第5話 下剋上
おはようございます。暗殺部隊シャープ所属のユウと申します。隊長は外交官護衛も兼任されているシルク幹部です。
初めて軍学校というものに入ったときは女でも容赦なく鍛えるその差別のない教訓が好きで、幹部をまとめる総統には憧れを抱いたものでした。
しかし、試験を終え、暗殺部隊シャープに配属になったときはシルク幹部のことをあまり良く思っていませんでした。それは暗殺部隊そのものが嫌いだったのと兵士間の噂でシルク幹部の良い噂を聞かなかったからです。前線部隊希望だった私は暗殺部隊の姑息で卑怯な攻撃方法を強く非難していました。
でもある日のシャープの訓練に入るとそれらは払拭されました。シルク幹部も一緒に訓練に参加している日でした。
「今日は実戦形式で訓練を行う。視察としてシルク幹部に来ていただいたのでこの機会を逃さぬ様に。」
訓練官が大方ルールを説明すると2人1組を決めていった。
「おまえが最後だな。運がいいな。シルク幹部と一緒に組めるぞ。」
「え?本当ですか?」
「んー(よろしく)」
「あ、えっと、よろしくお願いします。」
「うん。」
ルールはこうだ。
一組ずつ陣地が与えられる。そこには旗があり、自分の旗を取られてとった本人の陣地に持ち帰られると失格。
陣地同士は同じ距離離れていて陣地の面積も同じ。背の高い草が生えた平地で行う。
手段は自由。相手の旗を自分のところまで持ち帰れば昇格となる。
「どどどうする?」
「え、あっ、作戦ですね。えっと、まずシルク幹部には旗を守ってもらいたいです。自分が旗を取って持ち帰ってきます。」
「おー。」
「しかし、どう旗を取るかは状況判断になるので今のところロープで引っ掛けて取るとか、あとはマントを被りながら近づいて取るとかその程度の用意はしました。シルク幹部は何を持っていますか?」
「これ。」
シルク幹部は袖から刃を出し入れできるタイプのナイフと目くらまし用の簡単に火が付く爆竹を腰のポシェットから取り出した。
「なるほど。どのシーンでも役立ちそうですね。」
「それと、作戦。」
「はい、改善点ありますか?」
「ん…考えすぎ」
「そ、それはどういう…」
「やればわかる。」
そしてナイフ一本を渡されて他は捨てられ開始の笛が鳴った。
とりあえず周りの状況を確認する。というより旗をとりに行こうとしたらシルク幹部に止められた。
「体力は温存。余計な動きしない。」
確かに軍学校でも他の訓練でも散々言われたことだが、いくらなんでも受け身ばかりで進まないのでは?と考えたが、まだ5分も経っていないにも関わらず追いかけっこしている組があったり草に隠れている組があったり。確かに体力を温存するのは大事なことだとも思った。
「しししし 終了するまでのルール、覚えてる?」
「はい、確か残り1組になるまでですよね。」
「うん。」
「それ、が…え?まさか。」
「その方が確実」
あのシルク幹部が?と思ったがよく考えればわかったことだ。周りを見て、見張りが2人もいるところには近づきにくいと判断し暗くなるまで見張りを続けようという計画だろう。さすがだな。
日が降りてきた頃。近場の陣地では旗を取られ見学している兵士が増えてきている。
「シルク幹部、そろそろどうですか?あと残りは私たち含め三つ。日も落ちてきて暗いとなるとさすがに攻撃はしてこないと思うのですが…」
「2時。6時。」
どうやらシルク幹部は方角のことを言っているよう…え?足音?
