色褪せて、消えてなくなれ

葉方萌生

1


「菜乃花は、俺のことまだ好きなの?」


東京の街は、夕闇の底に沈んでいけばいくほど街を歩く人々の足取りが軽くなる。夜の街へ繰り出す若者たちであふれているからだ。わたしの地元の山陰地方では、夕闇に沈む景色とともに、人通りはどんどん少なくなっていったのに。


東京の、池袋なんていう賑やかな街に住んでいた。大学を卒業してからもう3年になる。卒業と同時に就職した大型書店がちょうどこの街に鎮座しているのだ。家賃11万円のマンションに、会社からの住宅手当を充てて6万円で住んでいる。おかげで通勤には徒歩10分という近さで便利だ。

その池袋にある、とある喫茶店でその男と対峙していた。


山陰では見たことがなかったけれど、東京にはよくあるチェーン店で、ケーキとドリンクセットが1800円もする。日本はいつからこんなにもインフレになってしまったんだろうと、去年のお正月に山陰で入ったカフェの「ケーキセット800円」を思い出して泣きそうになる。


5年ぶりに再会した同級生の坂瀬奏真さかせそうまは、わたしの顔をまじまじと見つめ、首を傾げていた。その顔にどこか自信がみなぎっているように見えるのは気のせいだろうか。


「いきなりなによ〜?」


自分では精一杯取り繕ったつもりだった。けれど、奏真は全然動揺するような素振りもなく、余裕の表情でまだ真顔だった。わたしはと言うと、実際は彼からのその一言に虚を突かれたような気持ちになって、「ああ、わたしってもしかしてまだこいつのことが好きなのか……」と自分に問いかけてしまった。


「だって、“ちょっとそこでお茶しよう”なんて言うから」


「それは、久しぶりで懐かしかったからで」


「だけど、いきなりお茶って、大胆だなと」


「うぅ……」


奏真は昔から変わらず、思ったことを直球で口にする。その潔さに、わたしは惚れていたのだ。惚れて、心がきゅっとなって、彼に告白をして、高校卒業と同時に2年間付き合っていた。


奏真への気持ちはたぶん、いや十中八九わたしの方が大きかった。だって、わたしは一日に何回も好きとか愛してるとか甘くて重たい言葉を伝えないと気が済まなかったのに対し、奏真の方は「俺も」と軽く返してくれるだけだったから。ああ、でも愛の大きさって言葉だけで測れるものなのかな? もしかしたら全面的にわたしの考えが間違っているかもしれない。でも、明確に相手が自分のことを好きだって確信できるのは、そういう言葉を伝えてくれる時だとは思う。


「……まあ、そんな話は置いておいてさ。今日はなにしてたの?」


5年ぶりに再会したというのに、この5年間の出来事ではなく、「今日」のことを聞くんだ。奏真は空白の5年間に、わたしが何をしていたかなんて興味がないんだろうな。

わたしは、わたしはずっと……奏真がいま、どこで何をしているのか、誰の隣にいるのか、誰を好きになっているのか、そんなことばかりずーっと気になっていたというのに。

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