……ん? なにこれ」


 それから、明里が壁の異変に気がついたようだった。

 何か不自然な穴があったのだ。


「どうしたんだ?」


 零夜が声を掛ける。


「ここに何かあるっぽくてさ? ……鍵穴?」


 表面上はただの岩壁のデコボコなのだが、その奥に鍵穴らしきものがあったようだ。

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