第12話 「願わくば、今後とも」

 夕暮れ時、屋敷の玄関、いつの間にやら姿を消したレクシー。

 そして俺の事を笑顔で出迎える眼鏡の紳士こと、俺の義父であるアストロ氏。

 前にも同じ様な状況に遭遇したが……前回とは訳が違う。

 

 何故なら––––––––


「よくぞ帰って来ましたね、ノベル君。しかも正門から。聞きたい事も言いたい事も沢山ありますが、一先ず場所を移しましょうか」


 今回待ち受けているのは、歓迎ではなく説教だからだ。

 

 * * *


「ノベル君。君が屋敷を出たのは、レクシーに唆されてですね?」

「実の娘に対してそんな言い方で良いんですか?あと、彼女と共に行動したのは僕の意思です」

「おや。まあ、そこはどちらでも良いんですけどね。一番重要なのは行き先ですよ。単刀直入に聞きますが、ヘルメスを名乗る死ぬ程怪しい奴に会いましたか?」

 

 ヘルメス師匠の弟子になったなんて、こんな状況では口が裂けても言えない。

 ……なんて事はないのだが、いかんせん空気が重すぎる。

 師匠、何か恨まれる様な事でもしたんですか。


「……会いました。あと一応聞かせて頂きたいのですが、知り合いなんですか?」

「そうとも言えなくもないですが、諸々を認めるのも癪なのでこの話は終わりましょう。何なら君との話も終わります。ああ、でも最後に一つだけ聞かせて下さい」

「何でしょうか。僕が知っている事なら、出来る限りお答えします」

「その……レクシーとは、上手くやれていますか?彼女、姉妹達や屋敷の者とはあまり話す事がないので……同年代の君が友人になってくれるのなら、親としては助かるのですが」


 そう話すアストロ氏の声色はどこか穏やかで、顔も普段の笑顔とは違うごく自然な表情だった。


 この屋敷に来てから、俺がアストロ氏と話した時間はごく僅かだ。

 そして、その僅かな時間の中でも、彼に対する印象は何度も変わっている。


 優しい紳士。

 冷徹な貴族。

 夕景が好きな、ただの人間。


 恐らく、どれもが正解であり間違いだ。

 第一、人の性質を一面だけ切り取って分かった気になる事自体、おかしな話なのだろう。

 それでも、一つだけ明確なのは。


「……父上、意外と不器用な所もありますよね」

「何ですかその目は。もしや、私の事を憐れんでいます?」

「いいえ、まさか。あと、レクシーとは割と気が合いそうなので安心して下さい。何せ、決闘もした仲ですからね!」

「なるほど、決闘。決闘……決闘?ノベル、君に聞くべき事が増えましたね」

「ははは、一旦魔導書は部屋に置いてきて良いですか?」

「おや、わざわざ触れないでおいたと言うのに……それが何なのかも問いただして貰いたいのですか?」


 今回得た教訓は一つ。

 ……口は災いの元、というのは本当らしい。


 * * *


 その後、俺はまあこってり絞られた。

 大体は俺が悪いので反論する気はさらさら無いが、それでも流石に夕食の席でまで話が続くのは酷いと思う。

 貴族なんだから誘拐される可能性も考えろ、というのは実際失念していた話なので注意して貰えて助かったが。


 それはそれとして、レクシーが特に怒られず放置されているのは気に食わない。

 多分、何十回注意しても変わらなかった故にそうなっているのだろうが。

 俺も屋敷からの脱走を繰り返せば、いつかは同じ様な対応になるのだろうか?


 何て事を自室のベットに寝転がりながら考えていた所、突如として扉が何度かノックされる。 

 ……そして、俺が返事する間もなく扉は乱雑に開け放たれた。


「や、ノベル。そろそろ魔導書の解読を投げ出してる頃だと思って。助けにきたよ」

「そうですか、僕はそろそろ寝ようかと思っていた頃なんですけどね。あと、扉は開けたなら閉めてください」

「大丈夫、分かってる分かってる。で、魔導書はどこに?」

「はー……どうせ帰れと言っても聞かないですよね。そこ、机の上に置いてあるので読みたければ好きにしてください。僕はまだ旅の疲れが残っているんですよ」

「あれ、そうか。ノベル、ここには来たばかりだったっけ」


 この調子だと多分、俺の立場とかは一切知らない……というより、興味が無いんだろうな。

 それ自体は構わないのだが、疲れの方には少しくらい歩み寄って貰いたいものだ。


 話している間に気が抜けてしまったのか、旅の疲れとは関係なく今日一日分の疲れもどっと押し寄せてきて項垂れている俺をよそに、レクシーは魔導書を手に取り内容を確認する。

 

「––––––––うん、大体分かった。変な要素が一切無い、良くある古フォルゲン語だね。安心して、これなら十日もあれば覚えられるから」

「一応聞いておきますが、それは一日何時間勉強に費やす計算で話してます?」

「……記憶力は高いって言ってたよね?なら大丈夫。きっと出来る」

「質問への回答にはなっていないですし、そもそも僕はそんな事言って……いた様な気もしますね。いや、それでも無理なものは無理ですから」

「私も出来たんだから、ノベルに無理な訳はない。それに、私もサポートするしね」

「大変頼もしい回答ありがとうございます、が。自分が出来たからと言って他人が出来るとは思わない方がいいですよ」

「そう?でも、ノベルなら出来る筈。だって、私に勝ったんだから」


 ……あの一戦、俺が勝てたのは初見殺しが決まっただけな気がするんだよな。

 それなのに、何故か俺の実力と知力に対して絶大な信頼が置かれてしまっている。

 

 * * *


 その後、二人分の睡眠時間を代償に俺は古フォルゲン語を習得した。

 本当に十日で魔導書を読める様になってしまったせいで、レクシーの誤解が深まったのは言うまでも無い。


 ––––––––けれども、実に充実した時間だった。

 願わくば、今後ともこんな平穏な日々が続きますように。

 



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ここまで読んでいただきありがとうございます!

この話をもって一旦幼少期編は終了、今後は青年期の話となります。


ストックが尽きるまでは毎日投稿しますので、面白いと感じて頂けたのならどうかフォローと☆評価をお願いします!


 


 

 

 










 

 

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