エースはまだ自分の限界を知らない[第十部A]Forever 魂の継承

草野猫彦

一章 まどろみの中から

第1話 そしてまた始まる

 大介がキャンプの間は、ツインズはまだ千葉の実家にいるままである。

 そして昇馬は、白富東の面接を受けている。

 留学生と帰国子女枠ということで、純粋な学力を日本語で判断するのは無理がある。

 なので特別にテストをして、また面接などで人柄も確認しようというものであるのだ。

 このあたり、コネがある程度は利いてくる。

 とは言っても不正なものではなく、純粋に両親の在籍時代の活躍なのだ。


 昇馬は野生児のように思えるかもしれないが、そもそも両親の地頭の良さを考えれば、勉強が出来ないということもない。

 英語がネイティブに喋れるということは、立派なアピールポイントだ。

 日本語に関しても、おおよそ中学生レベルには達している。

 だいたいマンガを読んでいたおかげである。

 小学生レベルの漢字を読めるようにするには、幼児向けのマンガを読ませるのが効果的である。

 これは佐藤家の、経験からの知識である。


 また日本に帰国してからも、学校の部活動経験はもちろんないが、アメリカ時代は各種スポーツをしていた。

 日本に帰国後はシニアのクラブチームで全国大会へ出場。

 どちらかというと運動面での業績が目立つ。

 ただ帰国子女枠としてならば、充分に合格の圏内であろう。


 色々と終わったが、基本的にこれで昇馬は白富東に進むはずだ。

 これに対して真琴はまだ、最後の追い込みをかけている。

 おそらく余裕で合格圏なのだが、それでももう一つの滑り止めを受けておく。

 地元の私立と、埼玉の私立。

 これはどちらも合格したが、白富東が第一志望なのである。




 冬の山を棍棒と鉈を持って、昇馬は歩く。

 ここのところ山の手入れをしているため、色々と山の幸が手に入ったりするのだ。

 下生えを処理したり、罠の場所を巡ったり。

 実家の山だけではなく、近隣の家の持ち物である山も、巡っては手入れをしている。

 戦後すぐの頃などは、農地解放で没落した地主にとっては、山というのは立派な財産であった。

 しかしそれも、林業が下火になるまで。

 今では塩漬けの不動産、というのもちょっと変わってきている。


 単純に林業の需要が、少し戻ってきているというのもある。

 あとは国の制度で、活用方が変わってきたというのもある。

 数年前にメガソーラーパネルなどを無理に設置して、山崩れが起きた事件から、山林に対して補助金が出たというのがある。

 木材の需要が、輸入価格の高騰により、国内に回帰してきているというのも確かだ。

(伯父さんが相続するんだろうけど……)

 自分がほしいな、と思っている昇馬である。


 日本では多くの人間が、目を背けるであろうハンティング。

 別に欧米だけではなく、むしろ世界的に今でもメジャーな存在だ。

 それにもヴィーガンはケチをつけてきたりするが。

 純粋に猪や鹿は殺さなければ、ヴィーガンの食べる植物性の食料も、餌として食べられてしまうのだ。


 あとは単純に、楽しいということもある。

 昇馬は大介の息子であるが、同時に倫理観のバグったあのツインズの息子でもあるのだ。

(昔はマタギが職業として成り立っていたそうだけど)

 今ではさすがにもう、熊をし止めてもさほどの金にならないそうだ。

 だが昇馬はもし、野球をやったとすると、そのオフシーズンには体が空く。

 ならばその間に、山の管理をすればいいのではないか。

(誰かがやらなければいけないことなんだろうけど、こういうことは母さんたち……いや、先に伯父さんに確認かな)