「暗いから」
なるほど。暗いと姿が見えづらくて逆に活発になる、ということか。6時の方向に2人いるのが足音で分かった。2時の方向は1人だが来た方向から考えると昼間に旗を二つとっていた強者だろう。
「囲まれてますね。6時は2人いますし。正面から強引に戦ってもいいですけど人数で負けてますから勝ち目はないと思いました。まだ旗の場所はわかっていないようですし奇襲しましょう。」
「いや、ルール。旗を敵地に置かれたら失格。」
「覚えてますけど…まさか旗を持ち出して逃げるとかではないですよね?」
「せーかい。いこ。」
「んー、はい。わかりました。これは私に持たせてください。今、使えそうなロープと木の棒でフェイクを作ったのでこれを背負ってください!」
「ん。」
「では、8時と10時でこの先の陣地四つ離れたところで合流しましょう。」
「うん。それじゃ。」
シルク幹部に合わせるように自分も走り出す。当然追いかけてくるが、2時の人はすぐさま諦め6時の人も連携がうまくいかず二人ともこっちに向かってきているようだった。そのまま撒くことは出来ず合流地点につきそうだった。シルク幹部はもう着いていた。しかし追いかけられているのを確認すると私の後ろに入ってきた。
「囮になる。その間に戻って」
「わかりました。お願いします。」
そのまま二人を引き連れて行った。さすが幹部。
さて、陣地に戻った私だがある報告を受ける。
「ユウ、ちょっと良い?シルク幹部を追いかけてるチーム、もう旗取られてる。だからあとは2チームだけだよ。」
「報告どうも」
すぐにシルク幹部にトランシーバーで伝えなければ。
“シルク幹部。先ほど追いかけてきた2人のチーム、すでに旗を取られているらしい…です”
“え?…報告ありがと”
あの感じ、多分もう片づいてるなあ。と考えているとシルク幹部が戻ってきた。
「囮、ありがとうございます。おかげで旗を守ることが出来ました!」
「うん、報告どうも。もう倒しちゃったけど。」
やっぱり
「残り2チームだけですが攻めますか?」
「んー。場所わかる?」
「いえ、陣地の場所は全て把握してますが誰がどこにいたかまでは。」
「じゃあどうしようか」
さすがに探しに行くのは作戦として候補に無い。シルク幹部も私もわずかとはいえ体力を消耗している。それにさっき3人ほど足音があった。ということは私たちの場所はすでに割り出されている。そこまでは今わかる情報だ。このまま待っていれば様子を見に来るだろうか。
「多分来るよ。」
「…声に出てましたか?」
「予想。待と。」
「はい。」
訓練開始から大体半日くらいだろうか。訓練に集中していたからか気づかなかったが今、あのシルク幹部と二人きりである。兵士の中では悪い噂ばかりだが、的確な行動や状況判断のおかげでついに昇格が目前に控えている。だがしかし、シルク幹部が横で仮眠をとっているのである。よく聞く愚痴では『隠密部隊のリーダーが爆弾を持って暴れてる』とか『話しに答えてくれない、無愛想』など聞くがこの訓練を通して多分間違いで、そのときはそれが正しい判断だったんだと言える。殉職者が前線部隊と比べて少ないのもきっとシルク幹部の指示のおかげだろう。
「君、悩みとかある?」
「へ?あー、はい。まあ人並みには」
寝ていたと思っていたのでびっくりして変な声が出てしまった。
「ききき 聞かせて。」
「えっと、入った時から女というだけで一部から軽蔑されて、始めは組で行動すること自体嫌悪感を持たれていたことですかね。まあ殴り合いでケリはつけたんですけど、まだよく思ってない人はいそうですね。」
「すごいね、君。でも、それだけじゃ無い」
「あー、バレてましたか。」
「一応リーダーなもんで。」
「バレてるので話します。えーっと、結構最近の話なんですけど聞いてしまったんです。私の噂。」
「悪い方?」
「はい。いわゆる陰口です。内容は話したくありませんが話していた人が問題でして。」
「さっき報告してくれた人でしょ。」
「その通りです。…私がこの隊で一番信頼していた人なんですけどね。そこから私の悪い噂を同じ隊の人から聞くごとに苦しくなって。……いつ辞めようか、と考えています。」
「味方は?」
「もうだれも信頼してません。いや、やっぱりこんなの幼稚ですよね。リーダーの前で申し訳ないです。やっぱり聞かなかったことにして下さい。」
「みんな“敵”ね……ばか」
「へ?」
「俺のこときらい?」
「いいえ。悪い噂しか聞きませんが今日の訓練で間違いだったことがわかりましたので。」
「じゃあ君が辞めることは俺が許可しない。総統にも言っとく。“大事な仲間や、って”」
「なぜそこまでするのです?」
「君、次期リーダーなのに辞めさせるわけないやん。」
「え?ちょっと状況がわからな…」
「だから、決めたの。俺の直属の部下。正式にはサブリーダーね。俺がリーダーなら」
「え、いや、だって私は…」
「もう決定だもんねー。そんなに度胸も実力も男よりあって辞めさせる理由が欲しいくらいだよ?」
どうしよう?ウソじゃない?こらえるのに必死で索敵が出来ない。いや、どうせまた。
「ウソじゃないよ。君のことはリンネから聞いてるから評価も知ってたし」
リンネ…校長?ん?リンネ校長をリンネ呼び…幹部?え?訳がわからない。
「さて、お話しは一旦置いとこ。はい深呼吸!」
「はい…」
軽く深呼吸すると少し落ち着いた。草に視線を向けると足音はしないが光るものは見えた。
「2時ね」
「はい!」
「旗にも視線置いて」
「もちろんです」
人数はわからない。ただ、訓練用の拳銃をこちらに構えているのはわかる。
「敵はまだこちらを確認していないようです。私、近づいてみますね。」
「いや、二人いる。この旗持って。」
「ならここで決着つけたほうが…」
「むり。君、陣地把握してるんでしょ?片っ端から探すよ」
「わ、わかりました。では8時の方向からいきましょう。」
「了解、リーダー。」
私は自分たちの旗を持つとそのまま8時の方向に後退した。彼らはずっと2時の方から来ていたので可能性の低い8時の方から探します。陣地から出ると周りの草が踏み荒らされくっきり分かりやすくなっていた。
とりあえず旗を持っている私は他の陣地には入れない(入れば失格になる)ので自分より足の速いシルク幹部に偵察に行ってもらうことにした。
「この陣地で最後です。きっとここにあります!」
「分かった」
颯爽と陣地を偵察したシルク幹部だが旗は見つからなかったらしい。陣地内には旗を立てる場所があり、そこに旗を立てるルールだが…
「持ち歩いているか他の場所に隠したか。ということですね。」
「隠してある」
そうだ。確かにさっきは二人で陣地に入っていたはずだ。私の記憶していた陣地の場所が正しければ他の場所に隠してあることになる。
「もどろ」
確かに。これ以上探してもキリがない。敵の行動を観察する方が得策だ。
「はい」
自分の陣地にはだれもいなかった。草の倒れ具合からつい最近…数分前までいたのだろう。
「木、生えてた?」
高いところはこの辺でいうと木ぐらいだろう。わざわざハシゴを持ってきてはいないだろうし。登れるサイズの木?
