第4話 悠宇の元日常
「はーい。文化祭の打ち合わせ始めるから。そこの男子座れ。そしてサラッと席を立とうとしている奴動くな。なんで新たに動こうとする。とっとと座れ。座れ。笑うなー!」
おしゃべりの声が響いていた教室のドアをガラガラドン。と、勢いよく開けながら少し長めの髪を後ろで結び。いつも通りサングラスをかけた担任先生が教室内の生徒たちへと声をかけながらカツカツと足早に入って来る。
「さんちゃん先生。今日も元気だねー」
「この雰囲気――今日も誰かを絞めてきた来たあとか」
担任の先生が入って来ても教室内はにぎやかなまま。
あろうことか先生本人に向かってなかなかのことを言っている生徒もいるが――これはいつもの事だったりする。
雰囲気が良いと言えば良いクラスである。
ちょっとにぎやかすぎるかもしれないが――。
「あんたらが大人しくしてくれたら私はもっと穏やかに過ごせるんだよ。大人しくしてくれよ。って、誰だ!今日も私がヤクザみたいなことをしているとか言った奴は!名乗り出ろ!絞める!」
「「「こいつです」」」
まるで打ち合わせ通りのように教室内のほぼ全員(さすがに全員ではない)がとある茶髪のボサボサ頭の男子生徒を指さした。
それはそれは見事なまでに完璧の一致。動作に一切の乱れはなかった。
「ちょっ!お前ら人を簡単に売るな!あと指さすな!全員で指すな!」
クラスのほぼ全員に指を指された1人の男子生徒が少し大げさにその場に立ち上がる。
なお、クラスのほぼ全員に指さされたことをこの男子生徒は嬉しがっているようにも見えなくもない。いや、笑顔だ。あれは楽しんでいる。
ちなみに、教室中から注目を集めた男子生徒は先ほど『この雰囲気――今日も誰かを絞めてきた来たあとか』と、言った生徒である。なので特に間違いは起こってない。
「よーし。罰として今日の司会は
「ちょちょ、さんちゃん先生。そういう物事決めるときのために室長があるのでは!?ってか、最近俺めっちゃ使われてね?おとん!おとんもなんか言ってくれ!おとんだけが味方だ!」
「……」
クラス中からの視線を集めている男子生徒。獅子は助けを求める演技――をしつつ。近くの席の別の男子生徒に声をかけた。しかし声をかけられた男子生徒は明後日の方向を見ている。
なお、このようなやり取りもこの場。教室内ではいつもあることなので、すでに教室内の一部では笑いが起きている。
「無視するな!おとん!」
「……」
声をかけられても明後日の方向を向き続ける男子生徒は、すらっとした身なりの黒髪短髪の男子生徒である。名を尾頭――。
「おとん!」
「はいはい。獅子とっとと前に来い。そして文化祭決めろ」
「さんちゃん先生。俺の扱いひどすぎぃー!」
「いつものことだ!獅子に関しては、こき使ってもいいからな。誰からも文句はこん」
「認めた!?ってかなんか俺の扱いおかしいだろ!?」
先生と獅子という生徒のやり取りで、どわっと、教室全体が笑いに包まれる。
これもいつもの光景。そんないつもの光景に少し呆れながらまだ明後日の方向を見ているすらっとした身なりの黒髪短髪の男子生徒。尾頭悠宇。
これは悠宇が通っている学校での日常である。
悠宇はというと――一応友人である獅子の厄介事に巻き込まれないようにするためにその後も明後日の方向を見ていたのだった。
ちなみにこれはまだ悠宇が全く知らない土地に巻きこまれる前の話である。
◆
ところ変わって休み時間の悠宇のクラス内。
休み時間となればあちらこちらでにぎやかな声が聞こえてくる。
「尾頭君ちょっとヘルプ。制服のボタン外れちゃったんだけど直せない?」
「なあなあ、おとん。これさ。どういう意味だ?」
「尾頭ー。部室の片付け手伝ってくれ!」
「尾頭君!お菓子の作り方教えてー」
そして、悠宇の周りは何かとにぎやかなことが多い。
普段の学校生活での悠宇は、よくクラスメイトから声をかけられる日々だ。
悠宇のの周りはいつも賑やか。と、悠宇の幼馴染もよく言っている。
なお、時よりおかしなお願いも混ざっていることもしばしばあるが――いや、おかしなお願いの方が多いかもしれないが。周りから声をかけられた悠宇はできる限りのことは、面倒くさそうにしつつも答えちゃうのがいつもの事だったいるする。