 昇馬の心の故郷も、この土地になるのかもしれない。




 二月の下旬に、千葉県の今年の公立校の入試は行われる。

 そして三月の上旬に合格発表なわけだが、それまで昇馬が暇をしているのももったいない話である。

 そんな彼が目をつけたのは、鷺北シニアであった。

 実力的には既に、社会人のクラブチームに入った方がいいのが昇馬である。

 だが来年以降の戦力を考えれば、戦力は確保しておくべきだろう。


 真琴と聖子の一歳年下で、二年生ながら鷺北の打線の中心であった西和真。

 母親同士が同じ高校出身ということで、聖子とは仲がいい。

 それを来年は引き抜こうと、わざわざ自分が入学する前から、スカウト活動をしているのである。

 もっとも個人的には、自分自身の練習相手として選んでいるわけだが。


 あえて昇馬には言わなかったが、直史は彼のことを、既にプロでも通用するレベルだと、大介に対して評価していた。

 だがまだ伸び代が、かなり残っているとも感じる。

 身長の伸びがまだ終わってないというのもあるし、いきなりプロの世界など無茶がすぎる。

 成長中ということは、まだまだ関節などが柔らかく、耐久力が備わっていないということなのだ。


 高校の指導で、どれだけ伸びてくれるか。

 少なくともピッチングにおいては、高校一年次の武史を超えている。

 バッティングに関しても、長打力がかなり高い。

 ホームランを狙って打つあたりは、大介の身体能力を継承していると言ってもいいのではなかろうか。

 そんな怪物に目をつけられた和真は、はっきり言って運が悪かった。




 久しぶりの、明るい年明けであった。

 真琴と直史の関係も改善されたし、何よりも明史の手術が成功した。

 こういう時には悪いことが反動のように起こるのかもしれないが、むしろ今までがずっと悪いことばかりであったと思うべきであろう。

 瑞希はさすがに今年も、キャンプの様子を見に行ったりもせず、真琴の受験に付き合っている。

 直史がやっていた地元の法人の仕事を、法律に関することは処理していくのだ。


 あと何年、直史がプロの世界にいられるのか。

 もちろんそんなことは分からないが、長くはないだろう。

 せいぜい五年といったところで、それでも充分に長く投げたことになる。

 NPBにはレジェンド的に長く投げたピッチャーがいるが、直史は元々そこまで、圧倒的な身体能力や体力を持ってはいないのだ。

 大きな怪我をすれば、もう引退してもらう。

 それは直史も、当然ながら分かっていることだろう。


 本来ならば子供たちが、将来に対して両親の助言も必要とする年頃。

 それでも直史を、世界の方が求めてしまっているのだ。

 真琴はまだ女の子だったし、明史は病気があったが、これが男の子であったら、どういう期待を背負わされていたことか。

 そんなものを背負う義務はないのだが、おそらく明史は背負うことになるだろう。

 芯の部分で明史は、とても父親に似ているのだ。


 今年もまた、瑞希は直史の記録を残す。

 既にそれは記録と言うよりは、伝説と言ってもいいものであろうが。

 何しろ記録であるなら、客観的な数字だけでいい。

 それを本人の本心や、家族からの視点も含めて記録していく。

 直史は伝説の存在であるが、よりその実像ははっきりと分かるようになる。

 すると時代を経れば経るほど、単純なレジェンドではなくなるのだ。

 別に天才とか神とか、魔王とか呼ぶ必要はない。

 直史は直史だ。




 去年も来た二月の沖縄だが、よりはっきりと感じる。

 フロリダに比べると寒い。

 それはもう、仕方のないことではある。 

「昔はハワイでキャンプ張ってるチームもあったんだよな」

「タイタンズだっけか」

 大介は大原とだべっている。

 色々と間違っているが、生まれる前のことなどを詳しく知っていても仕方がない。

 ただなぜ国内キャンプになったのか、それについては知っている。

 経済効果の問題だ。


 沖縄や宮崎としては、プロ野球のキャンプが張られるというのは、単純にチームの選手とスタッフが移動してくるというわけではない。

 それに対するファンの動きなども活発であるし、そもそもスタッフのために必要な生活用品などが、どれだけ必要となることか。

 この経済効果が馬鹿にならないので、地方自治体は設備投資をして、キャンプの誘致に動いたのだ。


 単純に暖かいところでやった方がいいというなら、まさにハワイや、それこそ台湾に行ってもいい。 

 台湾のプロチームなどと対戦すれば、それはさぞいい経験になるだろう。

 あちらのトップレベルであれば、NPBにも匹敵する選手がいるのだ。

 それが果たされないのは、逆に暖かすぎるということもあるし、やはり国内の方が便利ということであろう。


