第28話 「文明レベル的異常地帯」

 灰色の雲に閉ざされた街を、三人でゆっくり歩いて行く。

 現在歩いている通りはテーメロン・ストリートという名らしく、まっすぐ進み続けると学院へ辿り着けるらしい。

 

 幸い十数分も経てば街の景観には慣れてきたものの、それでもショーウィンドウの中に魔道具やローブが陳列されているのにはやはり違和感を覚えてしまう。


 それに、違和感と言えば通行人の服装もだ。

 古くからの伝統で、この世界の魔術師の多くは黒のローブを着ている……のはこの街でも変わらないが、魔術街なのに他の地域よりも服装の自由度が高い気がする。

 ローブだけを身に纏っている人も中には居たが、ローブに加えて帽子を被っている人も多かった。


 外でも見る様な普通の布の服を着ている人は、何らかの理由でこの街に住んでいる魔術師以外の人だと思われる。

 

 ただ、そんな様々な通行人の中でも特に目を引くのは、学院の制服と思しきものを身に纏った人達だ。

 黒が基調のブレザーとコートにはシンプルな銀の装飾が施されており、中に着ている白いシャツもなかなかに質が良い。

 今の俺とレクシーが着ている服も似た様なものだが、ネクタイがある分向こうの方が多少着るのが面倒そうだな。


「にしても、本当に学院って巨大ですね。噂には聞いていましたが、一国の城と言われても疑えませんよ」

「まあ、城ってのもあながち間違いじゃないかもねー。学院はこの街の最高権力機関でもあるんだし、学院長なんてそれこそ王みたいなものでしょ」

「そうなんですか?生憎と、俺も学院の内情には詳しくないんです。父上や師匠からも話は聞けませんでしたし……ギルドと同じく国家などから独立している、という事くらいしか知らないんですよ。そも、学院周りの情報は出回ってなさ過ぎです」


 視線の先にそびえ立つ”学院”の象徴でもある、白い水晶に侵食された塔を見上げながら、軽く愚痴をこぼす。

 今回学院へ行くにあたって様々な本や手記を探し回ったにも関わらず、びっくりするほど情報が手に入らなかったのが、今になって少し悔しくなってきたのだ。


 だが、情報が集まらないのも当たり前だろう。

 まだ余所者である俺の推測ではあるが、ここベンターナに住む魔術師は外部に情報が漏れる事を良しとしない筈。

 自主的かつ徹底された秘密主義が住人の根本にあったからこそ、学院は世界中の国家にとって良くも悪くも無視出来ない存在となったのだから。


 あるいは単純に、ここの魔術師がほぼ全員魔術の研究にしか興味のない人間だったから、外部との関わりが存在しなかっただけかもしれないが。

 ……なんか、こっちの方が有り得そうだな。

 

「んー……まだ屋敷までは距離ありますし、レクシーさんから馬車で聞いた話の分のお礼になるかもだし……お二人って、学院の歴史に興味はありますか?」

「え、話してくれるの?なんかもっと機密事項だと思ってたんだけど……聞けるなら聞くよ。普通に興味もあるしね」

「俺も聞きたいので、是非お願いします」

「了解!大体は人からの受け売りだから、合ってるかは保証できないけどねー?」


 俺がこれまで聞いてきたこの世界の歴史も合っているかは微妙なので、その点はさして問題ではないだろう。  

 捏造も脚色もない歴史を知るなんて、それこそ大昔から生きてでもいないと不可能な話だ。

 とはいえこの世界だと、不老不死や長命種のお伽話が現実だったりするかもしれない訳だから、探せば過去を知っている方だっているかも知れないな。


「じゃ、順番に話していくね?まず学院が作られた時期だけど、驚くべき事に四千年前!……らしいよ?初代学院長はあのと関わりがあったって噂だけど、そっちは流石に嘘じゃないかなー。魔王と違って、勇者の実在自体が不確かだしね?」