「今日も便利屋は大繁盛だな。それに多くの女子に囲まれていいご身分で。1回刺されてこい」
「――変な言い方をするな。獅子」
悠宇の周りが一段落すると、適当に近くにあった席の椅子を持って。茶髪のボサボサ頭。獅子が悠宇の正面へとやって来て椅子に座った。
「いいじゃないか。にぎやかで。ってか、おとん」
そして空いていた近くの椅子を拝借して獅子は悠宇の正面に座る。
「その言い方もやめろ言っているんだが――地味に広がっている気がするし」
「いやいや、料理家事完璧男子。それを『おかん』と呼ばずにどうする。って、俺が勝手に盛り上げて、でも『おかん』だとなんかおかしいから親しみを込めて、あと、名字からもって意味を込めて『おとん』の名を与えてやったんだぞ?喜べよ」
「100%獅子が勝手に広げたという説明をありがとう」
「いやいや、それほどでもー照れるな」
自分の頭をポリポリかく獅子。なお――わかっていると思うが。悠宇は全く褒めていない。
「褒めてない。一ミリも褒めてない。むしろ謝罪しろ。いろいろと」
一難去ってまた一難。
学校での悠宇は1人の時間がないほどいつも誰かと話している
人気者――というより。先ほど獅子が言った便利屋がぴったり当てはまる悠宇だったいるする。
「にしても、おとんはいいよなー」
すると唐突に獅子が窓の方を見つつ話しだした。
「何がだ?」
「いや、あれだろ?じいさんから家もらえたんだろ?高校生で家持ち。マジかよだわー」
悠宇は「その話か」と、すでに獅子には知られていたことなので、そのまま獅子と話を続けた。そもそもとくに隠すつもりもないが。
「もらったというか。強制的にというのか――前にも言ったが遺言だな。まさかだったが。って、家より俺も現金欲しかったが……」
「いやいや、家の方が高いだろ。何を贅沢言ってるんだよ」
「――いや……あれは何というか」
今悠宇と獅子が話していることを説明。また悠宇がクラスメイトからいろいろおかしなお願いを受けることが多い理由も一緒にざっくり説明すると。
今まで悠宇は日常的に家族の世話。1人暮らしだった祖父の世話を日頃から1人でしていた。
それもあって悠宇が料理や家事のスキルを身に着けたと言ってもいいだろう。
悠宇の学力に関しては普通だが。家事関係に関してはクラス内では確実に多分トップレベルだったりする。
そして悠宇がお世話していた祖父が少し前に亡くなった。
するとその祖父が遺言を残しており。自分が住んでいた家を丸まる悠宇に与えたのだ。
築数十年でボロはきているが住むにはまだ問題ない家を――いやとある問題はあるのだが……今はおいておこう。
なお、ここから先は獅子は知らないことだが。悠宇がボソッと現金が――と、言っていたが。悠宇の祖父。実はかなり。億単位の遺産があったらしく。それを親族で分配しても、明らかに遊んで暮らせるレベルのものが自分ももらえたのだが――遺言には悠宇は家のみと記載されていたため。現金は1円も悠宇には来なかった。
むしろ家を譲り受けた悠宇は維持費などなどいろいろ負担が増えたりしたのだが――その話をするとまた良からぬ噂が獅子より広がると判断した悠宇はその話を一切今のところはしていなかった。
とりあえず家を譲り受けたということだけを獅子は知っている。
「っか、そろそろおとんの家に遊びに行っていいか?」
「無理だな。片付けが全くだ。それにいろいろあって大変なんだよ」
「なんでおとんがそんなに自分の家の片付けに苦労してるんだ?もうかれこれ数日経ってないか?いや、もっと経っているよな?」
「いろいろ大変なんだよ」
来るな来るな。と手でしっしっとする悠宇。
「なら俺が手伝い――」
しかし、獅子はむしろ身を乗り出してくる。
「悠宇。獅子君」
悠宇と獅子がそんな話していると。新たな人物がその輪に加わった。
それはちょっと悠宇が『この話を変えたいな――』などと思っていたことに気が付いたかのように完璧なタイミングで声をかけてきた。新たに声をかけてきた本人がそこまで計算していたかはわからないことだが……。
「おお、加茂さん。今日も悠宇の様子見ご苦労様です」
すると、急に姿勢を正して一礼をする獅子。まるで社長にでも挨拶をする社員である。