 沖縄はいい場所だし、設備も揃っている。

 だがここにNPBの球団が新設されることはない。

 それは経済規模の問題もあるが、それ以上に交通手段の問題である。

 移動は必ず飛行機が必要となり、そして台風でもあればそもそも移動が出来ない。

 球団を作るにはそういう、物理的な無理が存在するのだ。




 沖縄の暖かさに、直史はMLBのスプリングトレーニングを思い出す。

 あの殺人的なスケジュールに耐えられる、基礎体力がなければまずMLBでは通用しない。

 単純に短期決戦の実力だけなら、まだまだMLBで通用するような選手はNPBにいるだろう。

 だがそういったスケジュールの違いに加えて、言語の違いや文化の違いなど、ストレスのかかる部分はかなり多い。

 それに耐えるメンタルが要求される。


 若いうちに挑戦するべきというのはそれだけ、若ければ適応力が高いということが挙げられる。

 もっとも30歳を過ぎてから充分な戦力になってしまう、雑草より生命力の強い人間もいたりするが。

 大介も直史も、20代の後半になってからの移籍であった。

 織田などは25歳で移籍したのが、今でもまだ現役でいられる理由なのかもしれない。

 あちらでは浮名を流したものだが、なかなか娘と会う機会が作れなくて泣いているとも聞く。


 実際のところ、あの頃に同じ空気を吸っていた人間が、もうほとんどいなくなっているか、あるいは指導する側に回ってしまっている。

 豊田がそうであるが、今からでも復帰してリリーフを出来ないものであろうか。

 もっとも豊田も、肘をやって引退したので、トミージョンをすれば復帰できたかもしれないのだ。

 年齢と治癒とリハビリの時間を考えて、引退を決めたのだが。


 プロを引退した選手でも、まだ台湾のリーグにいて頑張っている選手はいたりする。

 ただこの10数年は、圧倒的にMLBに進出する選手が多かった。

 NPBのレベルがそれだけ上がり、アメリカはそれを吸収するだけの舞台になった、とまで言った人間もいる。

 さすがに言い過ぎである。




 今の直史では、もう絶対にMLBでは通用しない。

 一人別行動を取ってもいい、とでも言われればある程度は活躍出来るかもしれないが。

 やはり体力と回復力が、もう致命的になくなっている。

 ある程度は負けても仕方ない、というピッチングでもいいなら、それはそこそこ投げられるかもしれない。

 だがそれではもう、直史のピッチングではないと言えるであろう。

 直史のピッチングというのは、たとえ実際はパーフェクトでなくても、パーフェクトを目指すものであるからだ。


 最初からそれをもう目指さないのは、直史のピッチングにも限界が来ているということだ。

 普通のピッチャーはそもそも、毎試合パーフェクトを目指すなどという意識自体がないのであるが。

(ただもう、モチベーションが低下してるからな)

 これはもう仕方のないことだろう。

 

 日本の球界の未来、などと言われたがそれは、あまりに抽象的過ぎるものだ。

 自分の役割がどういうものかさえ分からない。

 去年の直史は違った。

 かかっていたのは息子の命で、天秤の片方にそれが乗っていたからこそ、あそこまでの無茶をしたのだ。

 もっともポストシーズンの無茶は、必要なものではなかったとも言える。

 ならばなぜ、あのような無茶をしてしまったのか。


 壊れてしまえば、託された役目を果たすこともない。

 そして大介相手にならば、壊れても仕方ないと思った。

 試合後の検査などで確認すれば、もしあと一打席でもあったならば、壊れていたかもしれない。

 そう思うとあれは、自殺に近い逃避であったのではないか。

 もちろん直史には自殺願望などはなく、そういったものとは最も遠いところにいる。




 

 直史のやっていることは、それぞれの要素を見ていけば、他の人間では不可能なことは一つぐらいしかない。

 それは安定したジャイロボールを投げることである。ちなみにやや不安定という程度であれば、投げるピッチャーは出てきている。

 他はスピードも、ホップ成分も、フォームの微調整は人それぞれ、変化球も同じスローカーブを投げるピッチャーはいる。

 スライダーやツーシームなども、上回るピッチャーはいるのだ。

 なので重要なのは、コンビネーション。

 昔からずっと言ってきたし、言われてきたことでもある。


 キャンプ初日から、直史はみっちりとアップをした後、ピッチング練習に入る。

 ブルペンでは迫水を座らせる前に、ちゃんとキャッチボールからしていく。

 この練習は公開されているので、多くのカメラのシャッター音が響く。

 気にするピッチャーもいるのだろうが、直史は気にしない。

 20球ほどを投げて、今日は終わりにする。

 そして他のピッチャーを見て回るのだ。

 

