第13話 出会いは突然やってくる?

 希が「へんしんすーる」を農作業服で使っている事に苦笑していると、ギュンターが照れくさそうに腕輪を取り出しユーファネートに手渡した。


「ほらよ」


「お兄様?」


「お前の「へんしんすーる」だ。冒険者の必須アイテムと聞いたが、貴族が使ってもいいだろう。農作業をする際に重宝するんだよ。まさに今みたいにな。殿下を出迎える直前まで作業が出来る。ユーファネートの作業着も入れておいたぞ」


 誇らしそうな顔で胸を張るギュンターから腕輪を受け取り眺める。ギュンターの「へんしんすーる」は意匠が凝っているが、自分の手首にある腕輪は味気なく、鈍く光っているだけであった。


 ギュンダーは自分の指輪と意匠が違うと何度も見比べ、なにか言いたげな希の様子を見て笑う。


「「へんしんすーる」は初回装着時にイメージすればデザインが変わる。だから、装着する際は気を付けろよ。事前にデザイン案を用意しておいた方がいいだろうな」


「え? そんなフレーバーテキスト見た事ないんだけど……。裏設定であったのかな? ありがとうございますお兄様。早速装着しますね。デザインはすぐに思いつきました。使用人の話ではレオンハルト様は、もう少し時間が掛かるそうなので、私もお手伝いしますわ」


 希は腕輪を装着するとさっそくイメージする。腕輪が鈍く光り始め、輝きを失うと、そこには剣と杖が交差したライネワルト侯爵家の家紋に薔薇が散りばめられている腕輪となった。


「侯爵家の腕輪だと分かりますわ」


「おお! いいデザインじゃないか」


 ギュンターが希の腕輪を見て感心した表情を浮かべる。ギュンターの腕輪は獅子を中心に雷が走っているデザインで、そばで控えるセバスチャンが「さすがはご兄妹です」と賛辞を送っていた。


「本当はレオンハルト殿下が帰られてから渡そうと思ったんだけどな。手伝ってくれるのはいいが、化粧落ちないか?」



 腕輪を渡したものの、ドレス姿で化粧もしており、いくらすぐに着替えられるとはいっても、農作業をすれば汗も出るし汚れる。心配になりながら声をかけたギュンダーに希とセバスチャンが答えた。


「大丈夫ですわ。来られれば誰かが連絡をくれるでしょうし、レオンハルト様も馬車から降りて応接間に行くまでに時間はあるでしょうから」


「化粧は私にお任せください」


 セバスチャンはこの3週間で化粧の教育も受けており、先日粗相そそうをしたマリーナから教えを受けていた。マリーナも名誉挽回するために真摯に対応をしており、セバスチャンの化粧スキルは劇的に上がっている。


「ユーファネートがそこまで考えているなら大丈夫か。ちょうど腐葉土をまこうと思っていたんだ」


「領民への落花生配布も順調にいっているのですよね」


「ああ、まだ収穫まではたどり着いていないが、順調に作付面積は増えていっているぞ。各家庭の庭で作ってくれているようだな」


 ギュンダーが首にかけたタオルで汗を拭いながら破顔する。自分の行動が認められているのがよほど嬉しいようだ。そんな嬉しそうな顔をしているギュンダーから、いい匂いがしてくる。


「シトラス系の匂い? お兄様、香水されているのですか?」


「ん? 香水なんて子供がするには早いだろう?」


「え?」


「ん?」


 ギュンダーと顔を見合わせてお互いに首を傾げる。そして希は内心で驚愕の表情を浮かべる。


(シトラスってギュンダーの好感度が愛情度に切り替わった時に出る匂いじゃん! 確かに最近、仲良くなったてるけどさ。すでに好感度マックスだったなんて)


 希はギュンダーに近付くとクンクンと鼻を動かす。驚いたのはギュンダーである。いきなりユーファネートが近づいたと思ったら首筋を嗅ぎ始めたのだ。


「お、おい」


「いい匂い。セバスチャンのサボン系の香りもいいけど、ギュンダーのシトラス系も捨てがたい」


 なにやらぶつぶつと言いながら幸せそうな顔をしているユーファネートの顔が間近にあり、ギュンダーの心拍数が上がる。普段は化粧をしていない顔を見慣れているため、今日のようにキッチリと化粧をされていると、まるで別人のように見える。


「おい、くっつくなよ」


「あ、そうですわね。ごめんなさいお兄様」


 寂しそうに身体を離すユーファネートをなぜか残念そうに見ながら、ギュンダーはかぶりを振って動悸を落ち着かせようとしていた。気持ちを落ち着かせようとしているギュンダーに気付くことなく、希は腕輪に意識を向けて魔力を流す。