 ここでも勇者と魔王の話が出てくるとは思わなかった。

 この世界で最も有名な英雄譚、それこそが勇者の物語だが……その内容はある意味、前世でも馴染み深いものだ。

 

 モンスターを生み出し世界征服を狙う魔王、その凶行を止める為に勇者は旅に出る。

 その旅の道中で勇者は多くの人々を救い、最後には勇者が魔王を倒して世界は平和に……モンスターは残っているので平和ではないな。

 ともあれ、物語は一応ハッピーエンドで幕を閉じる。


 勧善懲悪を基本とするストーリーであり、地域によって多少の違いはあるものの、知らない人は居ないくらいに有名な物語だ。

 そしてこの話、大体四千年くらい前に本当にあった出来事を元にしているらしく、魔王については複数の文献や手記で言及されている。

 その割には勇者に関する記録は非常に少なく、勇者は後世の創作で魔王の死因はまた別だという説もある。


 勇者が居てくれた方が夢があるので、個人的には実話であって欲しい。

 

「学院が大結界で外と隔離されてからも、学院の門を叩く魔術師は絶えなかったらしくって、人が増えすぎたから仕方なく街が作られたらしい。それがベンターナの始まりで、三千年くらい前の事らしい!」

「……千年単位で話が進むと、どうにも付いて行けませんね。そういえば、街の外観はいつ頃現在のものに変わったのでしょうか?」

「あー……それなんだけど、ずーっと昔から街の作りは変わってないんだよね。どんどん拡張されてるけど、改築はされてないって感じ」


 三千年前から、現在の基準でも数百年は先だと思われる文化水準を?

 だがそもそもの話、この世界に技術的な進歩はほとんど無いんだよな。

 魔術以外––––––––それこそ、建築技術などは過去の文献を読んでも変化がある様には思えない。

 そういうものだと受け入れてきたが、それならそれでこの街は異質だ。


 いっその事、俺みたいに前世の記憶がある人間がこの街を作ったと言われた方が理解できる。


 * * *


 テラスさんによる講義を受けながら、俺達はそれなりに長い事歩いた。

 馬車の後遺症で未だ時間感覚はおかしくなっているが、今は正確な時間を気にする必要もない。


 そんな訳で辿り着いた師匠の屋敷を見て、俺はただ言葉を失った。


 その理由は二つ。

 一つは、屋敷が俺の住んでいたアルフレッド家やプロスパシア家のものと比較しても遜色ない大きさと豪華さを誇っていた為。

 場所も学院のすぐ側と、この街の事情には詳しくないがまず間違いなく一等地であろう場所に立っていた。


 が、そんな事を帳消しにする程に見事な––––––––


 びっくりするほど人気が無いし、俺は今タチの悪いドッキリを疑っている。

 二人分の部屋どころか、屋敷全体が空いている様なものだろう。

 人気が無いだけで手入れ自体は行き届いていそうなのも、不気味になっている要因の一つに思える。


「……テラスさん、本当にここで合ってますよね?」

「……住めば都って言いますかー……その……別に騙す気はなかったんですよ?」

「なら目を逸らさないで下さいよ、俺も別に怒っている訳では無いですから。どちらにせよ師匠へ挨拶する気はありましたし、遅かれ早かれ訪れていたでしょう」


 師匠がこの屋敷に居るかは不明だが、師匠の事なので俺達が居ると分かれば現れるだろう。

 師匠はそういう類の怪異であると、俺は認識している。


「ところで。レクシー、何故貴方は目を輝かせているんです?」

「え、だって師匠の屋敷だし。絶対色んな魔導書とかあるよね?」

「––––––––確かに。よし、可及的速やかに行きましょう」

「……お二人とも、変なスイッチが入ってません!?」


 かくして、俺達は夢の詰まった幽霊屋敷へ歩を進める。


  


 

 


 

 


 

 

 

 

 






 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る