 確認したところ、ストレートのスピードは145km/h。

 この時期ならば問題ない、という数値である。

 そもそも直史はもう、スピード自体にはあまり価値を見出していない。

 さすがに140km/hが出ないようになれば、もう限界であろうとは思うが。

「どうだ佐藤」

 開幕までにはどうにかしたい。

「今はまだなんとも」

 去年もそんなことを言っていた気がする貞本である。


 直史は今年の新人の中に、気になっているピッチャーが一人いたのだ。

 育成で一位指名した、まだ誕生日が来ていないので17歳の高校生。

 レックスはあまり育成では指名しないのだが、この年は一人だけ指名をしている。

 東東京の私立であり、学校自体はそこそこ強い。

 だが本人は全く無名であったのだ。




 育成指名の高卒ピッチャーが、一軍に帯同しているというだけで、珍しい話である。

 これもまた、大田鉄也案件である。

 高校時代は素行の悪さから完全に監督に干されていたため、野球からは離れようとしていたピッチャー。

 身長197cm、遠投130m、50m走6.0秒。

 怪物的な身体能力を誇り、一年目でクローザーを獲りに行く、と入団会見で豪語した素材。


 クローザーというのは簡単に務まるものではない。

 だがそんなビッグマウスだけの人間ではないと、現場の人間も判断した。

 初年の合同自主トレで、いきなり150km/h台後半をバンバンと投げてきたのだ。

 それでもさすがに、一年目は育成だろうと、誰もが思っていた。

 ただ一度、一軍の空気を感じさせよう。

 そう二軍のコーチが思ったため、キャンプ初日にはこちらに来ているのである。


 高卒の一年目がクローザーなど無理だろう、と直史は思わない。

 ワールドカップのU-18で直史は、唯一の二年生ピッチャーであったが、クローザーを任された。

 それは圧倒的な安定感があったからだ。

(もっともプロのクローザーは、安定感よりも爆発力の方が重要なんだろうけど)

 クローザーは後ろに誰もいない、という状況で投げるのだ。

 圧倒的な奪三振能力、そして臆さないメンタル。

 そういったものを持っていなければ、クローザーは出来ない。

(本当なら即戦力を外国人で取ってきてほしかったんだろうな)

 だが、これは逸材だ。

 ただ豊田だけで、これを育てるのは難しいだろう。

 しかしこの新人が、せめてリリーフとして使えたならば。

 



 大平広大。

 フィジカル面から大きな期待を受けているこの少年は、なんだか大介に似ているような気がしている直史である。

 もちろんピッチャーとバッターの違いはあるし、体格などもピッチャー向けで大介より30cmも大きい。

 球種はストレートとカットボール、そしてスプリット。

 基本的にはそのストレートで三振を奪っていく。

 スプリットがあるというのは、さすがにストレートだけでは通用しないと思われるからか。

 ただ現在の段階では、致命的な欠陥がある。


 コントロールの悪さだ。

 狙ったところに投げるコマンド能力以前に、ゾーンの中に入らないボールが多い。

 それはこのプロのマウンドでも同じことであるらしい。

「どう思う?」

 豊田にそう問われたが、普通の感覚ならばこれは、まだ二軍で育成とう段階であるだろう。

 しかし珍しくも育成でこれを獲得したのは、大正解であったかもしれない。


 直史はキャッチャー側のネット裏に行き、豊田と共にピッチングを見ていた。

 どうやら球種は本当は、ストレートとスプリットだけである。

 カットボールは単に、投げそこなったときの変化だ。

 ストレートの握りが、完全に固まっていない。

 そのため変なクセ球になっている。


 普通ならば修正するべきであろう。

 だがこういうものは、個性とした方がいいかもしれない。

 高校時代にまともな投球指導を受けてこなかったというのは、驚き以外の何者でもない。

 コントロールが悪いというのも、フォームが固まっていないからだろうか。

(けれどあの投げ方、チャップマンに似てるよな)