「あ、本当に作業着が入ってる」


 腕輪の中に作業服があったので、希はためらいなく選ぶ。すると眩い光が周囲を照らし、光が収まると作業服を着たユーファネートがそこにいた。そんな希の姿をセバスチャンが目を輝かせて呟く。


「どのような格好をされてもユーファネート様は神々しい」


「あら、ありがとう。セバスチャンもいつも素敵よ」


「セバスチャン。お前だいぶんおかしいぞ?」


 恍惚としたセバスチャンの表情に、気持ちを落ち着かせたのかギュンターが若干引き気味になりながらもツッコんでいた。


「ギュンダー様はユーファネート様のお姿を見てなんとも思われないのですか?」


「は? な、なに言ってんだよ。妹だぞ。最近は可愛くなったとは思うけどさ」


 真剣な表情のセバスチャンと、再び顔を赤くするギュンダー。そんな二人のやり取りに気付かず、希は時間はあまりないと慣れた手つきでくわを振り始める。


「農作業も慣れてきたわね。これで薔薇の令嬢なんて言わせないわ」


 深窓の令嬢とは程遠い姿と行動に希は満足げな表情で一旦手を止める。無駄にハイスペックなユーファネートの身体能力で作業をしており、気づけばギュンターも一心不乱に鍬を振るっていた。


「ユーファネート様。1時間ほど経っております。そろそろ休憩を」


 セバスチャンが懐中時計を見ながら声を掛かけてきた。


「あら、もうそんな時間が経ったのね。それにしてもレオンハルト様の到着は思ったよりも遅れているのね」


「そうみたいだな。泥だらけだから着替えよう。さすがにもう来られるだろう」


 ギュンターがそう言いながら汗を拭うと、セバスチャンに渡された冷やされた紅茶を一気に飲み腕輪に魔力を通す。侯爵家の嫡男が着るに相応しい服装に戻り、用意された椅子に座って希に声をかける。


「ユーファネートも早く――え゛?」


「お兄様? 随分と面白い面構えになっておりますわよ? なぜそんなに震えて? 後ろを見ろ? 背後になにがありま――」


 ギュンターが口をパクパクとさせ一点を指さす。イケメンって間抜け面も格好いいのね。そんな兄の姿を眺めつつ、さされた指先を見るために振り返った希。


「え゛?」


 そしてギュンターと同じく口をパクパクとさせて硬直する。そこには青筋を立て仁王立ちでする母のマルグレートと、額に手を添えてため息を吐いく父のアルベリヒがいた。


 そして、両親以外にも人影が見える。


「面白い格好だね。ライネワルト侯爵家の庭園は素晴らしいと聞いたけど、こんな面白いものが見れるなんて」


 両親の横に立つ少年が笑顔でユーファネートに話し掛けてきた。希はその声に反応出来ずに固まったままだ。愛してやまない最推しが立ち姿で、ましてや自分に声をかけている。


「息が止まりそう。もう召されてもいい」


 何とか絞り出した言葉は推しを見た感想だった。そして呆然としていると、そっと近づいてきたセバスチャンが軽く咳ばらいしながら「ユーファネート様。レオンハルト様でございます」と声をかける。


「知ってる」


 セバスチャンの声に答えながら慌ててだす。なぜ誰も教えてくれなかったの? 裏庭になんでレオンハルト様が? レオン様ってやっぱり格好いい。推しに会えた今日はなんの記念日にする? いやいや、それよりもお母さまが般若になってて怖いわ。


 混乱しながらつむぎだされた言葉は単純だった。


「なんで?」


「あなたに少しでも早くお会いしたかったからですよ。ユーファネート嬢。お元気そうでなによりだ」


 作業着姿の希を楽しそうに見ながら爽やかに笑う少年。レオンハルト・ライネルトとの出会いは唐突であった。



君☆公式情報

【レオンハルト・ライネルト】

 シリーズ全てに登場する重要キャラクターです。ライネルト王国の第一王子で、最初は主人公ヒロインとの接点は少なく、出会うのも難しいでしょう。また出会ってからも自己研鑽は必須です。


 レオンハルトは完璧人間です。周囲にも自分と同じレベルを求めてしまい、いつも落胆しています。ですが表面上は爽やかな笑顔のままです。たとえ意見が合わなくても、自分の考えを持つ者を好む傾向にあります。


 趣味は読書と紅茶。図書館や学院の裏庭、王都の隠れ家カフェなどで読書をしている姿を見かけることもあるでしょう。

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