第4話 開花したのは、元旦那?

 郡山こおりやまくんとの「共同プロジェクト」が開始されてから、数日が過ぎた。

 あれから、毎日スマホで写真を撮って、観察日誌のように郡山くんに送っている。


 一週間経った頃、ようやく双葉の芽が出てきて嬉しくなり、「今朝、芽が出ていたよ!」って、柄にもなくキラキラマークをたくさんつけてメッセージを送ってしまった。


 そして現実の仕事はというと、パッケージデザインの案件が終わったので、次は営業部や販売促進部から新商品の広告やポスター、販促用のポップ作りを頼まれる。

 その間にキャンペーンなどが入ると、また忙しくなる。それに加えてウェブサイト用の画像素材も用意しなければならないからだ。


主任チーフ、ヘルプです〜」

「どうしたの、三島みしまさん」

「プリンターの調子が悪くて、印刷できないんです〜」


 実物大のサンプルを見せるために、絶対に欠かせない印刷機プリンター

 中を開けて見るが、紙が詰まったりはしていない。試しにスタートボタンを押してみるが、反応がない。ふと、隣のエラーランプが点灯していることに気がついた。


「あー、感光体ユニットの交換ランプがついてるわ。三島さん、総務へ連絡して新しいのもらってきて」

「わかりました」


 今日みたいに、こんなイレギュラーが起こると作業は中断してしまう。

 そして、状態が良くなるまでの時間がとても長く感じられて、焦ってしまう。

「お昼までにできます」って、郡山くんに言っちゃったからなぁ……。

 時計の針を見ながら、総務へ連絡している三島さんを見守る。


「チーフ! 感光体、発注ミスで社内にないそうです!」

「ええー!」


 本当に困る! 今度から、こういった重要備品は総務を通さずに、こっちで管理できるように部長に取り計らってもらおう!


楠木くすのきさん、見本できました?」

「ああーっ、ちょっと待って! 今、トラブルが!」


 タイミング悪く、郡山くんが様子を見にやってきた。

 社内では上司なのに、私は焦るあまりタメ口で言ってしまっていた。

 もう、総務は通していられない。

 私はプリンターのメーカー担当者へ直接連絡し、感光体を持ってきてもらうように頼んだ。しかし、担当者が運悪く外回りで遠方へ出向いていたらしく、持ってきてくれたのはお昼を過ぎてからだった。

 なんとか印刷して郡山くんに渡したが、かなり疲れて自己嫌悪に陥ってしまった。


「ま、まあ、悪いのは総務なんだろう? そう、落ち込むこともないさ」


 と、慰めの言葉をくれたのは、意外にも部長だった。


「そうですよぉ。それに、先方に届けるのは今日の夕方までだったから、全然大丈夫ですよ」


 三島さんが、コーヒーを買ってきて目の前に置いてくれた。

 そうか、私が「お昼までにできる」って、勝手に締切を作っちゃっていたから、こんなに焦ったのか……。

 ヴーっと、スマホのバイブレーションが鳴った。郡山くんからのメッセージだった。


『先ほど、営業と一緒に先方に見本を届けてきました。お疲れ様です!』


 それを見て、ようやくホッとする。


「チーフ、お昼食べてないですよね? 休憩行きましょう!」


 後ろから、三島さんに肩を掴まれた。

 えっ、急に何!?

 

「部長、いいですよね?」

「ああ、いいよ。食堂で何か軽く食べておいで」


 私は、三島さんに背中を押されるように、食堂へ向かった。


 社内の食堂は、食品会社なだけあって社員からの評判もいい。

 時々、新商品の試作品がメニューに出ることもある。

 いつもはひしめき合っている空間だが、ランチタイムはすでに終わっていて誰もいなかった。

 私は、隅にある軽食の自動販売機でパンを買い、三島さんが差し入れてくれたコーヒーと共に、少し急ぎ気味で食べた。


「 チ ー フ ッ 」


 自分の飲み物を買ってきた三島さんが、何か含みのある言い方で私の隣に座った。

 ものすごく、笑顔だ。


「さっき、見えちゃったんですよね」

「何が?」

「郡山課長との、メッセージ!」

「えっ? さっきの、お疲れ様ってやつ?」

「違いますよ! その上に、何かキラキラの絵文字を使っていたでしょう!? あれって、プライベートですよね!? ね!?」


 そう言う三島さんの瞳が、キラキラ輝いていた。


「覗き見は良くないゾ」

「だって、見えちゃったんですぅ〜」


 まあ……隠すほどのことでもないか。

 私は、観念して今朝の芽が出た写真だけ見せた。


「ん? 芽……ですか?」

「そう、ちょっと色々あって、郡山く……課長と花を育てることになって。キラキラの絵文字は、“芽が出たよ”って、ちょっとはしゃいじゃっただけ」


 三島さんに知られるのはちょっと恥ずかしかったけど、冷静になって言えば、別に大したことじゃないわよね。うん、たかが花だもの。


「それって……。なんか、子どもを育ててるみたいですね」


 ブハッ!!

 三島さんの一言に、私は盛大にコーヒーを噴いて咳き込んだ。


「ちょ、大丈夫ですか、チーフ!」


 言いながら背中をさすってくれるが、誰のせいよ、誰の!

 


 はぁー……今日はもう、心を乱されっぱなしだった……。

 三島さんに言われて、郡山くんと顔を合わせるのが気まずくなってしまった。鉢合わせしないように、慌てて定時で会社を出てきた。

 そういえば、あの花って、咲いたらリラックスできるって書いてあったわよね。早く咲いて、この心をしずめてほしい……。


 家に着いて、疲れた足をほぐすため、洗濯カゴにストッキングを脱ぎ捨てた。

 自由になった素足で軽やかに歩き、それからリビングの扉を開けてようやくおひとり様の解放感を味わうのが、いつもの流れ──だったのだが。


 リビングの窓際に、誰か、立っていた。

 私はその姿を見て、ショックで鞄を落とした。


「…………ケイ?」


 交通事故で死んだはずの夫の名を、口にしていた。

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