6
リシュトの部屋を出ると、部屋の外はとても白く感じた。
明るさのコントラストに目の端がちかちかした。
回廊の真ん中に、ルルがいた。
白い石で囲まれて、森の緑がその縁を彩る。
紫色の重厚なローブで立つ少女の様子は、一枚の絵画のようだった。
非日常感に入りかけたが、楼子は使命を優先した。
「ルルさん、よかった、いた。リシュトさんに水を……」
言葉を続けることができなかった。
正面に見たルルのフードの下の顔、白い顔の大きな青い瞳から、はらはらと涙が流れていた。
「ルルさん……」
「ありがとうございます、聖女様」
頬を伝う涙がルルのはかなげな美しさを引き立てる。
やっぱり美少女だった。
こんなきれいな人にお礼を言われるなんて。
じゃなくて、何で泣かせた。
楼子はせわしなく両手をぶんぶん振った。
「いえその、ありがとうとか、聖女とか、ちょっと待ってください」
「いいえ、どれだけ感謝をしても感謝しきれません。あの子を怖がらずに、この部屋に入ってくれて」
そこだ、と楼子は動きを止めた。
「この部屋に、入れなかったんですか」
ルルは口元を押さえてこくりと頷いた。
「魔族の国との境界の闇の瘴気に両腕を食われてしまい、以来あの子の体は禍々しい瘴気に取りつかれたままです。耐性のない人は、近づくこともできない。私ですら、あの子の傍にいられるのはわずかな時間だけ。
まともな世話もしてやれず、あの子は人間らしさをどんどん欠いてしまい、もう半年近くも」
(そんな)
楼子は体の水分が干上がってしまった感覚に捕らわれた。
ここまで現実離れしているとは、頭の整理が追い付かない。
そんな状態だったのか。
あの包帯は。
肌掛けの下は。
半年もベッドの上、しかも人との交流を望めない。
病んだ体を抱えて、どんなに不安だっただろう。
失意に打ちひしがれただろう。
弟が入院しているときは、学校の帰りに毎日病院に行って、面会終了時間ですよと看護師さんに言われるまで一緒にいた。
宿題をする楼子の横でEテレを見る弟は、心臓が悪いことなんて忘れるくらい良く喋り笑う。
オフロスキーの物まねが得意だった。
でも、毎日帰り際悲しい顔をする。
あの弟の悲しい顔は、胸が裂けるように辛かった。
ずっと一緒にいてあげられればいいのにと思い、つい泣きながら帰ることもあった。
「でも、今、この部屋から感じる瘴気が薄らいでいるの。あなたのおかげです」
「いいえ、わたしは何も」
「あなたが怖がらずにあの子に接してくれたから」
「怖くなんて」
怖くなんて、欠片もなかった。
柔らかで穏やかな口調に、すぐにいい人なんだと感じた。
「久しぶりに聞きました。あの子の楽しそうな声」
ルルの言葉を、楼子は反芻した。
楽しそうに話してくれた。
優しい声だった。
「笑ってくれました」
「ええ」
楼子の報告にルルは微笑んだ。
楼子はルルの笑顔に心がじんとした。
リシュトを大事に思っているのだろうことが伝わってくる。
誰かを大事に思う気持ちは、すごくよくわかる。
「お水を持っていくんです。もっと話を聞いてみたいです」
ルルが目にいっぱいの涙を溜めて、お願いしますと言った。
台所の場所を聞いて、楼子はスーツの上着を脱ぎながら忙しそうに駆けていった。
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