第32話 「気の休まらない休息期間」

 ––––––––生きている。

 目が覚め、混乱した思考が最初に弾き出した感情は安堵だった。

 確か、今日一日は廃墟を直していただけで、特段命の危機などは無かった筈だが。


 先程まで寝ていた理由も検討が付かないし、寝起きでぼやけた視界では、今いる場所の推測もままならない。

 耳の奥に爆発音がこびり付いているので、知らぬ内に戦場へ送り込まれている可能性も否定できないな。

 少なくとも背中や頭から伝わる感触は地面のソレでは無いので、路地裏で気絶している訳ではなさそうだが。


「––––––––あれ、起きてる?おーい」

「……起きてます。起きてますから、頬をつねるのはやめて下さい」

「良かったー……本当に、無事そうだね。大丈夫だとは分かってたけど、これでも心配したんだよ?」


 聞き馴染んだ声と僅かな頬の痛みで、肩の力が一気に抜ける。

 それに伴い記憶と視界も鮮明に、疑問は無数に増えた訳だが、一つづつ整理していこう。


 仕事帰りに出会った少女––––––––少なくとも見た目は少女だったカルディアさんに出会い、拘束され、拘束を脱しようとしてうっかり自爆した。

 その過程で色々と衝撃的すぎる話を聞いたが、それは一旦置いておいて。

 少なくとも今俺が生きているのは、カルディアさんに助けられたからなのだろう。


 そして俺はつい先程まで、屋敷の応接間にあったソファーで眠っていた、というよりも気絶していたらしい。

 

 ……問題は。


「レクシー、何故俺を膝枕しているんですか。重くないです?」

「別に?ただ、顔を見てないと心配なのと……起きてすぐに、聞いておかないといけない事があったから。仕方ない、よね」

「……俺の首に手をかけないで下さい。相手の命を握った状態で行う質問は脅迫と同義です。あとその表情も何ですか、目が笑ってなくて怖いですよ!?」

「安心して、すぐに終わるから」

「質問が?それとも俺の命が?」

「……それは、ノベルの答え次第かな」


 数時間くらいぶりで本日二度目の、多分ギリギリ命の危機はないであろう拘束。

 そんなもんが常態化していい訳がないのだが、不思議と案外悪くない。

 ……なんて思考が表情に漏れてしまったのか、少し絞める力が強まった気がする。


 俺がまたもや意識を手放そうかと考えていたところ、テラスさんが目を擦りながら部屋へ入ってきた。


「あれ、お二人ともまだここに?……私、もしかしてお邪魔しちゃいましたか!?すみません、後はお二人でご自由にどうぞ!」

「この状態で帰るのは優しさじゃなくてただの共犯者ですよ。人が首を締められている現場を、個人の趣味嗜好が暴走した結果と捉えないで下さい」

「……残念。そういや、もう朝になってる?」

「やっぱり、夜の間ずっと起きてたんですね。外は相変わらず曇り空ですが、時間的には早朝の筈ですよ!」


 応接間の窓には現在カーテンが架かっているので外の様子は不明だが、そもそもここの窓から見えるのは庭だけであり、見えた所で時間は分からない。

 だが、俺が自爆したのは夜の早い内だった筈だ。

 そこからの過程は分からないが、レクシーに迷惑をかけてしまった事に間違いは無いだろう。

 

 首にかかった手を払い除けて起き上がり、ソファーに座りなおす。


「……本当にすみません。今回の分は、いつか埋め合わせしますよ」

「別に。そういう気分だっただけだから、謝らないで。でも……うん。何かしてくれるのなら、期待してるよ?」

「ははは、善処します」

「んー、なんか円満に解決してそうで良かった!いやあ、知らない女の人に気絶したノベルさんが持ってこられた時は本当に驚いたんですからね?しかもお姫様抱っこで!私は初対面でしたが、ノベルさんの知り合いですか?」

「––––––––あ、忘れるとこだった。ノベル、正直に答えて。あの人、誰?」


 その一言に、緊張が走る。

 まるで浮気を問い詰められているかの様な感覚に襲われるが、正直な所カルディアさんとは十分も喋っていないので、根本的に知り合いですらない。

 命の恩人ではあるのかもしれないが、そもそも水晶で拘束されなければあんな不幸な事故も起こらなかったと考えると、やっぱり全ての元凶はカルディアさんだ。


 そして何よりも、あの人が誰なのかは俺が一番知りたい!