 同じサウスポーである、ということもあるが。

 既に充分な筋肉はあるようだが、球団のデータ班はどう判断しているのか。

 育成に口を出して、果たしていいものだろうか。




「いや、お前にこそ期待して、一軍キャンプに送り込んだんじゃないか?」

 コーチの報酬など年俸の内訳ではなかったが、どうやらそういう期待があるらしい。

「お前ほどの技巧派はリーグにいないし」

「そこはもう否定するのも馬鹿らしくなってきたんで否定しないけど……」

 技巧派と言っても、奪三振率もパワーピッチャーのクローザー並はあるのだ。

 いや、もっとはっきり言えば、ほぼトップレベルである。

 特に、ほしい時に三振を奪えるという点では、間違いなくトップであろう。


 しばらく見た後、最後に確認する。

「じゃあ、いいんだな」

「いじってみて、駄目そうなら長い目で見るさ」

 ピッチングコーチの了解を得たので、直史はまたブルペンに入る。

 そして指で長方形を作り、大平のフォームを観察する。

(再現性が低いな)

 ぴったりと狙ったコースに行くこともあるが、基本的には高めに浮く。

 いっそ最初から高めならば、その方がいいのだが。


 直史の視線に気づいたのか、大平のコントロールがさらに悪くなった。

 他人の視線に気づいてコントロールが悪くなるとは、体つきのわりに繊細であるのか。

 そう直史は思ったが、他の誰かならともかく、直史なのである。

 監督やピッチングコーチなどよりも、よほど意識して当たり前だろう。

 そのあたりやはり、直史は自己認識が歪んでいる。


 とりあえず大平のピッチングが終わったあたりで、直史は声をかけた。

「大平、いいかな」

「はい!」

 大きな図体を、緊張で細くしている。

 監督やコーチの指示に従わないとか言われて、実際に鉄也も扱いづらいと思ったらしいが、こう見ると素直そうに見える。

「ちょっと、歩きながら話そうか」

 そして直史は大平を連れ出す。




 歩くと言っても直史は歩くのが速い。

 ただ大平も、歩幅がそもそも直史よりも大きい。

「入団会見、前人未到の60セーブを目指すとか言ったんだってな」

「はい」

 こうやって二人で話しても、やや遠慮したところはあるが、自分の過去の言葉の言い訳などはしない。

「確かにうちは今クローザーが決まってなくて、去年のセットアッパーだったどちらかをクローザーに回す計画を立てている」

 先発とリリーフの違いはあっても、同じ投手陣ではある。

「だけどそれは厳しいかな、と俺は思っている」


 味方のピッチャーであっても、評価は正しくする。

 そもそもセットアッパーであれば、充分なピッチャーではあるのだ。

「だからクローザーが出来るなら、それに越したことはない。というわけで少しお前の適性を見て、鍛えてみようと思う」

 振り返って見てみれば、どうやら緊張のあまり硬直しているようである。

 なんだか充分に可愛いところもあるじゃないか、と直史は思った。

 だが普通なら、これが正しい反応なのである。


 直史としては、自分の実績も言っておく。

「おれは基本的には先発だけど、国際大会やポストシーズン、それとレギュラーシーズンでも試合によってはクローザーをしたことがある」

 むしろクローザーこそ合っている、と数字上からは出てくるのだ。

「MLBでは二ヶ月で30セーブした。これをNPBに当てはめたら、シーズンで90セーブになるかもな」

 さすがに試合日程が違うので、そこまでの数字にはならないが。




 直史は大平に向き直る。

「メディカルチェックは受けてると思うけど、もう身長の伸びは止まってるんだな?」

「はい」

 もちろんそうでなければ、まだ素材でしかない扱いをするべきだ。

 間もなく18歳と言っても、まだ17歳であるのだから。

 未成年に無理をさせることなど、直史は全く考えていない。

「クローザーに必要なものはなんだと思う?」

「回復力、肩を作る早さ、耐久力にここ一番の闘争心です!」

「間違ってはいないけど、どちらかというとメンタルは不動の方がいいな」

 何があっても動じない、というものが重要だと思うのだ。


 クローザーは試合の最後を締める役割である。

 打たれたら負けるという状況、それが特に優勝を決める試合であればどうか。

「ただそれは俺がそう思っているだけで、闘争心がパフォーマンスを十全に発揮させるなら、それも間違ってはいない」

 直史は基本的に、他者の価値観を尊重する。

 特にこれは、メンタルに関係することだからだ。

