ひえー。はわわ。ふえぇ……。
「白石くん、B-6地点に要救助者一名。怪我をして動けないようだ、すぐに向かってくれ」
ひえー。
「白石くん、次はA-4だ。探索者が魔物と交戦中、負傷者多数。応援を頼めるか?」
はわ、はわわ。
「白石くん、そいつは後回しだ! もう一人の出血が激しい!」
ふえぇ……。
:急に慌ただしくなってきた
:お嬢、ずっとわたわたしてる
:慌てつつもここまでノーミス
:危なっかしいのは態度だけか?
:手付きは淀みないのに、何でこんなにわたわたしてるんだ
だって、そんなこと言われても……。
とにかく必死で、無我夢中だった。私の頭はぐるぐるだ。
初めての災害救助は慌ただしく、まさしく鉄火場と呼ぶにふさわしい目まぐるしさがあったけれど、それ以上に。
「白石くん」
「は、はい!」
「少し落ち着け」
「……すみません」
……こんな風に叱責するこの人が、私のぐるぐるの元凶だったりする。
:まあ、ずっと通話繋ぎっぱなしだからな……
:※お嬢の耳元ではずっと人の声がしています
:それがどうしたんだよ
:お嬢に通話なんてできるわけないだろ!
:いきなり通話なんて、お嬢には刺激が強すぎる
:この子は文通くらいの緩やかなコミュニケーションから慣れさせてあげないといけなかったのに
:オペレーターさん、意思伝達は狼煙でお願いできませんか?
:お前らお嬢のことなんだと思ってんの?
……こいつら、いくらなんでも私のこと舐めすぎじゃないか。
私だって、できるぞ、通話くらい。ただ三十秒以上になると頭がぐるぐるしてくるから、それ以上はちょっとわかんないけど……。
だいたい、電話って強制的に一対一になるのがよくないと思うんだ。相手が話したら次は自分が話さなきゃいけないじゃないか。あの有無を言わせぬテンポ感ってやつが、どうにも私は好きになれない。
すべては電話を生み出した奴らが悪い。ベルとエジソンとメウィッチが悪いんだ。私悪くない。
とにかく一度落ち着こう。深呼吸を一回、二回。
……よし。
「白石くん」
「行けます。次は、どこですか?」
「狼煙の方がよかったか」
「……もしかして、配信見てます?」
「すまない。そちらの状況を把握するのに有用だった」
……いにゃぁぁぁぁぁぁぁああああああ(声にならない悲鳴)
あっ……あっ……あっ……(嗚咽)
ひぐっ……うっ……うえぇぇぇ…………(啼泣)
:なんだなんだ、急に苦しみだしたぞ
:今日のお嬢は奇行が目立つなぁ
:奇行助かる
:もしかしてオペレーターさんに配信見られた?
:お前らが変なコメントばっかりするから
:ぼくはクソコメしてないです本当です
:連帯責任なんだよなぁ
頼むから黙っててほしかった。
普段コメントなんて気にしたこともなかったけど、人に見られていると知ると急に恥ずかしくなってくる。
せめてお仕事する時だけは、きちんとした姿を見せようって思ってたのに……。
「君は、そうか。コミュニケーションが苦手なんだったな。すまない、聞いてはいたが失念していた」
「……なら、通話切ってもよかですか」
「それはダメだ。次の要請が来た、すぐに向かってくれ」
「……行きます」
……この人。気遣いとか、そういうのはないのだろうか。
この状況でそんなこと言ってられないのはわかってる。だけど、少しくらいは遠慮してほしいと思わずにはいられなかった。
*****
狭い坑道に、烈風が吹き荒れる。
荒れ狂う風は坑道の壁に当たり、跳ね返り、乱気流を生む。不規則でけたたましい烈風は空間の風を四方八方にかき回し、洗濯機の中に放り込まれたような混沌を生み出した。
少しして、烈風は坑道の奥へと吹き抜けていく。後に残されたのは、乱気流に飲まれて目を回した、コウモリ型の魔物たちだけだった。
「すごい……」
助けた探索者の呟きが背中に届く。やりづらさを感じつつ、私は風降ろしのシリンダーをポーチに戻した。
:こうしてみると強いな、風降ろし
:風降ろしは対空特攻だから
:効果範囲広いし即効性あるし、使い勝手いいよ
:拘束魔法にしては拘束力が弱いのが難点
:それ致命的じゃない?
飛行能力を喪失したコウモリたち、ざっと四匹。一匹ずつ頭を踏み潰せば、戦闘はおしまい。
さて、ここまでは簡単なお仕事。ここからが難しい方のお仕事だ。
「無事?」
振り向いて、探索者たちに声をかける。
今回助けたのは団体さんだ。初心者っぽい少年が三人、少し慣れてそうな少女が一人。
……全部で四人。知らない人たちに声をかけるのって、なんでこう緊張するんだろう。
「ご助力感謝いたします。おかげで、助かりました」
「怪我は?」
「私は無事です。ただ……」
迷宮慣れしていそうな少女は、床に座り込んでいる初心者たちに目を向ける。
そのうちの一人。まだ年端も行かない少年の腹が食い破られ、内臓がてろりとはみ出ていた。
横腹から胸にかけて走る咬傷。出血量もおびただしく、体中の血が全部出てしまったのかというくらい、当たり一面血まみれだ。
だけど、まだ生きている。
「ふむ」
:ふむではないが
:あの、もう一度聞きたいんですけど、倫理フィルターとかって
:そんなもんはない
:モロでいったのか、かわいそうに
:大丈夫か? これ
これはちょっと、深そうだ。
それに運も悪い。この少年も成りかけだ。まだ体が完全に魔力に順応しきっていない。
傷の具合を確認しつつ、救急キットを手元に用意する。
回復魔法抜きでなんとかなるか……? いや、応急処置だけでは限界がある。この深さの傷を止血するには、回復魔法の使用は必要不可欠だ。
「何回目?」
「え、え、何がっすか?」
「探索経験。この子の」
「あ、はい。こいつはこれが二回目です!」
近くにいた別の初心者がそう答える。二回目か。それなら、まだ。
風祝のシリンダーを救急キットの隣に置く。全力で回復魔法をかけるわけにはいかないが、まったく使えないってわけではない。
:やるんか
:初心者に使って大丈夫?
