第30話 それぞれの会話

 ライネワルト侯爵家の嫡男ギュンターと、最近は落花生の令嬢と呼ばれるユーファネート兄妹により、キノコのダンジョンはライネワルト侯爵家が直轄すると発表される。


 領民からは庶民の食材を奪うのかとざわついたが、希が父親に掛け合い、周辺の村々へ税の軽減をすると発表されると領民からの評価は一気に上昇した。


 ただ、周囲の貴族からは嘲笑が起る。


 領内に出来たダンジョンを所有するのは貴族の義務でありステータスだが、初心者レベルのダンジョン、一般人でも破壊出来るレベルの物を所有する貴族など誰もいなかったのである。


「ライネワルト侯爵は変わり者しか居ない一族である」


 そういった醜聞しゅうぶんが王都ではまことしやかに流れるようになった。しかし侯爵であり、父親であるアルベリヒと侯爵夫人であるマルグレートは、そんな噂話を気にもしていなかった。いや、一部は気にしている。


「噂なんて好きに言わせておきなさいな。ユーファネートが『キノコのダンジョンを私に下さい! 絶対、必要なんです!』と鼻息荒く言ったのよ? 間違いなくなにかがあるのでしょう。ユーファネートの好きにさせればいいわ。ああ、嬉しそうに噂をまき散らす貴族は記録に残しておきなさい。ユーファネートがなにかを見つけ、販売する際の判断材料にするわ」


 急成長するライネワルト侯爵家を妬む声は多く、マルグレートは諜報部隊を強化していた。その長からの報告を聞きながら笑う。何も知らない凡人。流行してからすり寄ってくる小物。それが手に取るように分かる今回のキノコのダンジョン直轄は、マルグレートにすればありがたい話であった。


「それにしても諜報部隊に領地を与えるなんてユーファネートが言った時は驚いたけど」


 諜報部隊の強化を希は提案しており、地位の低かった一族に村を一つ与えると、驚くほどの効果があった。


「まさか、ここまで忠誠度が上がるとは思わなかったわ」


「当然でございます。我ら一族は身体能力と命を切り売りしながら生き延びてきた一族でございます。侯爵家の皆様方には拾って頂いた恩がありますが、お嬢様の提案でさらに奉公する者が増えております」


 一族の長で、表向きは侍女長を務めている女性が嬉しそうに話す。マルグレートは女性の嬉しそうな顔を見ながら、効果が絶大であったことを確信していた。


「まさか領地の一部を譲って頂けるとは。今まで全国に散らばっていた一族の者達が村に続々と集まってきております。その地で得た情報を手土産に。後ほどマルグレート様に提出いたします。我ら、影の一族は生涯ライネワルト侯爵家に忠誠を改めて誓わせて頂きます」


「そんなに困窮しているなら早く言ってくれれば良かったのに。ラーレとは友達だと思っていたのよ?」


「もったいないお言葉です奥様。ですが我らは満足していたのですよ。他の貴族に比べて高給で雇って下さるのはライネワルト侯爵家だけですから。不満を持つ者は居りませんでした。ですがお嬢様が、そこまで我らの事を考えてくださっていたなんて」


 ラーレの一族は侯爵家だけでなく希にも恩義を感じ、今回のキノコのダンジョンを巡る貴族界の情報収集を自主的に行っていた。そしてマルグレートが命じると、情報が報告される状態であった。


「あの子のお陰で、マーレたちが凄く動いてくれるから私は助かったわ。それにしても今回のキノコのダンジョンをユーファネートはどうするつもりなのかしら。しばらくはキノコの魔物を増やして食材を集めるとは言っていたけど。しばらく目を離さないでちょうだい。勘がいい者がいたら横槍が入るかもしれないから」


「もちろんでございます。お嬢様は我らが救世主。なにがあろうとお嬢様自身も情報も守り切ってみせます。ところで奥様。紅茶に合う新作のクッキーをお嬢様から預かっておりますがいかがでしょうか?」


 ラーレの言葉にマルグレートは嬉しそうにしながら頷く。マルグレートが頷くのを見て、裏の顔から表の顔に戻ったマーレは侍女長として優雅な動作で紅茶をいれるのであった。


「ラーレも一緒しなさい。このクッキーは王都の喫茶店でも提供を始めましょう」


「またこれで王都の喫茶店に行列が出来るでしょうね」


 希が考えた新商品は二人の思い通り、喫茶店で提供さる事になりまたたく間に人気商品となっていった。


◇□◇□◇□

「分りました! 7日に一度の割合でキノコの魔物を狩れば良いのですね」


「ええ。そして出来る限りフィネも戦闘参加するのよ。でも、危なかったらすぐに逃げなさい」


 希とフィネが出会って1ヶ月が経とうとしていた。希が所有するキノコのダンジョンは希がお菓子をあげた幼女の母親がダンジョン管理者となり、フィネを始めとした女性達がキノコの魔物と戦うとなっていた。


 強力なユニークモンスターが出た場合に備え、フィネには希が持っていた中距離攻撃用の魔道具を渡しており、身の安全に注意が払われている。主人公ヒロインに傷を付けてなるものか。そんな希の強い想いが現れていた。


「セバスチャンさんが淹れる紅茶は絶品ですね。こんな美味しい紅茶を毎日飲めるユーファネート様が羨ましいです」


「お褒めにあずかり光栄ですフィネ様。ユーファネート様に全てを捧げるため鍛錬を積んでおります。ご友人とユーファネート様がお認めになられたフィネ様にお褒め頂けるのは至上の喜びでございます。これからも天使であるユーファネート様にご満足頂けるよう邁進まいしんしていく所存でございます」


「そ、そうですか。それにしても紅茶美味しー」


 紅茶の感想を述べたフィネに、セバスチャンが主人のユーファネートの為にいかに研鑽けんさんを積んでいるかを早口で力説する。全身も使って笑顔で希の素晴らしさを語るセバスチャンに、フィネは頬を引きらせ紅茶を飲む。


 セバスチャンの言動に慣れてしまった希は気にもせず、むしろ「嬉しいことを言ってくれるわねー」程度で流しながら紅茶を飲んでいたいが、ふと思い出したことがあったのでフィネに確認する。


「そういえばフィネは、夢でお兄様と私以外にあったの?」


「えっと……そうですね。ユーファネート様とギュンター様は確実に居ましたね。ユーファネート様の背後に立っているセバスチャンさんも居ました! 後はちょっと覚えてないです。あ、このクッキーも美味しい!」


 美味しそうにクッキーを頬張るフィネが希の問いかけに軽く首をかしげ答える。首をかしげる仕草も可愛いわね。そう思いながら話をきいていた希だが、改まって真剣な顔になるとフィネに話しかけた。


「ねえ、フィネ。私に雇われる気はない?」

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