『骸骨さま』と言われる王女ですが、人外染みた美貌の騎士さまに添い寝を所望されました。

蒼月ヤミ

プロローグ(アウレリア)

 煌びやかに飾り付けられた大広間に、人々が大勢集まっている。国中の貴族たちが集まっていると言っても過言ではないその光景は、生まれた時からこの王城で暮らしているアウレリアでも感心するほどのものだった。




「見て、あれ……。あの方は……」




「まあ、体調が戻られたのね! 相変わらず、なんて美しい……」




「髪と目の色が変わってしまったと聞いたけれど、とても神秘的だわ……」




 会場の様子を眺めていたアウレリアは、ひそひそと聞こえた令嬢たちの黄色い声に数度瞬きをする。ちら、と彼女たちの方に視線を投げた後、顔を覆った暗い色合いのベール越しに、こそりと傍らに立つ青年を見上げた。


 元々は鉄錆色だった髪は、その毛先にだけ名残を残した白髪となり、青かった瞳は血のように真っ赤に染まっている。

 ここ、メルテンス王国内では見たこともないその色合いはしかし、彼の抜きんでた美貌を前にすれば、ただただ美しいという感想しか持てなかった。周囲の反応を見れば、そう思うのはアウレリアだけではないだろう。


 抜けるように白い肌に、瞬きするだけで音が立ちそうなほど長く多い睫毛。切れ長の目は垂れ目に見えるが実はつり上がっており、優しい雰囲気を装う彼の勝気な性格をそのまま表しているようだった。

 すっきりと通った鼻筋に、薄い唇。その配置もさることながら、神が創り上げた最高級の美貌という誰かの評価には、同意しかない。


 その髪と目の色も相俟って、どこか人外じみた容姿を持つ彼は、アウレリアの視線に気付くと、ふっとその異様な美しさを持つ顔に笑みを浮かべて見せた。


 遠くで誰かが倒れた音がした。

 流れ弾って怖いなと思った。




「どうされました、アウレリア殿下。……すみません、俺のせいで居心地が悪いでしょう。早く帰れたら良いのですが」




 ちらり、と自分を見つめる令嬢たちの方へと視線を向けた彼は、息を吐く。うんざり、というような、深い溜息を。もちろん、彼女たちに気付かれないように、巧妙に。


 アウレリアはベールの内側で苦笑し、「大丈夫ですよ、ディートリヒ卿」と彼に向って声をかけた。




「これでも一応、慣れていますから。それに、あなた方を見送るために開かれた夜会ですから、あなたが望めば、陛下方に挨拶した後、辞することも許されるはずです。……何せ、新たなる魔王とやらの討伐は明日から始まるのですから。止める者がいたら、私が注意しますので」




 だから、もう少しの辛抱だ、という意味を込めて言えば、ディートリヒはまた少し微笑んだ後、こくりと頷いた。

 また誰かが倒れた音がした。


 と、それとは別に、どこからともなく、囁き合う声が聞こえる。




「あの方がエスコートしておられるのは……、あの……」




「いくら『女神の愛し子』だとしても、あのような方が、ねぇ」




「そもそも、名前ばかりで何をしてらっしゃるのか……」




 ひそひそ、ひそひそ。

 こちらに聞こえるぎりぎりの声で、語り合う令嬢たちの姿。それにももう、随分と慣れてきた。


 何も知らない、幸せな令嬢たち。知らずにいることを許された、哀れな令嬢たち。

 隣に立つディートリヒが、「さすがは、高位貴族のご令嬢たちだ」と、呆れたように呟くのが聞こえた。




「何も知らないというのは、幸せなことだね。では、早めに挨拶しに行きましょう。殿下も俺と共に帰るでしょう? こんな所に、あなたを一人で置いて行きたくない」




 真っ直ぐに見つめてくるディートリヒに、不覚にも心臓が跳ねる。誰もが認める顔の良さなのだ。アウレリアとて、ときめかないはずがない。


 アウレリアは微笑みながら頷いた後、「ええ、私も部屋に戻ります」と応えた。




「あなたが新たな魔王を倒して戻って来るまで、どのくらいかかるか分かりませんから。旅立つ前の、最後くらい、ゆっくり眠りたいでしょう?」




 言えば、ディートリヒはまた嬉しそうに笑みを浮かべた後、アウレリアの手を掬い上げるようにして掴み、その甲に口付けた。「ありがとうございます、俺の王女様」と、彼はガラにもなく気障な物言いをして、こちらを見上げていて。


 喉の奥が、「ぐぅ」と変な音を立てた。不意打ちは本当に卑怯だと思うのだ。




「残念ながら、私はあなたの王女ではなく、この国全ての者の王女ですけれどね。……さあ、陛下方の元へ参りましょう」




 軽く咳払いした後に言って、国王である父と、王妃である母、そして彼らの傍らに並んだ、王太子である兄の方を示した。


 ディートリヒはアウレリアの言葉に一瞬だけ不服そうな顔をしたけれど、ふっとその顔を緩めて頷いてくれた。「もちろん、参りましょう。アウレリア殿下」と言って。


 ディートリヒにエスコートされる形で、国王たちの元へと進む。人々の注目を集めながら、その真ん中をゆったりと進んで。


 突然、ごぉっと、一陣の風が吹いた。




「……っ! アウレリア!」




 周囲に聞こえる客人たちの驚きの悲鳴。それに紛れて聞こえた、ディートリヒの声。ぐっと腕を引かれたかと思うと、彼はアウレリアを庇うようにして肩を抱き寄せて、何が起きたのかを把握しようとしているようだった。


 と、それは唐突な出来事。


 ぱっと、顔の上部が引っ張られるような感覚と共に、突風により閉じた瞼の向こうが明るくなった気がした。急に何が起きたのだと、ゆっくりと目を開いて。




「……! 私のベールが……!」




 細い悲鳴のような声で、アウレリアは小さく叫んだ。

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