第34話 「新たなる師匠……?」

 魔術街ベンターナの外れにひっそりと存在するバラック街の、そのまた外れ。

 煌びやかな学院はここになく、魔術の研鑽を行う学生も、ここにはない。

 かといって、混沌とした喧騒の中で、落ちぶれた魔術師が酒を飲んでいる様子もなく。

 

 常に曇り空のこの街には似つかわしくない程の草原が、ただ広がっていた。


「もうワタシへ会いにくるとは。さては暇なんですか、アナタは」

「人の財布にあんなよく分からん魔道具を仕込んでおいて、いざ来たら暇人扱いですか。握っただけで位置情報が脳内に叩き込まれた時は、流石に恐怖しましたよ」

「それは失礼、これでもワタシの気遣いだったのですが。ワタシの新しい居場所を伝えておけば、いつかアナタの助けになるかと思いましたから」


 小さな白い花に囲まれて、カルディアさんは無表情のまま俺と話す。

 

 感情も思惑も読めないが、助けてくれるのなら存分に助けを乞おう。

 この人は、間違いなく強い。

 生半可な手段では作る事すら叶わない、純粋な魔力の塊。

 それを自身の体にし、また自由自在に増やして動かしたり、水晶の欠片に情報を記録する事すら可能とは。


 俺は当然としてレクシーよりも強いだろうし、底の知れなさでは間違いなく師匠と同格だ。

 

「で、アナタ……確か名前はノベル、でしたか。ワタシにわざわざ会いに来た理由を教えてくれますか?今は、そんな事をしている余裕もないでしょう」

「カルディアさんが俺の事情をどれだけ知っているのかは知りませんが……猶予がないからこそ、貴方を訪ねたんですよ」

「あの数分でそこまで買っていただけるとは、嬉しいですね。それで?」


 俺がレクシーに勝つ為に、現時点で足りないもの。

 それはズバリ、圧倒的な火力を誇る切り札だ。

 そこで俺が出した結論は––––––––


「––––––––カルディアさんの水晶を使えば、最強の剣が作れそうですよね!」

「––––––––やっぱり馬鹿ですよね、アナタは!?」


 * * *


 その後、俺は懇々と最強の剣の必要性を説き続けた。

 

 一週間後に決闘する事や、対戦相手であるレクシーの唯一と言っていい弱点が近接戦闘である事。

 俺がマナを乱して防御魔術を一時的に無力化出来る事と、それが最近レクシーに対策されている事まで。


 聖剣や魔剣がロマンである事も説き続けたが、そこは理解してもらえなかった。

 非常に残念だ。


「……対戦相手の分析と対策、それ自体はお見事です。たった一度の勝利の為に死力を尽くせるその根性も、ワタシは高く評価します。でも、アナタの為に剣を作る気はありませんよ?」

「これでも錬金術師ですから、無い物は自力かつその場で作りますよ。方法も既に考案済みです。ただ……一人でやるには時間が足りない。そこで、カルディアさんの力を借りたいんです。どうか、ご一考頂けませんか」


 普段と違い、今回の俺は第二第三の策を一切用意していない。

 最強の剣という切り札と、カルディア・テロス・メイリックの気分に全てを賭ける為この草原へ来た。

 

「アナタの師匠は、ヘルメスだったのでは。なのにワタシへ話を持ちかける……アナタの選択に口出ししたくは無いですが、良いのですか?」

「え?……本当にどこまで知っているんですか、カルディアさん。確かに俺の師匠はヘルメスですが、そこまで厳格でも無いでしょうし問題ないですよ」

「はあ……止めてあげませんよ?アナタなら、弟子に取るのもやぶさかではありませんし。何なら、アナタ自身の意志でヘルメスから鞍替えさせてあげましょうか?」


 別に師匠自体を変える気はないのだが、まあいいか。

 それだけ気に入ってくれているのなら、場合によっては錬金術以外も教えて貰えるかもしれないしな。

 頼れる人は多ければ多いほど良い……筈だ。

 

 カルディアさんの目が先程から少し怖いが、きっと気のせいだろう。

 

