第26話 「”錬金術師”ノベル」

「ふむ……成る程。君は実に多彩だねえ、少年。それなりの魔力量にそこそこの戦闘センス、とびきり愉快なだけでは終わらないか」

「師匠、何なんですか藪から棒に。出来損ないの知恵の輪みたいなのに魔力を流しただけで何かを理解されても困りますよ、僕。もう不安で夜しか眠れません」

「うんうん、健康体で大いに結構!それとね、今のは私お手製の計測器だよ。簡単な話、君がに向いているかどうかを測る為の物だ」

「はあ。それで、結果は?」

「これがびっくり、普通に天職レベルだったんだよねえ!そこで、真面目な話がある。少年、錬金術師ヘルメスのになる気はないか?」


 大量の本と魔道具に囲まれた店内で、店主の自称天才錬金術師は僕に問いかける。

 普段よりも低い声で、普段以上に真剣に。


 ––––––––この先の会話を、生憎と俺は覚えていない。

 提案を蹴った気もするし、適当に生返事をして了承した気もする。

 とはいえ、重要なのは俺の返答ではなく。


 この瞬間から、ノベル・サルファー・プロスパシアという人間が錬金術師になってしまったという事実だけだ。


 * * *


 息を、呼吸を整え、眼前に広がる草原とワイバーンを視界に捉える。


 ワイバーンは無事撃ち落とされた。

 ここから先は俺の仕事であり、俺がしくじったら大変面倒な事になる。

 いくらレクシーと言えどもワイバーンとの相性は最悪で、撃ち落とすだけならともかく致命傷は与えられない。

 首を切らねば再生する以上、鱗に魔術を弾かれる魔術師では太刀打ち出来ない。


 そこでテラスさんの出番なのだが、彼女も空までは飛べないらしく。

 ワイバーン達の翼が再生するまでに、奴らを地面へ繋ぎ止めねばならない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、俺だった。


「次は俺が働く番、ですね。これでも世界最新のなんです、未熟でも拘束程度なら出来ますよ。俺を、舐めないで下さい」


 誰に向けたものでもない、強いて言うなら自分に向けた自己暗示強がりと共に、手元の操作盤を指で触る。


「火が昇る、風が支える。水が落ちる、土が止める。星の巡りを、我等は語る」


 錬金術こと物質変換魔術には、本来詠唱は存在しない。

 詠唱自体が長い歴史の中では比較的最近作られた技術であり、錬金術の方が過去から存在している為だ。


 だから、これも一種の自己暗示。

 冷静さを取り戻す為の、錬金術師である事を思い出す為だけの、決して意味のないおまじない。

 俺の元いた世界では、そんな意味のない行為こそが”魔法”だったな。


「––––––––”チェイン”」


 青々と茂る草が無機質な金属の鎖となり、ワイバーンを雁字搦めにする。

 しかし、奴らがこの程度で止まる訳もなく。

 鎖を引きちぎらんと、咆哮を上げながら翼をばたつかせる。


「もう治ってるとか、流石に早すぎますね!?それでも絶対飛ばせませんから、後はテラスさんにお願いします!」

「うん、了解しました!」

「……さて、と。せめて後十秒くらいは動かないで貰いましょう。––––––––”ステイク”!」 


 テラスさんがポーションの空き瓶を投げ捨てて走り出したのと同時に、ワイバーンの内の一体が鎖を引きちぎる。

 しかし、そのワイバーンがもう一度空を飛ぶ事は無かった。

 引きちぎられた鎖の破片一個一個が杭となり、翼目掛けて突き刺さる。


 俺に対する敵意を剥き出しにした咆哮も、次の瞬間には断末魔へと変わり、その断末魔もすぐに途絶えた。

 他ならぬ、怪物の手によって。


「––––––––はあっ!」


 ワイバーンの首筋に何度も何度も斧が叩きつけられる。

 一度で死なないなら、もう一度。

 首が落ちるまで、何度でも斧を叩きつける。


「––––––––せいっ!」


 ワイバーンの首が落ちる。

 体は光の粉となり、残骸として一つの魔石がその場に残る。

 それを確認した彼女は、すぐさま他のワイバーンの元へ。


 そして、同じ事が繰り返される。


「”チェイン”、”ステイク”!」

「––––––––死ねっ!」


 鎖が捉える。

 杭が刺さる。

 動けなくなったワイバーンの首が、落ちる。


 それが六度繰り返された後、平原と馬車に一時の平和が訪れた。

 後に残ったのは、四人の人間と一頭の馬、それと六つの魔石のみ。


「はー……疲れたー!ワイバーンの首筋って硬いんですね、思ってたより手こずっちゃいました!」

「お疲れ様です、テラスさん。それと、ワイバーンは高位の冒険者でも討伐が難しいモンスターですから。あの速度で倒せるのは、十分凄い事だと思いますよ」

「ほんと?でもほら、お二人の助けがあったからこそ出来た事なのでー……ありがとうございます、レクシーさん、ノベルさん!」

「感謝されても困るんだけど……今回、あんまり私は仕事してないし」


 ワイバーンの魔石を六つ腕に抱え、テラスさんは満面の笑みで馬車へ帰還した。

 これにて正真正銘戦闘終了、また地獄の如き馬車の旅が再開する。

 肝が冷えはしたものの、振り返れば楽しい戦いだった。


「あんたら、本当に強かったんだな。最初に疑って悪かった、感服したよ。だがそもそもよ、何でワイバーンが襲ってきたんだ?わざわざ旅人を襲う様な、気象の荒い奴等じゃないはずなんだがよ」

「確かに……そうですね。ワイバーンは基本、食事を必要としません。戦うのは縄張りを犯された時か、新たな縄張りを探している時だけの筈ですが……」

「うーむ……この辺の道は何度も通ってるがよ、襲われたのは今回が初なんだよな。……色々考えても仕方がないしよ、とりあえず先へ進むか?」

「賛成!私もそろそろポーションの効果が消えるから、早めに座りたいんだよねー。話すのも考えるのも、馬車に乗りながらって事で!」


 テラスさんの言葉にかすかな違和感を覚えながら、馬車の荷台へ乗り込む。

 幸いにも吐き気はマシになっているので、これなら当分は大丈夫––––––––


「……すみません、やっぱり馬車を止めてもらう事って出来ませんか!?」

「これで何回目だと思ってるんだ、悪いが我慢してくれや。というか、いちいち止めてたら日が暮れんのよ。分かってくれ、そいで慣れてくれ」

「それこそ無理な話ですよ。何故に、乗り物酔いって奴はどこまでも呪いの様に憑いて来るんですかね!?」


 ––––––––大丈夫な訳は無く、馬車は魔石と人とかつて人だったモノを乗せて走る。










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