第30話 「万年金欠一応貴族・バイト編」

 師匠が唐突に変な事を言い出し、意気揚々と屋敷を飛び出してからはや二時間。

 決闘が俺達の十八番である事は否定できないが、誰かに見せる為戦った経験は存在しないので、二人して頭を悩ませ……る事はなかった。

 師匠が突飛な話を持ち掛けてくるのは平常運転なので、その程度で悩んでいては弟子は務まらない。 


 そんな訳で、俺達は師匠が去ってすぐに部屋探しと魔導書漁りを開始した。

 幸運な事に成果は上々、新しく手に入れた自室に新しく見つけた魔導書を運び込んだ俺達にとっての次の課題は。


「––––––––思っていたよりも!金が無い!」


 ズバリ、金である。


「現在の全財産は金貨が一枚、銅貨が七枚。数日程度なら余裕でしょうが、何十日も耐えられる訳がないのも明白です」

「……ねえノベル、どうしてこうなったんだろうね。私のせい?」

「いえ、こればかりは誰の落ち度でもありません。責任転嫁するとしたら、父上が適任でしょうけど」

「私、ちょっとくらいなら貸しますよ?こう見えて、結構貯金はありますから!」

「そう言って貰えるのは嬉しいですが、気持ちだけ頂戴しますね。こればかりは、自力で解決しないとならない問題ですから」


 今後溜まり場にすると決めた屋敷の応接間で、ソファーに座りながら議論する。


 議論というよりは雑談であり、屋敷のキッチンから発掘した紅茶の茶葉と思しきものから淹れた紅茶の試飲会でもあるのだが、それはそれ。

 この世界に紅茶は無いものとばかり思っていたが、この街に限ってはそんな事もなかったらしく、個人的には大変嬉しい。


 自身の金で茶葉を購入する為にも、俺達は一刻も早く収入を得なければ。


「という訳で、どうやって稼ぐかの案を募集します。当然、法に触れず人道を外れない範囲でお願いします」

「了解。ちなみに、海賊行為は?」

「ツーアウトに決まってますね。ゼロイバの奴らと次にあった時は、誠心誠意消し飛ばしてやりましょう」

「ま、そりゃそうだよね。今のは冗談、気にしないで。それで、冒険者ギルドに入る以外の選択肢って本当に存在する?強さが関係しない職業は私達には無理だよ」


 少し抗議したくもあるが、実際にその通りだから何も言えん。

 だが、冒険者ギルドに入るのにも問題があり、その最たる物が時間だ。

 実力はあるので研修はある程度飛ばせる筈だが、それでもかなりの時間がかかるのは間違いない。

 仕事のシステム自体は分かりやすいもので、依頼をこなせばその分の給料が手に入るので、即効性の面でも俺達のニーズに合っているのだが……それだけに口惜しい。


 現状では、冒険者資格を取るより先に所持金が底を突きてしまう。


「強さという点には賛成ですが、特殊な資格がなくても働けるのが良いですね。それと、出来ればこの街の中で完結する職業……いや、あまり無いな」

「うん、かなり無いね。やっぱり、私達はおとなしくテラスの脛を齧ろうよ」

「……やはり、冒険者資格を取るまではヒモになる運命なのか……?」

「別にお二人を養う程度なら出来ますけど……そういえば、ノベルさんは錬金術師でしたよね?だったら、即日働ける所は知っていますよ!こう見えて私、顔は広いですからね!」


 と、テラスさんがドヤ顔で俺の方を見る。

 ここ数日はテラスさんに助けられ過ぎて、そろそろ救世主に見えてきた。

 だからこそ、絶対に自立しなければならない。

 これ以上迷惑をかけない様にと、俺は決意をより一層固くしたのだった。


 ––––––––因みにその日の夕飯は、テラスさんの奢りで豆のスープを飲んだ。

 本当に温かくて美味しかった。

 

 * * *


 そして、次の日。

 魔術街ベンターナのとある住宅街で、俺は怖い人達に囲まれている。 

 俺をここに連れてきたテラスさんは、その後すぐにレクシーを連れて他の場所へ移動してしまった。

 俺は多分、金を返せないと判断されて売られたのだろう!