「それで……アナタの言っていた、剣を作る方法とは?この時点で助言出来る事も、中にはあるかも知れませんし」

「基本的には、錬金術の方の仕組みに手を入れようかと。錬金術で扱う四属性と同じ感じで、魔力マナも操作出来る様にするつもりです。カルディアさんの様に水晶単体で作る事は不可能でしょうが、物に纏わせる程度なら可能だと思います」


 ここまでは簡単に思いついたのだが、今回カルディアさんを訪ね頼ろうと思った理由もこの方法に起因する。

 

 単純に、錬金術がややこしすぎて一人では弄れそうになかったのだ。

 今回やろうと思っているのは、いわば巨大建造物の増築作業。

 一から作ったり、迷宮と化した本体を丸々改築するよりはマシだろうが、それでも十分無茶が過ぎた。


「その方法だと、水晶を纏わせた物質が形を保てるのは精々五秒になりますね。あと、うっかり自爆する可能性もあります。そこの二点を許容出来るのなら、悪くない考えだと思いますよ。ですが、そもそも魔力へ干渉出来る魔術式は組めますか?」

「イグニッションの魔術式は、指定地点の魔力を無作為に動かすだけの物です。それを参考にすれば、何とか……出来てほしいですね」

「安心して下さい、助け船は出しますから。アナタなら、一週間もあればそれなりの付け焼き刃には出来るでしょう。ノベル、ワタシは応援していますよ」


 放任主義でない師匠とは、新鮮だ。

 全然悪くないどころか、寧ろこっちの方が良いまである。


 ……このままでは、本気で鞍替えを検討してしまいそうだ。


 * * * * *


「––––––––レクシー、心して聞いてくれたまえよ。私……いや、私達にとって看過出来ない大問題が発生してしまったんだ!」


 まるでそれが当然かの様に私の自室へ入ってきた師匠は、開口一番に私へ心の準備を要求してきた。


「師匠、急に何?まさか無いとは思うけど、ノベルが本当に浮気してた?」

「誠に残念ながらその通り!ははは、完全にノーマークだったパトロンに師匠の座を取られてしまった!何故に!?ノベル、流石に恩知らずにも程があるだろう!?」

「パトロン?」

「ああ、すまない。前に話していただろう、ノベルを運んできたとかいう白髪の少女。彼女だよ彼女、奴は私の友人にして支援者パトロンなんだ」


 なるほど、そうだったのか……いや待って、私が危惧していた事態が本当に起こってない?

 

 まず大前提として、ノベルは多分それなりにモテる。

 ノベルの良さを一番分かっているのは私だし、一番の親友であり好敵手なのも私だけど、それはそれとして。

 ノベルは多分誰にでも優しいし、恋愛的な方面での好意を私に寄せているのかは現状割と微妙な訳で。


 浮気……というか、他の人に好意を寄せていてもおかしくはないんだよね、客観的に見て。

 

 待て、落ち着け私、落ち着くんだレクシー・スティル・プロスパシア。

 絶対にやりたくはなかったけど、最悪の場合貴族としての権力を利用してノベルを囲い込む事だって––––––––


「––––––––レクシー、さては聞いて無かったな?」

「え?あ、うん。聞いてた聞いてた、ノベルをどうやって手中に収めるかだよね?」

「それは一言も言ってないねえ。ここから決闘までの一週間、久しぶりに私が付きっきりで君を鍛え上げてやるという話だよ!」

「ええ?師匠が一週間もとか、未曾有の事態過ぎない?驚きすぎて冷静になったんだけど」


 あの良くも悪くも放任主義を極めた師匠が、付きっきりでの修行かあ。

 うん、間違いなくハードな事になるな。

 望むところではあるけど、覚悟はしておかないと。


「もう、君達だけの決闘じゃあない。実質的に、私と彼女の代理戦争だ!魔術の基本は観察と分析。手始めにベンターナの大結界、その大元なんてどうだ?楽しい楽しい観光ツアーと行こうじゃないか!」


 師匠、やっぱり自棄になってない?

 気になりはするから、付いて行くけど。


 ……決闘が、思っていたよりも負けられない戦いになったな。

 

 

 




 







 

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