「……たまたま出会っただけの魔術師です」

「たまたま出会った魔術師に抱き抱えられて帰ってくる?誰にどう怒るかが変わるから、正直に答えて」

「いや、あの人が誰なのかは俺もよく知らないんですよ。精々知っている情報は名前くらいで、誓って変な関係ではありません」

「なら、何で気絶していたのかの方でもいいよ。私、不毛な押し問答は好みじゃ無いんだよ。それは、ノベルも知ってるよね」


 さて、どうしたものか。


 このまま言い合ったら間違いなく俺が負けるし、そもそも言い合う気も起きないくらいに俺が悪いのは明白だ。

 全部正直に話す……にしても、異世界云々の話をする訳にはいかないし。

 その辺をぼかそうにも、”急に拘束してきたヤバい人と、勝手に張り合って自爆した愚か者”による茶番にしかならないんだよな。


 そういや、何で俺の独り言が聞かれたんだろうな?

 相当付近に居た上で気を付けないと聞こえない声量だった筈だが……まさか、ストーカー? 

 いや、そんな訳はないか。


 この場は頑張って誤魔化そう、それしかない。


「俺が気絶していたのはただの事故ですよ。魔術師同士少し話に熱が入ってしまって、最終的に自分の魔術で自爆しました。俺の落ち度すぎて流石に恥ずかしいので、あまり話したくなかったんです」

「……私がいない時に、そんな事してたんだ。もういいよ、その件は一応水に流しておく……けど、そうだ。あの人が言ってた事に心当たりってある?」

「心当たり?いえ、思い当たるものは何もありませんね。何か言っていました?」

「えーと……”アナタ達には期待しています”的な感じだったと思うよ?引っかかるのが、アナタ達って言っている所なんだけど。分かる?」


 アナタ達に期待しています、か。

 順当に考えれば俺とレクシー、もしかしたらテラスさんの事も含まれているかもしれないな。

 ただ問題はそれ以前で、何に期待しているのかもよく分からない点にある。

 考えうるのは、魔術師として開花する事……だが、カルディアさんが俺達の成長に期待する意味はあまり無さそうだしな。


「うーん……全く分かりませんね。一旦あの人の事は置いておきましょう。これ以上考えても答えは出なさそうですし、今度会ったら問い詰めておきます」

「……釈然としないけど、もうそれでいいよ。私も、眠くなってきたし」

「ええ、ゆっくり休んで下さい。何なら、俺が部屋まで運びますよ?」

「魅力的な提案だけど、却下で。その代わり––––––––」


 レクシーは座っている俺を一番端まで押しのけ、ソファーに寝転がる。

 俺の膝を、枕にして。


「––––––––少しだけ残念だけど、これで貸し借りは無し。私だけが膝枕をする、なんてのも不公平だと思ったしね?」

「……分かりましたよ、何でも良いからさっさと休んで下さい。言えた義理ではないですが、睡眠不足は想像以上に大変ですからね」

「えー、反応それだけ?でも、その気遣いは大切にするよ。そうそう、ノベルが相手なら別に関係ないと思ったんだけど、一応言っておく。……顔や髪を軽く触る程度なら私、怒らないからね?それじゃ、おやすみ」


 普段は見せない蠱惑的な笑みを浮かべた後、レクシーはすぐにすやすやと寝息を立てながら眠ってしまった。


 ……本当に、どうしたものだろうか。 


 





 

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