:でも、このままだとどのみち死ぬし
:一か八かか
:頼む、なんとかなってくれ……
「大丈夫だ、白石くん」
「い゛っ」
:なんだ今の声
:なんかすげー音したけど
……びっくりした。集中してるのに、急に話しかけないでほしい。
「見た目ほど酷くないはずだ。ドローンを近づけられるか?」
言われた通りにドローンを操作し、傷口に近づける。
しかし、ここは薄暗い坑道だ。壁掛けのLEDライトがあるけれど、それだけでは少し見づらいかもしれない。
「照らします」
探索者の少女が、私の隣で懐中電灯をつけてくれた。
薄暗い坑道の中、彼の内臓が明るく照らし出される。助かった。これなら映像越しでもよく見えるはずだ。
:ひえっ
:ナイスアシストだけどぉ!!!
:配信的には、その、あのですね
:医療ドラマでも見ねえよこんな画
:人命救助だ、文句言うな
コメント欄が加速したのは視界の端に映っていたけれど、目を通す余裕はなかった。
「見たところ、臓器に大きな損傷はない。腹筋が止めてくれたようだな。これなら止血すればなんとかなるぞ」
了解です。
手袋をはめて内臓を腹の中に押し戻し、傷口にパッドを当てて固定する。血さえ止めれば、人体ってやつは案外なんとかなるものだ。
「お、俺……。このまま、死んじまうん、すかね……」
驚いたことに、少年にはまだ意識があった。
意識があるうちはまだ大丈夫。顔色は青白く、本人も弱っているようだけど、すぐに死にはしない。
「はは……。無理そう、なんすね。だって、黙ってるってことは、そういうことじゃないすか……いづっ」
「違う」
「いや、いいんす。自分のことは、自分で、よくわかってるんで……。くそっ、ついてねえな、ちくしょう……」
「あの」
「やべえな、母ちゃんに怒られちまう……。まだ、なんの孝行も、できてねぇのに……」
よく喋るやつだな……。
固定しているうちに出血の勢いは弱まってきた。これなら多分なんとかなると思うんだけど、まあ、本人にはわからないか。
なんとか言って安心させてあげるべきなんだろうけれど、こういう時に気の利いた言葉が出てくるはずもなく。
「大丈夫ですよ。これくらいじゃ、あなたは死にません」
代わりに答えてくれたのは、ライトを照らしてくれている女の子だった。
「安心してください。もっとお腹の中ぐちゃぐちゃにされたって、この人は生きて帰してくれます。――そうですよね?」
彼女は、私ににこりと微笑みかける。
今になって気づいたが、どこかで見覚えのある顔だった。
:誰だっけ、この人
:めちゃくちゃ見覚えあるんだけど名前が出てこない
:つい最近、どっかで見たような
コメント欄もざわついている。彼らにも見覚えがあるらしい。
気になるけれど、今は救助が優先だ。
片手で圧迫を続けながら、風祝のシリンダーを手に取る。慎重に魔力を通すと、周囲にふわりと風が広がった。
必要なのは繊細な魔力コントロール。針の穴を通すように、細心の注意をはらって魔法を行使する。
「耐えて」
「うっ……ぐ、ぁっ……」
癒しの風が少年の体を包み込む。すべてを治す必要はない。流れ出る血が止まれば、それでいい。
少年の体調を見ながら、風祝をかけ続ける。二秒、三秒、四秒――ここまで。
これ以上の魔法投与は彼の体が持たない。シリンダーへの魔力供給を切ると、広がる風はゆるやかに収まった。
「はっ……、はっ……」
「出血、止まりましたよ。すぐに死ぬことはないでしょう」
隣にいる彼女が、私の代わりに説明してくれた。
「死にそうなくらい、吐きそうなんすけど……」
「急性魔力中毒の症状ですね。死ぬよりはマシですよ」
「ははっ……。最高」
:ひえっ……
:なんとかなったの?
:魔力中毒かぁ、あれマジでキツいんだよな
:死ぬよりマシだけど死ぬほど辛い
ひとまず、応急処置はここまでだ。止血パッドをテープで固定してやれば、この場でできることはもうない。
後はいち早く彼を地上に搬送するだけ。私はポーチから折りたたみ担架を引っ張り出した。
:そのポーチ、担架まで入ってんのか
:四次元ポーチすげえな、俺もほしくなってきた
:あれいくらすんの?
:お嬢のポーチは三億ちょい
:たっっっっっっっっか
:ブランド品とかいうレベルじゃねえ……
「手伝います」
ありがたいことに、探索者の少女は当然のように助力を申し出てくれた。
その時になって、私はあらためて彼女のことを見た。
美しく流れるマリンブルーの髪に、抜けるように白い肌。すっと整った目鼻立ち。輝きを帯びた瞳はまるで宝石のようだ。
やはりこの人には見覚えがある。そう昔のことじゃない。つい最近、どこかで……。
「覚えてますか? 私のこと」
目が合うと、彼女は瑠璃のように微笑んだ。
「蒼灯すず。数日前、あなたに命を救われた、一人の探索者です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます