第19話 「怪物」

「––––––––俺様が手助けできるのは、ここまでだな。この入江から直進して森を抜ければ、商人共が使っている道が見える筈だ。その後は勝手にすればいい」

「ここまでご丁寧にありがとうございました、ゼロイバさん。貴族として、貴方方の生き方を肯定する気も認める気も毛頭ありませんが……楽しい旅でした。いつか罪を償う日まで、どうかお元気で」

「……正直どこかで襲ってくると思ってたんだけど……君たち、命拾いしたね。今度会うことがあったら、私とも戦おう?ね?」

「はいはい、お前らも死なない様にな。そんで、俺様の名が世界に知れ渡る瞬間を楽しみにしておけよ!気が向いたら、お前らの所にも顔くらい出してやるさ!」


 ゼロイバは俺達に背を向け、小舟に飛び乗り船へと帰って行く。

 かくして、海賊共に紛れて騒ぐ生活は終わりを告げた。

 こちらに着くまでの関係だったのは承知の上だったし、海賊なんてのは関わり合いになりたくない存在の筆頭である筈なのに––––––––どうしても名残惜しくて、彼の乗る小舟から目が離せなかった。


「……行きましょうか。俺達は金こそ持っていますが、街に辿り着かなければ無用の長物です。今日はひとまず、日が沈む前に街へ行く事を目標にしましょう」

「了解。それなら目指すべきは、アム……ミ……何とかって街だったよね」

「アムレトですよ。学院に入れなかった人間と、学院から離れたい人間によって栄えた街です。付近に鉱山があるので、質の高い宝石が名産ですね」

「へー。確か、大昔には宝石を使う魔術もあったんだよね?ねえノベル––––––––」

「駄目です。そこまでの金はありません。第一、触媒魔術はもう失われた技術ですから、宝石を買ったところで使えませんよ。せめて学院で研究してからにして下さい」

「……残念」


 触媒魔術は五千年ほど前の時代に生み出され、魔法陣を扱う今の魔術が確立されるまで使われていた魔術の形式だ。

 宝石や希少な植物、果てはドラゴンの骨などに魔力を通し、それにより奇跡を起こす簡易儀式。

 三千年前には既に廃れて使えなくなっていた魔術なので、俺達が見る事はないだろう。


 それはそれとして、宝石を買うと全財産が吹き飛ぶ事には違い無い。

 魔術に使う時代が終わっても、宝飾品としての価値は下がっていないのだから。


 微妙に不貞腐れているレクシーを引きずり、森へと足を踏み入れる。


 * * *


 探索は、順調に進んだ。

 道に迷う事もなく、モンスターに襲われる事もなかったので、森の景色を楽しむさえ生まれていた。

 このまま、何事もなく森を抜けられるだろう。

 

 そんな事を考えながら、森を進むこと一時間。

 

 ––––––––この世のものとは思えない声……より正確に表現するのなら、断末魔だろうか。

 ともあれ、それが何度も何度も森へ響き渡る。


「これは……山賊か、はたまたモンスターか。何にせよ、様子を見に行くべきでしょうね。レクシー、位置は分かりますか?」

「そういう細かいのは、君の方が得意だと思うんだけど。はあ……聞け、”ヘーレンマオス”」

「––––––––どうですか?」

「今は喋らないで、聞こえすぎてうるさいから。音が聞こえたのは向こう。多分、誰かがモンスターと戦ってる……一人だけな気もするし、急いだ方がいいかも」


 急ぎましょう、と言いそうになった口を抑え無言で駆け出す。

 ……俺達が着くまで、どうか生きていてくれ。


 * * *


 森の中に出来た、広めの空き地。

 そこでは、小柄な茶髪の少女が青色の小鬼……ゴブリンと呼ばれる魔物と戦っていた。

 近くにある洞窟が、恐らくゴブリンの居城なのだろう。


 ––––––––が、いる。 

 戦いを見た俺が最初に抱いた感情は、畏怖だった。


 その感情は、決してゴブリン達に向けたものではない。

 信じられない速度でゴブリン達を鏖殺している、少女に対するものだ。


「……凄い。どんな手段を使えば、人はあそこまでのでしょうか」


 殴りかかってきたゴブリンの腕を、飛びかかってきたゴブリンの腹を、背を向け逃げるゴブリンの首を、彼女は淡々と手斧で切り飛ばしていく。

 彼女の戦い方は、洗練された武術からは程遠い。

 無駄が多く、隙も多く、また攻撃が正しく急所に当たっている訳でもない。


 ––––––––それでも、彼女は強かった。


 敵よりも強く斧を振るう。

 敵よりも早く命を奪う。

 工夫を、技を、圧倒的な力でねじ伏せるの戦い。

 人の辿り着くべき境地とは正反対の強さを、彼女は持っている。


 しかし、その戦いぶりに俺が見惚れていられたのは、精々十数秒程度だった。

 敵の攻撃を受けた訳ではないのに、彼女は突然血を吐いて倒れたのだ。


 倒れた彼女に、棍棒を持ったゴブリンが殴り掛かる。


 流石に、それを見過ごす訳にはいかないな。


「護れ、”アーモリング”」


 透明な壁が、ゴブリンの攻撃を防ぐ。

 少女を守れた事を確認し、杖を取り出す。

 

 ––––––––爆発が、小鬼を呑み込む。

 

 これで脅威は去った、訳は無く。

 大量のゴブリンが、俺達を取り囲んだ。


「流石に多いですね。彼女が何故血を吐いたのかも気になりますが、気絶していますし……持病でしょうか?死んではいなさそうなので、そこは一安心ですね」

「ノベル、どうする?ゴブリン、殺せるだけ殺した方がいいと思うけど」

「……普段なら賛成ですが、今は彼女を街まで運ぶ方が先決でしょう。彼女は俺が抱えますから、突破口を作って下さい。あ、森を燃やさない魔術でお願いしますよ」

「了解。前の方全部片付けるから、後は走るよ」


 そう言い終わるとすぐ、彼女は詠唱を始める。


「十連直列詠唱、開始。”アクスト”、準備完了。焚べろ、”カーフシマ”––––––––処理終了。全魔法陣開錠––––––––断ち切れ!!!」


 前方に十個連ねて描かれた魔法陣から、巨大な斬撃魔術の集合体––––高出力が故に斬撃の形を保てなくなった透明な塊––––が、放たれる。


 蹂躙。

 破壊。

 無双。

 無法。


 木々とゴブリンを蹴散らした後、魔力塊は霧散した。


「……何が片付けるですか、消し飛ばすってちゃんと言って下さい。でも、流石ですね。後は楽しい楽しい肉体労働を終わらせるだけですね!」

「なんでそんなに自棄になってるの、ノベル。魔力を足に回せば問題なくない?」

「あはははは、運動は苦手なんですよねー、俺!彼女は怪我人ですから、丁重に扱わないといけませんし!?てか、彼女の手斧拾い忘れてるなこれ!?」

「……ノベルって、このくらいの窮地だと役に立たないよね。斧は拾ってるから、後は彼女が腰にぶら下げてるポーションを割らない様に気をつけるだけ」

「ああ、実に無理難題だな!激毒でない事を祈るばかりだよ、全く!」


 追うゴブリン、逃げる俺達。

 何処の誰とも知らない茶髪の少女を抱えながら、街へと急ぐ。

 

 



 


 



 

 

 




 

 





 







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