Re:write~やり直しの輪廻転生~

ほらほら

0 プロローグ

 無味乾燥とした人生。

 三十路に入りながら望むモノだらけの空っぽな存在。


 いけないとは思いつつ、俺は今日もあの人に恋慕する。


 バカな奴だ。

 自虐的に想いながら、きらびやかなネオン街を歩く。


 いつもの通り。

 いつもの店。

 馴染みのソープの黒服に、普段と同じ嬢の名前を告げる。


 この店は俺が今までで五本の指に入るぐらい気に入っている店で、毎回指名している嬢がいる。

 年齢は二十歳そこそこらしいのだが、年齢よりもずっと大人びて見える女の子だった。

 顔立ちも身体つきも十人並み以上で、明るくて話しやすい性格。


 ……そして、何より似ているのだ。

 あの人に。

 いつも俺の面倒をみてくれていた優しい人。


 どうしても重ねてしまう。

 もはや、あの人が他の男のモノだと知りながらも。


 また、少し感傷的になりながら、黒服の案内を受け、いつもの部屋へと入る。


「こんばんわぁ~」


 いつもと同じ明るい声。

 その声を聞くだけで心が和む。

 まるで陽だまりにいるかのような心地よさ。


 それが例え偽物であっても、今の自分にはそれが必要だった。


 長い黒髪。上品に整った目鼻立ち。

 全てを包み込むような女性的な肉体に豊満な胸

 あの人とは違うパーツなのに、どこか似た雰囲気がある。


「お久しぶりですねー。元気にしてましたか?」


「まあぼちぼちかな……」


「ふふっ。相変わらずですねー」


 彼女は俺の手を握りしめてくる。

 柔らかい手のひらと温かい体温が伝わってきた。


 こうして彼女と触れ合っている時だけは何もかもを忘れることができる。

 だから俺は今日も、こうして偽りの温もりを求めるのだった。


――――


 それから暫く。

 彼女や黒服に見送られ店を後にする。


 騒々しい街並み。


 ふとスマホを見るとメッセージが一件入っていることに気が付いた。

 ああ。あの人からだ。


『お元気ですか?

 今年の連休も帰って来なかったね……。

 守ちゃんが大学に行く為に上京してから早十年。

 一回も戻って来ないなんて……お姉ちゃん心配です。姪っ子に顔も見せてくれないの?』


 その文面を見て思わず苦笑してしまう。

 姉さんは昔から心配症で過保護なところがある。

俺が上京した頃も毎日のように電話してきたっけ。


 昔はそれがうざったくて……

 ――それにもう大人なんだ。いつまでも子供扱いしないで欲しい。


 今はもう違うんだ……。

 帰れる訳がないだろう。


 他の男のモノになってしまった貴女のいる街になんて。


 気が狂ってしまいそうだ。

 いや、もう狂っているのかもしれない。


 目の前に歩道を暴走する車の幻影が見えるくらいには。


――ドンッ!!


 激しい衝撃と共に意識が暗転した。

 最後に思う。


 ああ。

 もう一度、姉さんに会いたかったな……。


――――


――――――――

――――


「……くん……ゆう君!」


 誰かの声が聞こえる。


 誰だろう? 姉さん? いや、違う。

 幼い声だ、姉さんのじゃない……。

 なら……なら何故、俺はこんなにも懐かしさを感じているのだろう……。


「ねえ起きて! 大丈夫!?」


 目を開けると、そこには夢にまで見たその人が居た。


 長い黒髪が特徴的な美しい少女。

 清楚な俺のお姫様。


 その彼女に抱き抱えられ、豊満な胸に埋まりながら、俺は混乱の極致にいた。


「あ、あれ? 姉さん!? どうしてここに居るんだ?」


 ここは東京の繁華街。

 当然、彼女が居るはずもない場所だ。


「もう、びっくりさせないで」


 ほっとした表情を浮かべる彼女。

 たが、直ぐに恐ろしい形相を浮かべると、何処かに向かって声を張り上げる。


「こら~! 危ないでしょ!! 降りて来なさい!!!」


 その声に反応してなにやら、騒がしい音が聞こえてきた。


「やべー、守の姉ちゃんが怒ったぞー!

 おっぱいが怒った~~!!」


「にげろ~」


 バタバタと走り回る音。


「あっ、コラ待ちなさーい!!」


 姉さんの制止にも答えず、徐々に小さくなってゆく囃し声。

 やがて、姉さんはこちらに向き直る。


「全く、本当にしょうがない子達なんだから……。ごめんね、怖かったでしょう?」


 そう言って俺を抱き締める。


 一体何がどうなっているのかわからない。

 ただ、姉さんの腕の中はとても心地よく、このまま眠ってしまいたいと思った。


 しかし、それも束の間。


「姉さん、離れてくれ

 ……それより、何でここに?」


 俺は彼女を押し退けながら尋ねる。

 すると、彼女は悲しげに目を伏せながらこう言った。


「うん、学校の帰りにここを通り掛かったら、ゆうちゃんが喧嘩してて。……もう大丈夫?」


「……うん? 学校……喧嘩? 何を言って……」


 そう言って、スッと立ち上がる俺。


――だがおかしい。なんだこれは。


 制服を身に纏った姉さん。

 やけに低い自分の視点。

 夕焼けに染まる、酷く懐かしい街並み。


 これは一体……


――そこで俺はふと思い出す。


 ああ、そうか。

 俺は車に轢かれて死んだんだった。

 だから、こんな幻を見るのだろう。


 きっとこれは走馬灯のようなものに違いない。


 なら……。

 少し位楽しんでも良いよな。


――今一度、己の少年期を味わうのだ。

……今度こそ、自分に正直になって。


 そう思い、俺は姉さんの手を掴む。

 驚いた顔をする彼女を他所に、俺は笑顔でこう告げた。


「――姉さん。帰ろう、家へ」


 そう言うと、彼女は何故か涙ぐみながらも優しく微笑んでくれた。


 ああ。


 俺の大好きな、あの優しい笑みで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る