「あります。近くにある木は…2時と5時のほう、こうに…。」
「なるほどね」
「はい。木の上ですね。」
毎回2時の方向から来ていた敵。二人同時に攻めてきたならだれもいない陣地の様子を見て焦ったはず。今、彼らは木の上にいるとすれば…
「君、木登り得意?」
「どちらかというと殴る方が得意です。なるべく温存していたので丁度、木を殴り折るくらいはまだ残ってます。」
「いいね。いこ、サルのとこ」
「行きましょう。サルのところに」
敵の姿を草に隠れながら視認し、木の裏に近づく。サル二人は木の上からぼんやり警戒していた。
「リーダー、やっちゃえ」
「了解です!」
このときだけは全てがスローモーションに見えた。シルク幹部がスッと後ろに退いて、私が腐りかけた木の幹にあたりをつける。定まったら今までのチームメイトの恨みを拳に込めて思いっきり殴る。意外と硬く一部がえぐれただけだが、衝撃に驚いた二人が木の上から落下し地面に背中を打ちつけのびていた。それを見たシルク幹部は見たこともないような笑顔で拍手してくれた。
「さすがリーダー!戦利品を持ちかえろう!」
「はい!」
落ちた衝撃でポキリと2つに折れた旗を両手に抱えて陣地に戻る。のびた二人はもちろんダミーに使っていた縄でキツく縛ってあげた。
「おめでとう!ユウ。昇格だ!」
陣地に着くと失格になった軍のみんなと訓練官が待っていた。
「おめでと。リーダー。」
シルク幹部からも祝いの言葉を頂いた。
「シルク幹部のおかげです。本当にありがとうございます。」
こうして訓練は終了した。しかし解決していないことがある。
「訓練官、後で話ある」
「はっ!」
2日後。訓練官に呼ばれた。ついていくと幹部専用の会議室に着いた。訓練官がノックをすると、
「入れ」
と声が聞こえた。
「失礼します」
「おー、きたー」
「訓練官、道案内ありがとう。もう良いぞ」
「はい。失礼します。」
長机にシルク幹部、リンネ校長、そしてアルファ総統、がイスに腰かけていらっしゃった。
「かたくならずにここに座ってください」
「は、はい!」
リンネ校長に案内いただいた通りに座った。一般兵がこんな高貴な場所で息をしていていいのだろうか?
「ここに呼んだ理由について説明しよう。」
「はい。」
「あなた、軍学校で勉強も実技も頑張っていましたからね。」
「うん!」
「シルクから提案されたんだ。お前をシルク直属の部下、つまり秘書的な立ち位置にしたいと。」
「?はい。」
「ユウくんの話をしてるのを私もたまたま聞いてましてね。いつも忙しそうなシルクさんの手助けを出来るのは貴女くらいなもんですよ。」
訓練のときの話、本当だったんだ。リンネ校長が幹部なのも。
「君が良ければ…なんだけど。俺の仕事手伝って?」
「私からもお願いします。」
「俺からもどうかよろしく頼む」
幹部と校長と総統から頭を下げられる一般兵の構図に笑いをこらえるので精一杯だった。
「んふふ…はい!もちろんです!私の力がシルク幹部の役に立つなら。ぜひよろしくお願いします!」
「それじゃ…」
「成立だぞ。ナンバー?書類持ってきてくれー」
「はーい。どうぞ!」
「ありがとう…違う書類も混じっているが、まあ、いいか。」
「良くないですぅー早く片付けてくださいー」
「えっと、まずはだな」
「無視せんといてー」
「ふふふ、いつもこうなので気にしなくていいですよ。それより、これです。ここにサインをお願いします。」
―シルク幹部の秘書役兼暗殺部隊シャープの副隊長への同意書
ありがとうございます
実力主義な社会…本当にあるのだろうか
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