「兄ちゃんよお、錬金術師なんだって?」

「……ええ、そうですね。ところで俺は働き口を探していた筈なんですが、法的に問題ない所なんですかねここは!?」

「へっ、そいつは自分の目で確かめなあ。さ、ちょっとこっちへ来るんだ」


 汚れてよれたスーツを着た男に手を引かれ、路地裏へと連れ込まれる。

 その先で俺が見たのは––––––––


 廃墟。

 とても廃墟。

 元々は民家だったと思われるが、壁や屋根が剥がれてしまっている。


「……え、俺を今からこの廃墟みたいにしてやるって意思表示ですか?」

「はっ、んな訳ないだろ。兄ちゃんの着ている服くらいには、この家を綺麗にしてやろうって話だよ。錬金術師なら、土塊から何だって作れるだろ?」

「あ、そっち?全然合法のリフォームじゃないですか、早く言って下さいよ」

「御託はいい。兄ちゃん、出来るか?」

「––––––––やれます。その代わり、給料は弾んで下さいね?」


 左手の傍に魔法陣を出現させ、廃墟の壁を右手で触れる。

 やはり想像通り、建材の基本はレンガか。

 精神こそ使うだろうが、錬金術で土から変化させる分には余裕そうだ。


「ええと……親方?」

「俺の事は好きに呼べ、兄ちゃん。で、何もしてないのにもう弱音か?」

「まさか。錬金術なら得意ですが、建築に関しては素人なんです。言われた通りに動きますから、親方には是非とも俺を上手く使って頂きたいと思いまして」

「はっ、気に入ったぞ兄ちゃん!よーし、新人に俺らの流儀を見せてやれ!」


 俺の背後、路地の方から雄叫びが上がる。

 その後十秒と経たない間に、手押し車に乗せられた大量の土や、様々な工具が運び込まれる。

 廃墟の修復に必要かは不明なものも数多くあったが……ともあれ。


 俺にとっては今世初である仕事が今、始まった。


「おい新入り、こっちの壁も頼む!」

「待って下さい今行きます!」

「兄ちゃん、窓って作れるか?」

「多分作れますけどちょっと待って下さいよ親方!」


 レンガを作り、窓を作り、柵を作る。

 休む暇もない重労働だが親方は案外優しく、余裕を持って休憩する事が出来たのは助かる。

 家の図面を頭に入れながらではあったが、昼食に親方自作のサンドイッチを頬張る事も出来たし。


 ……前世よりも労働環境が良い気がしたが、きっと気のせいだろう。


 * * *


 数時間前まで廃墟だった家の中で、壁にもたれ掛かり少し休憩する。

 もう屋根は欠けていないので、今が夜であると確認する術はないが。

 ここ魔術街ベンターナは結界の影響で常に曇り空なので、屋根はあまり関係が無いのかもしれない。

 

「よお、兄ちゃん。この家はすぐに売り出すからな、一応だがあまり家の中に滞在するのは止してくれや。ま、そんなに気にしなくても良いんだが」

「俺は気にするので出ますね、すみません。それと、一つ聞いておきたい事があるんですが……」

「へっ、何でも聞いてくれや。お前は見事、自身の価値を証明した。そんでもって同じ空間で飯も食ったし、もう仲間だからな」

「……ありがとうございます、親方。それで、このチームって錬金術を前提に動いてますよね?俺は当日での飛び入り参加だったのに、錬金術師の使い方が手慣れ過ぎですよ。あと、テラスさんとは知り合いなんですか……あ、二つ聞いてしまった」


 親方は一秒ほど停止した後、俺の頭をわしゃわしゃと撫でながら笑い出した。

 良い人であるのが分かっていても顔の怖さは変わらないので、こんなに接近されると海に沈められそうで冷や汗が出そうになるな。

 

「っははは、やっぱ面白い兄ちゃんだな!そうそう、元よりウチは溢れ者をコキ使う為の集団なのよ!錬金術師にもそういう奴はいたから、嫌でも慣れるってもんだ。まあ、今日は本来当番の錬金術師がサボりやがったんだが!」

「あー、俺はそこの穴埋めになったと」

「そういうこった。テラスも昔はウチで働いててなあ、体が弱い癖に頑張り過ぎて倒れちまうんだ。あん時とは比べものにならんくらい立派になって、俺は柄もなく感動してるよ。兄ちゃんも、あいつと仲良くしてやってくれよ」

「言われなくても。まあ、今のところ助けられてばかりなんですけどね?」


 俺は、多くの人に助けられて生きている。

 きっとそれは前世でも変わらなかったのだろうし、今後も変わらないのだろう。

 

 そして今日、俺の恩人が一人追加された。

  

 


 


 


 

 

 

  

 














 

 

 

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