第21話 「ワンナイト独り相撲」

 三人で焚き火を囲み、適当な棒に刺して焼いた鹿的な何かの肉を頬張る。

 正直なところ干し肉の方が美味しいが、これも貴重な経験だと思う事にしよう。

 ナイフの使い方でそれはもう酷く怒られたが、それも貴重な経験だった。

 ……そう思っておくしかない。


「––––––––ノベルさん。貴方は、ナイフを持ってはいけないタイプの人間です!」

「えー?いやほら、こうして食事にありつけたんですから良いじゃないですか」

「……全人類の中でも最下層だと思うよ、料理に関しては。肉に対しておもむろにナイフを突き立てる行為を料理と言って良いのかは……分からないけど」

「レクシー、それは流石に言い過ぎですよ。ですよね、テラスさん?」

「ノーコメントで!それより、ずっと訊くかどうか迷ってたんですけど……お二人って何処かの貴族様だったりします?」


 まあ、そりゃあ気になるよな。

 困った事に結構な数の装飾が施されている服なので、こんな物を着ている時点で貴族か貴族から追い剥いだかの二択になる。

 やはり、ゼロイバ達の船から普通の旅人っぽい服でも借りてくるべきだったか。


 貴族だとバレた時点でどう転んでも面倒事に発展するのが世の常だが、テラスさんは少なくとも殺しにきたりはしないだろう。

 それでも、家名は伏せておいた方が良さそうだ。


「……一応は。とはいえ、ただの旅人だと思って接して頂けると助かります」

「そうそう、私達は通りすがりの魔術師。家絡みで何かする気もないから、そういう事にしといて」

「はー。助けてもらった恩もありますから、そういう事にしておきますね。それでその、全然違ったりしたら申し訳ないんですけどー……お二人ってやっぱり、そういうアレなんでしょうか?」

「どういうアレですか、分かりませんよ」

「……か、、みたいな?」


 ……は?

 いやいやいや、そうはならんだろ。

 俺達の何を見てその結論に至ったんだ、精々同年代の貴族っぽい男女が二人きりで素性を隠して旅をしているだけで––––––––

 うん、既に状況証拠は出揃ってんな。

 完全に黒だ、逆の立場なら多分同じ事を聞いている。

 

 冷静になって考えてみると、大概アレな状況だな。

 父上も何でこれにゴーサインを出したんだ、正気か?

 てかちょっと待て、あらぬ疑いを掛けられている今の状況でレクシーが頓珍漢な事を言ってみろ、なんか今後の関係が気まずくなりそうで怖い!

 レクシーに何か言われる前に、俺が否定しないと––––––––


「違うけど」

「そ、そうなんですか?本当に?」

「うん、本当に。あまりノベルの事は揶揄わない方がいいよ?そういうの、真に受けてしまうから」


 ……俺は何を慌てていたのだろう。

 元々俺がやろうとしていた事だし、望んでいた事でもある筈なのに、こうもきっぱり否定されると何故か悲しくもある。 

 最近思わせぶりな事を言われた気もするのだが、俺が勝手に本気になっては独り相撲を繰り広げていたに過ぎなかったのだろうか。


 これ以上考えても、俺がより滑稽な生き物になってしまうだけだろうから、この辺で考えるのはやめておこう。

 ここまでで分かった事は一つ。

 

 俺は、こちらで過ごした九年の間に面倒臭い人間へと進化していたらしい。


「……ノベルさん、どうして世界の終わりを予見したかの様な表情で固まってるんですか?もしや失恋しました?」

「そんな訳ないでしょう、少し考え事をしていただけです」

「……わ、私は応援しますからね!?大丈夫、生きている限り脈はあります!」

「そうそう、至って健康体。ノベル、頑張れ」

「ああもう本当に何なんですか、やめて下さいこれ以上は物理的に俺の脈が止まりますよ!?ストレスで!」


 新手の嫌がらせか何かだろ、これ。

 ……でも、実質人生二週目なのに、これだけ慌てふためく俺もどうかと思う。

 肉体年齢に引き摺られているのか、精神性が大して成長していないだけなのか。

 レクシーの言った通り、俺は揶揄いをスマートに流せない時があるらしい。

 

「はー……よし、寝ましょう。明日こそは絶対、日が暮れる前に街へ行きます。その為にも寝ましょう。見張りは俺がしておきますから、寝て下さい」

「……ノベル、ごめん。まさか本当に気にするとは思わなくて」

「何の話ですか?別に大丈夫ですよ。貴方がああいう事を言うのが珍しくて、面食らっただけです。最近は、そういう気分なんですよね?」

「そうだね、そうらしい。……おやすみ。寝たくなったら起こしてね」


 そう言い終わると共に、レクシーは近くの木の根元に座って目を閉じる。

 どんな環境でも寝られるのは、旅をする上で必要な才能だと常々思う。

 俺はともかくとして、彼女は貴族の生まれだろうに。

 そういえば、彼女は昔から疲れ果てては自室の床で寝ていたが、その経験が生きているのだろうか?


「それじゃあ、私も休ませて貰いますね!あ、それと……ノベルさん。やっぱり、レクシーさんとは相当仲がいいですよね?」

「まあ、そうですね。何だかんだと続いてしまった腐れ縁ですが、大切なものには違いないです。大切な友人ですよ、彼女は」

「なるほどー……あ、惚れ薬とかが欲しい時は言って下さいね!作りますから!」

「絶対話聞いてなかったですよね今!?というか作るって、もしや腰から下げてるポーションは貴方の自作ですか?」

「あれ、言っていませんでしたっけ?」


 聞いてない聞いてない、思いっきり初耳だ。


「なら折角だし、名乗っておきます!テラス・ディーロシー、Bランク冒険者にしてセル・ウマノ魔術学院生です!専攻は魔術薬学、主な研究内容は肉体強化薬バフ・ポーションの効力を上げる方法について!どうか、以後お見知り置きを!」 

「……待って下さい、情報量が多いですよ!?」

「ん……今、魔術の話してた?」

「起きてこなくて良いです、とりあえず二人とも寝てください!」


 複数の心労とストレスが重なりげっそりとしている俺をよそに、焚き火はぱちぱちと小気味良い音を立てている。

 

 ああ、本当に疲れた。

 その疲れも一部は自業自得なので、どうしようも無いのだが。

 








 

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