「ただ今の大平が、何よりも考えないといけないのは、コントロールだ」

 これに苦い顔をするあたり、何度も言われてきたのだろう。

「ど真ん中に投げればいい。あとは適当に散ってくれる」 

 こんな言い方は、されなかったであろうが。


 実際のところ、直史は他のピッチャーに、それほどの期待をしていない。

 ピッチャーのコントロールに、と言うべきであろうか。

 さすがにもう、自分のようなコントロールを、他人には期待しない。

 不可能であると分かっているからだ。

 もっとも大平の場合、コントロールは昇馬よりも悪かったが。


 このど真ん中付近に投げて、勝手に散るというピッチングは、本来先発向けの考えなのだ。

 クローザーには確実性が求められる。

 特に重要なのは、奪三振率もであるが、やはり与四球率。

 九回にランナーをフォアボールで出すというのは、それだけでもう最悪である。




 立ち話をしながら、直史は大平を観察した。

 体格においては上杉をも上回る。

 球速も17歳で150km/h台後半。

 170km/hオーバーだった上杉はともかく、160km/hがコンスタントに出れば、球威だけでクローザーが務まる。

 あとは精神的なものであるが、どうも事前に聞いていたより、大平からは謙虚さを感じさせる。


 なかなか合わないタイプの人間、というのはいるものだ。

 直史はそう理解しているのだが、大平から見れば天上のスーパースターが、気安く話しかけて期待してくれている、という状況である。

 これだけでさすがに、まだ高校在学中の17歳は、舞い上がってしまう。

「一番大事なのは、まず怪我をしないことだな。若いうちは怪我からの回復も早いけど、無理をすればすぐに怪我を……しそうにないな」

「故障とは全く無縁です」

 なるほど、鉄也が好みそうな選手だ。


 ただ大平の方にも、遠慮というものがあった。

「教えてもらえるのは大変嬉しいんですけど、佐藤さんは自分の調整はいいんですか?」

「まだ去年のダメージが抜けてないから、ぼちぼちやるさ。俺の状態を元に戻すより、お前を鍛えた方がチームの勝利にも関係してきそうだしな」

 40歳を超えて現役でいるというのは、そういうレベルなのである。

「あと、俺は名前で呼んでいいぞ。他のやつもナオさんって呼んでるだろ」

 今年も佐藤選手は、レックスの中に複数いるのだ。




 直史はまず、大平のメディカルデータを手に入れた。

 重要なのはまず、怪我をしないかどうかということだ。

 大平の骨端線は閉じている。つまり成長自体は終わっているということだ。

 この時期でも既に、157km/hなどという数字を出してきた。

 ただ問題はスピードではなく、どれだけ打ちにくいボールであるかということだ。

 もちろんスピードは一つの目安ではあるのだが。


 問題なのは球質だ。

 そして大平の場合、これがとてもよい。

 安定していないのだ。

「なんでそれがいいんですか?」

 素直に訊いてくる大平に、直史はこれまた普通に答える。

「綺麗な真っ直ぐばかりだと、打ちやすいのは分かるか?」

 少し?マークを出す大平に、直史はもう少し付け加える。

「お前のストレートは天然でムービング系のボールになってるんだ。……指摘しておいてなんだけど、本当はクローザーじゃなくて先発に向いてるな」

 ちなみにレックスは、先発もやや不足している。


 一応頭数はいるのだが、勝てなくてもイニングを食えるピッチャーが少ない。

 10勝10敗してくれるピッチャーがいれば、とてもありがたいのだが。

「ナオさんって、ベテランなのにすごく話しやすいですよね」

 そんなことも言ってきたが、直史には違和感しかない。

「俺はまだ、これがプロ九年目なんだが……あとそんなに年齢が変わらない娘とかもいるからな。反抗期がやっと終わってくれた」

 その反抗期の間に、壮絶なドラマがあったわけだが。


 大平はとりあえず、セットアッパーとして使える見通しはついてきた。

 クローザーほどの重要性ではないが、チームには必要なポジションだ。

(中継ぎからクローザーに、段階を追ってやらせていくべきかな)

 その間に直史は、自分の調整もしているのであった。



×××



 次話「育成」18時よりの公開に戻ります。


 ついに最終章っぽい第十部開始です。

 一気に星くれてもいいんやで!

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