黒幕令嬢に転生?それより推し活していいですか?

うっちー(羽智 遊紀)

プロローグ

第1話 薔薇の令嬢

薔薇の令嬢ユーファネート=ライネワルト


 ちまたで人気のゲーム「君☆(ほし)」に登場する黒幕令嬢である。様々なジャンル展開がされており、それぞれに主人公ヒロインとメインキャラが登場するが、ジャンル共通で必ず登場する恋敵ライバルがいた。


 ユーファネート=ライネワルトである。


 薔薇の令嬢と呼ばれるライネワルト侯爵家の令嬢であり、持ち合わせる権力と財力を使って全ての主人公ヒロインに妨害を仕掛けてくる。やり方は陰湿であり、自らが表に出ることはなく、侯爵令嬢の力で圧力をかけてくる。


 主人公ヒロインは、自身のステータスとメインキャラとの友好度を上げながら成長をしていき、最終的にユーファネートを断罪する。それはジャンル共通の内容であった。


 恋愛シミュレーションゲームに育成ゲーム、カードゲーム、アクションやMMORPG、リズムゲームやシューティングまであり、ユーザーから「絞れよ!」とツッコまれるほど多種多様なジャンル展開がされている。


 そんな「君☆(ほし)」にドハマりしている少女がいた。


 ◇□◇□◇□


「かー! ここで登場するのね薔薇の令嬢! あ? 『なんて無知な娘でしょう。高貴なる私が貴族との付き合いを教えて差し上げますわ』だと? お前は要らん! さっさとレオン様との友好度を上げさせて――きゃーレオンさまー!」


 冷めた紅茶を一気に飲み、悪態を吐いていた塚望つかもち のぞみだが、画面に金髪の男性が現れると歓声をあげる。興奮の先には、彼女の推しキャラであるライナルト王国第1王子レオンハルト・ライナルトが画面におり、主人公ヒロインを庇い、薔薇の令嬢ユーファネートをにらみつけていた。


「くー! 最新作『我が心を君に届ける☆ 貴方が心を捧げるのは誰?』最高じゃない! レオン様無双があるって情報に間違いはなかった。薔薇の令嬢ユーファネートを見る冷徹で冷酷な目! くくく! あのユーファネートが悔しそうな顔をするなんて最高ね。さあ、ここから大逆転よ」


 熱がこもった視線でレオンハルトを眺める希だが、気合いを入れ直すと次々とイベントを消化していく。画面が切り替わり、教室でユーファネートが主人公ヒロインを取り囲むシーンになると顔をしかめた。


『レオンハルト様。なぜ邪魔をするのです。この娘は薔薇の美しさも気品も持ち合わせておりませんわ。平民なら落花生程度がお似合いだと言っているのです』


「落花生バカにすんなユーファネート! 薔薇なんて棘だらけじゃない。このイベントが終わったら落花生を買ってきて―― あれ? 急に眩暈めまいが――」


 画面に向かって悪態あくたいをついていた希だが、突然身体が前後左右に揺れだしたと同時に意識が遠のいていくのを感じ、そして意識が暗転ブラックアウトした。


 ◇□◇□◇□


「え? ここどこ?」


 がばっと体を起こした希は周囲を見て困惑する。先程まで君☆最新作『我が心を君に届ける☆ 貴方が心を捧げるのは誰?』をしていたはずなのに、布団の中にいるのだ。

 しかもかなり立派な羽毛布団。こんな高級布団なんて持ってたっけ? そんなことを思いながら、希は布団から身体を起こす。


あいつが運んでくれたのかな? んなわけないか」


 困惑しつつ周囲を見る希だが、どうやらここは自室でなく、大きな部屋である事に気付く。そして壁に飾られた微笑む金髪少女の肖像画に釘付けとなった。


「綺麗な子。薔薇の令嬢ユーファネートの子供時代みたい。もしこれがユーファネートで、このまま大人になれば、レオンハルト様に婚約廃棄されずに幸せになれと思うよ」


 そんな感想を呟きながら希はベッドから降りると軽く伸びをして違和感に気づく。普段なら肩こりや頭痛が襲ってくるのだが、とにかく軽く動けるのだ。いい布団で寝ると調子が良くなるのかな。そんなことを考えながら希はストレッチを始める。


「それにしてもどこのセレブな家なのよ?」


 希は豪華な家具を一通り眺めて呆れる。しかもこの部屋だけで自宅のリビング以上はある。寝ていたベッドへ何気に視線を送ると天蓋が付いており、どれだけ価値があるかすら見当も付かない。


