この想い届いたなら、男装…やめてもいいですか?

桜庵

まるで

「……男装やめたい」


「ゴブッ…ゲホッ…ゲホッ…」


 とある昼休みの中庭。

 まだ開けていないお弁当を眺めながら、ふとこぼれた独り言。


 それにしても……私、そんなにむせるような事を言ったかな。

 私の独り言が聞こえたとしても、そこまでむせなくても……失礼だな。


「な、おま、ゲホッ……ゴホッ」


「……はぁ……ゆっくりでいいから……」


 どうやら、野菜ジュースを飲んでいる最中に私の言葉に驚いたようだ。


 隣でいまだにむせている彼の名は、五十嵐 陸いがらし りく、十七歳。

 私と同い年で幼稚園からの幼馴染。

 正直、口調は荒い時がある。

 性格も不器用だし。


 ちなみに言うと、私にはあと三人、幼馴染がいる。

 しかも、陸と一緒で幼稚園からの付き合いで同じ学校内に。


 今時ありえなくない?

 幼稚園からの幼馴染が高校まで一緒だなんて。

 もはや家族並みに長い付き合いだよ。

 声の低さも素に戻ってしまう。


 意図して……いや、半分の意図で普段からしているこの格好を辞めたいだなんて、そんな弱音も幼馴染の前ではけてしまう。


「おま……急に何を言い出すんだ……」


「やっと落ち着いた?」


「まぁ……な。

んで?

なんで男装やめたいんだ?」


「……察して……長い付き合いじゃん」


「……わからんでもないが……今更だろ……。

だってお前……背……高いし……色気より食い気だし。

もう女子を捨てたようなもんだろ」


「……。

失礼過ぎにも、程があんじゃない?!

たしかに、身長は172センチあるけど!

誰が色気より食い気なのよ!!」


 珍しく真面目に話を聞いてくれてるのかと思ったら、なんて失礼な事を言うんだこの男は。

 信じらんない。

 いや、たしかにもう何年も男装をして、学校内でも男装女子としてとおっているけど。


 声に関しては幸いなのか、両声類持ちだ。

 男装の時は低く話している。

 一人称は「私」で、口調も素だけど。


 私が男装をしている理由、それは…。


「お待たせしました。

陸、理央りお


そう、このひと…ではなく、その隣にいるひとだ。

雨宮 緋月あまみや ひづき、私の想い人である。


「お待たせ。

って、なんだ……まだ、昼を食べてなかったのか?」


「うん、皆を待ってた」


「理央ちゃん、ごめんね!

ゆうちゃんと先生の話が長くて、巻き込まれちゃった!!」


「はぁ?!

そもそもの原因は、あおいが廊下を走って教頭とぶつかりそうになったからだろ?!」


「何よ!「競争しようぜ」と言ったのはゆうちゃんだし、ゆうちゃんが「その壺安いやつですか?バイトして弁償します。」なんて失礼な事言ったからじゃん!」


「えっと……隼人はやと……どういう事?」


 この言い合いをしている女の子と男の子。

 私の幼馴染だ。

 女の子の方は、如月 葵きさらぎ あおい

 背が小さくて可愛くて、男子に人気のあるボブヘアーの女の子。


 そして相手の男の子。

 こっちは、東雲 悠しののめ ゆう

 こちらも葵ちゃんと同じく背が小さい活発男子。

 イケメンって言われていて、一部の女子に人気があるみたい。


 そんな二人の言い合いの原因を、メガネで敬語口調、こちらも幼馴染の水無月 準人みなづき はやとから聞く事にした。


 要約すると、ゆうの言葉に乗ったあおいちゃんが廊下を走って、部屋から出た教頭先生とぶつかりそうになった。


 不運な事に教頭先生は、自分の大事な壺を移動させようと持ち歩いており、あおいちゃんに驚いて、手が滑って壺を割ってしまった…という事らしい。


「その近くにいた俺達も、連帯責任で呼び出されたんですよね」


如月きさらぎゆうは普段から落ち着きないよな。

去年から何も変わってない」


「雨宮君てば、そんな事ないよ!

私だってちゃんと成長してるもん!」


 葵ちゃんは、普段から私達幼馴染の事をちゃん付けで呼んでいる。

 そして緋月に関しては苗字に君付けだ。


 緋月も葵ちゃんの事は…と言うより、女子は全員、苗字呼びしている。

 きっと、女子と一線を置いている事が関係しているのだろう。

 私は…女子だと知られているが、男装のおかげか名前で呼んでくれる。

 最初は苗字呼びだったけど。


 私も……女子として生きたなら、もう名前で呼んでくれないのかな……。

 そんな事をぼんやり考えてしまう。


「……お?……り……?……お……理央?」


「……ハッ……え……と、何?」


「昼……食べないのかと思って。

……何か考え事か?」


「あ……うん、次の授業の事を考えていただけ」


 ごめんね……こんなウソ……。

 でも、緋月の事を考えていたなんて、口が裂けても言えない。


「そっか。

ならいいんだが」


 いつの間にか葵ちゃん達は言い合いを終わってお昼を食べていて、陸や準人も談笑しながら食べ進んでいる。

 私も早く食べてしまおう。


 それにしても……ビックリした……急に視界に入ってくるのはズルい。

 心臓に悪すぎる……。


 はぁ……さっきの考え事……ダメだよ。

 この思いは閉じ込めるって決めんたんだ。


 何かを得れば、何かを失う。

 まるで……童話の人魚姫みたいだな……なんて。


 そういえば、私が男装している訳……途中だったかな……それは隣にいる、緋月に恋をしているから。

 理由は聞いていないけど……以前、「女子と付き合えない」という事を聞いた事がある。

 なら、男性が好きなのかと聞いたら、それは違うらしい。

 あくまで恋愛対象は女子だが、気が乗らないとの事だ。


 もし男装を辞めたら、今の関係が終わってしまうかもしれない。


 そうなるくらいなら、私は男装を続ける事を選ぶよ。


 そもそも、男装をしている訳は他にもあるけど……それはまた今度ね。

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