④取り戻しつつある平穏な生活

 ある日。いつものように宝石カフェでバイトをしている真純の元に、彼女も知っている人物が1人、やってきた。


「こんにちは」


 真純はつい驚いてしまったので、挨拶をくれたのも向こうからだ。


「あっ、ご、ごめんなさい。はじめましてのご主人様ですね! ご案内致します」


 相手の挨拶にハッとして、真純は急いで彼を案内する。


 彼は、真純のクラスメイトの男の子で、茶髪で優しい風貌をしている生徒だ。挨拶以外では、真純との会話は初めてだった。


「ありがとう。菊地さん」


 彼がお礼を伝えると、真純も彼の名前を呼ぶ。


「いいえ。森山もりやまくん。私はここでは宝石なので、オパールと呼んでくださいね!」


 真純はニッコリと営業スマイルを送って、彼にメニュー表を渡した。


 彼の名前は森山もりやま貴之たかゆき。真純はニコニコと優しそうな笑顔を浮かべている彼を見て、少しだけほっとする。


 クラスメイトの彼が怖くて意地悪な人だったらどうしよう。と密かに緊張してしまっていたのだ。


「じゃあ、オパールのまあるいケーキと、ミルクティーをください」

「かしこまりました!」


 真純は注文を受けたケーキと飲み物を用意すると、貴之の元へと戻る。


「こちらがオパールのまあるいケーキと、ミルクティーでございます。ご主人様!」


 置かれたケーキは本当に丸い。まるで水晶玉のような形の、白くて丸い物が皿の上に乗っている。


「こちら、表面はチョコレートになっていますので、付属の暖かいチョコレートソースをかけて溶かして食べてもいいですし、ナイフとフォークで割って食べても美味しいですよ。中には私のイメージ宝石であるオパールのようなキラキラの砂糖菓子や、美味しいフルーツが沢山入ってますので、採掘気分をお楽しみ頂きながら味わってくださいね!」


 面白いケーキだ。貴之はそう思いながら、まずはナイフで一切れ切ってみる。表面のチョコレートはすぐに割れて、中身がちょこんと顔を出した。スポンジの中に、真純が言っていたような宝石のように綺麗な砂糖菓子や、ベリー系のフルーツががたくさん詰め込まれている。


 味は甘さに極振りと言った感じで、好みも分かれそうだ。しかし、貴之はかなりの甘党なので、彼にとっては満点の美味しさである。


「美味しいよ。えっと、オパールさん」

「ありがとうございます! また何かあれば呼んでくださいね!」


 真純はそう言って、オパールを指名してくれている他の客の方へと歩いていった。


。。。


 彼はケーキを食べ終えた後、メニュー表をパラパラと捲って他に美味しそうなものがないかを確認した。その途中にあった、15分間の宝石達とのお喋り。という欄が気になったので、それを頼んでみる。指名はオパールだった。


「指名して下さってありがとうございます」


 真純がニコッと笑ってそう言うと、貴之の頬が赤く染まった。


「何だか、以前と比べて活き活きしているね。菊地……じゃなくて、オパールさん」

「うん。あのね、今日はいないんだけど、縁ちゃんが紹介してくれたのよ。ここは、その…賄いも出るし、ご主人様達とお食事ってプランもあるから。以前よりも栄養がしっかり取れるようにはなったかな」

「じゃあ、俺もそのプランにすれば良かったなあ」

「ううん! それは森山くん……ご主人様達が希望するものでないと。こっちが催促しちゃうのは違うよ」


 真純がそう言うと、貴之はクスっと笑ってこう言った。


「また来てもいいかな? クラスメイトの俺がいると、やりにくい?」

「いいえ。…最初は確かに緊張しちゃったのだけれど……。私、家の事であまりみんなとの時間が取れないから、クラスにも仲のいい人が少ないの……。だから、森山くんともっと仲良くなれたら嬉しいわ!」


 真純がそう言って微笑むと、まるで花が咲いたかのように周囲の空気が変わった気がした。貴之はほーっと惚けた表情で、生返事をする。

 

「そ、そう…」

「あっ。もしかして厚かましかったかしら……」


 真純が不安になって慌てると、貴之はやっと夢から醒めた。フルフルと首を横振って、ニコリと笑う。


「そんな事ないさ。また来るよ!」


。。。


「こんにちは。オパールさん」

「お帰りなさいませ。ご主人様!」


 貴之は、あれから何度もこの宝石カフェに通ってくれている。学校でも声をかけてくれることが増え、縁と3人で固まってお喋りをする事が多くなった。


「あ、今日はトパーズさんもいるんだね」

「はい。今日はトパーズをご指名します?」


 真純がチラッとトパーズの方に視線を送ると、貴之はフルフルと首を横に振った。


「オパールさんで」


 視線を貴之に戻した真純は、彼の優しい笑顔を見てほんわかと胸が暖かくなる。嬉しい気持ちになったのだ。


「ありがとうございます。お席に案内しますね」


 真純はニコニコと上機嫌に笑って、今日も貴之の席についてお喋りを楽しんだ。


「いつも私を指名してくれてありがとうございます。本当は、トパーズの所に行ってしまったら寂しいなって…そう思ってたから……」


 真純は照れを含んだ困り顔で、モジモジとそう言った。彼女の肌は食生活が改善されたおかげで、大分色味も出てきた。が、陶器のように美しく真っ白いことに変わりはない。彼女の頬は照れると、まるで林檎のように赤くなる。


 それにつられたのか、彼女の美しい容姿に充てられたのか、それとも貴之の彼女への想いのせいか。貴之までポーっと赤くなってしまった。


。。。


 随分と仲良くなった真純と貴之は、バイトのない日には下校を共にする。


「昨日も来てくれて、本当に嬉しい」

「料理も甘くて俺好みだし、菊地さんの宝石衣装が可愛らしいから。俺も毎回楽しいよ」


 貴之が褒めると、真純の頬が赤く染まっていく。彼女の顔色の変化はわかりやすいので、貴之はそれを見る度に照れたり、嬉しくなったりするのだ。


「あまりからかわないでちょうだい。こんなに分かりやすく赤くなって、恥ずかしいわ」


 頬が蒸気しているから。真純は自分の顔が真っ赤な事にも気づいている。それがとても恥ずかしかった。


「もう……」

「あれ? 今日はスーパーに寄らなくていいの?」


 真純はいつも、夕飯の買い出しをするためにスーパーに寄ってから帰っている。貴之は今日もそうだろう。と思っていたので、スーパーの前を通り過ぎようとした真純を引き止めた。


「ええ。今日は義弟の光狩が作ってくれるそうだから……」

「ああ、受験生だって言う」

「そうなの。あの子は私よりもよっぽど優秀な子なのよ」

「ふうん。菊地さんにこんなに思われている弟さん、羨ましいなあ」


 貴之が何気なくそう言うと、またもや真純の頬は赤く染まってしまうのだった。


「もう。またそういう事を言うのだから!」


 プクッと拗ねるように頬を膨らませると、彼女の頬はまるで本当にりんごのように見えてしまう。それが微笑ましくて、貴之は思わず笑みを零した。そうすれば、真純はまた照れくさそうに貴之を怒るのだ。

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