「本当にここどこよ? あ、ひょっとして夢なの――」


「お嬢様!? お目覚めになられたのですね!」


 夢にしてはリアルだなー。そんなことを思いながら部屋の中を眺めていた希だが、静かに部屋へ入ってきた女性の叫び声に驚いて入口に視線を向ける。


「きゃっ! な、なに?」


 振り向いた先には手を口に当て涙を浮かべた年老いたメイド姿の女性がいた。女性は目を潤ませており、なにごとかと首を傾げる希に近づく。


「お加減はいかがでしょうか? お目覚めになられて本当に良かった。お嬢様の身に何かあれば――」


「お嬢様? ひょっとして私?」


 目の前にいる年老いた女性は自分を「お嬢様」と呼んでいる。自分は一般庶民だ。そう思いながらも自分を指さすと、女性は顔を曇らせた。


「記憶の混濁こんだくかしら? あの高熱なら仕方ないのかもしれません。まだお休みくださいお嬢様。すぐに医者と回復魔法の使い手を呼んで参ります」


「回復魔法? 魔法? いや、そんな私は大丈夫っすよ」


 日常会話で聞くことがない単語に思わず反応する希だが、女性は慌てたように部屋にいる少年に声をかける。どうやら年老いた女性と一緒にやってきたようだ。


「セバスチャン」


「メイド長はお嬢様がお目覚めになられたと旦那様と奥様にお伝えください」


「ええ、そうね。お医者様だけじゃだめね。お二人とも、それはもう心配なさってたものね。セバスに後は任せます。粗相そそうがないように」


「はい、お任せください」


 年老いた女性はメイド長だったのね。じゃあメイドさんもいっぱいいるんだろうなー。そんな単純な感想が思い浮かばない希が2人をなんとなく眺めていると、年老いた女性は一礼して勢いよく駆けだしていった。


「メイド長って走っていいのかな?」


 走り去るメイド長の後姿を眺めていた希だが、近づいてきた少年に視線を移すと固まった。


「え? セバスチャン・コールウェル?」


「はい。お嬢様」


 胸に手を当てる少年を見て希は混乱した。名前を呼ばれたままの放置状態に不思議そうにするセバスチャンだが、希の手を取ると優しくベッドまで連れて行き、右手に魔力を集め回復魔法を唱えだした。


『神の名において、この者の疲れを癒したまえ』


「これが回復魔法なの? え? まじ魔法??」


「少しは落ち着かれたでしょうか?」


 そう言いながらセバスチャンが何度も回復魔法を唱える。希は自分の目の前でひざまずき回復魔法を唱え続ける少年を眺めていた。


「なんでセバスチャンが子供? そうか! 願望を夢がかなえてくれたのね! 推しの1人であるセバスチャンが幼少姿で出てくるなんて最高じゃない!」


 ニマニマとしていた希だが、ふとセバスチャンが握っている自身の手が小さい事。そして視線に入った自身の髪がいつもと違う色に気付き血相を変える。


「鏡を! 鏡を持ってきて!」


「どうぞお嬢様」


 近くにあった手鏡を渡すセバスチャンへの礼もそこそこに希は、奪い取った手鏡に映る姿を見て身体と声を震えさせ始めた。


「薔薇の令嬢ユーファネート・ライネワルトじゃん」


 さっきまで「君☆」で悪態を吐き、ざまぁを見て喜んでいた相手。握りしめた手鏡には年若い薔薇の令嬢ユーファネートが困惑顔した表情で写っていた。


「なんでユーファネートなのよ。どうせ夢なら主人公ヒロインにしてよ!」


 思わず希は全力で叫ぶのであった。


君☆公式情報

【ユーファネート・ライネワルト】

 「君☆(きみほし)」シリーズ全てに登場する黒幕令嬢です。

 平民への敵愾心が強く、貴族第一主義です。君☆シリーズ全てにおいて学院へ通っており、高貴な自分が平民と同じ場所にいることに不快を持っています。物語全般で主人公ヒロインに様々な妨害や嫌がらせをしてきます。

 彼女は薔薇の令嬢と呼ばれており、美貌と学力、豊富な魔力を持ち、侯爵令嬢との強大な権力もあります。またライネワルト侯爵家次女であり、ライナルト王国第1王子レオンハルトの婚約者として登場します。

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