「ふむ」
そして、それに答える新たな人物の2人を横目で見つつ悠宇が突っ込んだ。
「いや――ふむ。じゃなくて。毎度ながら海楓も獅子の話に乗るなよ」
「おい、おとん!こんな学校ナンバーワン美少女聖女様に向かって何を言ってるんだ」
悠宇が呆れていると今度は獅子が騒ぎ出す。
なお他のクラスメイトはいつもの事なので悠宇たちのことを気にはしていない。ちらちらと見ている生徒はいるが――。
「獅子君。聖女だなんて」
その光景を見ていた新たに加わった人物もちょっと苦笑いのような表情となっていたが。獅子は気が付いていなかった。
「いやいやいや、加茂さんのことはやはり聖女様と呼ばせてください。いや――女神様と!」
「あはは、そんな事ないのに」
「いやいやいや」
「――人の周りで何をしてるんだよ……」
獅子が喜びの声を上げつつ声をかけてきた生徒の方を見たので、悠宇もそちらをちゃんと見ると。そこには、すでに横目で見ていてわかっていたことだが。よく知った幼馴染の姿あった。
悠宇の幼馴染。名を
きっちりと着こなされた制服。乱れが一切なく。校則通りの着こなしをしている。
余談だが。獅子とは真逆である。獅子はボタンも外れているし。シャツは飛び出している。何ならシャツの下にTシャツを着ているのだろう。それも派手なものを着ているみたいでちらっとそれが見えているだけでもかなり目立っている。もしここに生徒指導部の先生がやってくれば即指導が入るだろう。一方で彼女の方は見本のような着こなしである。学校のパンフレットにでも使われそうである。
そして、彼女の特徴とでも言える綺麗な髪。セミロングで吸い込まれそうになる漆黒の黒髪が今日も輝いている。
髪の毛の一本一本までケアをしているのではないかというくらいの艶を今日も出している。
またすらっとしたバランスの良い体つきが目立っているため。彼女だけが少し別世界に居るのではないかと感じてしまう姿である。
もちろんそんな注目を集めそうな彼女には、ファンクラブ(加茂さんを見守る会。会員数は不明)がすでにあるとかないとか――。
そして先ほど獅子が触れた言葉『悠宇の様子見』というのは、その言葉のとおりである。
悠宇と彼女はご近所さん。
昔からの知り合い。幼馴染であり。保育園から2人は同じということと。家族ぐるみで仲が良いことがすでに周囲に広まっており。
さらに、悠宇と彼女は誕生日が1か月違いで彼女の方が早く。お姉さんと弟みたいな関係と――どこかの茶髪のボサボサ頭の情報屋が無駄な情報をいろいろ流した結果。悠宇と彼女が話しているのはいつものこと。優しいお姉さんが弟の様子見をしていると広まったのだった。
「ってか。海楓どうしたんだ?」
自分の目の前で謎なやり取りが続くのを止めたかった悠宇が今やって来た彼女。海楓に声をかける。
「こいつ――名前で呼び合える仲を人前で自慢しやがって――」
「獅子うるさい」
獅子が騒いでいるが。悠宇と海楓が名前で呼び合っているのは、2人が特別な関係――ということは全くなく。
これも昔からのことである。物心ついたときにはすでに一緒に居ることが多く。気が付けば名前で呼び合っていたのが今に至る。
なお昔は悠宇君と海楓ちゃんだったが。君とちゃんに関しては2人が成長する中で自然と消えていったのだった。
その情報に関してはまだとある情報屋に伝わっていなかったため。広がることはなかったりする。
「あっ、そうそう、お母さんがね。今日晩御飯食べにおいでだって」
悠宇が海楓に何をしに来たか確認すると。思い出した。という素振りをしつつ海楓が答えた。
すると海楓の発言により。声の聞こえた他の生徒。多くは男子生徒だったと思われるが『羨ましい――』という感情が教室内に一瞬だけ充満した。
しかしその中で1人だけ『あー、今晩の夕食どうしようか――』と悩むことになる男子生徒が居たりする。それは――悠宇である。
このクラスメイト。いや、彼女。加茂海楓を知っている人物すべては彼女に騙されている。
加茂海楓の本当の姿を知っているのは今のところ尾頭悠宇だけである。
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