第7話 ピンクハートのソファ


 三階にあるバル・ガラクタは、週末二日間だけオープンし、常に満員の御礼。アタノール一番の高級ショーレストランである。

 また、開店日には其々テーマが用意されており、その時々でメニューが違うため、マニアたちはこぞって通うのだ。


 バル・ガラクタのホールには、いくつものテーブルが並び、皆美味しそうに料理を堪能している。

 今日のテーマは、『収穫祭ハーベスト』。給仕係たちの美しいセクシーな格好で目を癒し、収穫祭らしく秋の味覚を使った美味しい料理に舌を癒やす。

 このアタノールにおいて、最高のレストランなのだ。


 さて、広い客席の奥には、特徴的なガラクタのモニュメントが天高く伸びており、案の定そこだけ天井が吹き抜けている。

 モニュメントの足元には、ピンクと銀色を基調にしたハートゴブラン柄のソファに、大中小様々な、ハートのクッションが置かれた特別席が用意されていた。

 シックにまとめられた他の席とは違い、そこだけとても浮いている。


 いつも満席の店ではあるが、その特等席はとある人の為に用意されたものだ。


 客はちらりとその席を見ては、面白いものが見れるぞと言わんばかりに、こそこそと話していた。


 今日は、そのハートのVIP席に客がいる。それも、一人ではなく、男と女で座っていた。


「聖女の回復魔法や防御魔法ごとき、魔術師が居れば良いと言われて……」

 ピンクのソファに背筋よく座る白い聖職着を着た若い女性。しくしくと泣きながら、目元を白いハンカチーフで拭う。その頭には、英雄学園を卒業した聖女の証である純潔の髪飾りを着けていた。

 純潔の髪飾りとは、魔王を倒したという初代聖女が着けていた物。英雄学園を卒業した聖女が身につけるというレプリカで、五つの薔薇の花と茨を模した金色の髪飾りである。


 その髪飾りの美しさに負けず、彼女の美しく洗礼された容姿はまさに聖女のようであった。


「ひっぐ、日々、勇者様のためっ、御神への祈りを捧げ、支えておりましたのにっ! うぅぅ……!」

「わぁ、ずっしり重めの愛だねぇ」


 しかし、美しい聖女の容姿も、彼女の隣に座るおちゃらけた男の前では霞んでしまう。

 顔だけは一級品どころか、世界で一番美しいと言っては過言ではないほどに、誰もが息を呑む容姿だからだ。といっても、職業は売れないコメディアン。将来性もないつまらなさ、中身がろくでなし・・・・・等の理由があるため、アタノールに住む女なら手を出さない男だ。

 しかし、新参者の聖女はそのことを知らない。


「しかも、私と婚約破棄してまでも! 出会ったばかりの、三位出身の魔術師の女が良いと!」

「わぁお、その勇者様は、決断も何もかも生き急いでるぅ〜う!」

 ひたすら悲しむ聖女の横で、男はうんざりした顔をしながら、薄っすら黄緑色のウェルカムシャンパンを飲む。返事してる辺りは彼の優しさなのだろうか。


 他の客たちはそんな男を見ながら、クスクスと笑う。

「なんだ変な女に捕まったか」

「いつも遊んでるツケが回ったな」

 そういう彼らの手にも、黄緑色をしたウェルカムシャンパンのグラスが握られていた。

 しかし、聖女の耳にはそんな男たちの声は届かない。


「それに、邪魔だからと、魔法でアタノールに飛ばすなんて! ここには、頼りになる貴族たちはいない、四位の街なんて……!」

 それは、この街にいる人たちは役に立たないと、言外に言っているのでは。聞き耳を立てていた人たちが、白けた表情になり、何人かは苛立ったように酒を煽る。隣りにいた男は思わず一瞬無表情になるが、すぐにやれやれと言いたげに肩を竦め、笑顔を顔に貼り付けた。


「御神は私を見放したのですわ……っうう!」

 しかし、しくしくと泣く聖女は、男や周りのの反応に気づくこと無く、どんどんと距離を詰めていく。そして、男はさり気なく遠ざかる。

 他の客達はそんな二人をニヤニヤと下世話な肴にしていた。しかし、従業員たちだけは、青い顔でヒヤヒヤと二人の様子を窺っていた。


「でも、そんな時に、アーサー様に助けられたのです!」

 次の瞬間、男の芸名・・を呼んだ聖女がほぼ勢いのまま、ずいっと二人の距離を縮める。客はぎょっと一斉に男の方を向く。「こいつが、人助けだって」と信じられないモノを見るような目だ。中にはあまりにも驚きすぎて、テーブルに置いていたシャンパングラスを倒した人もいる。


「あははー転送先がまさか劇場の男子トイレなのは、流石に勇者様はハイセンス過ぎない?」


「いえ、勇者様も魔術師もに転送呪文のセンスは……いえ、ともかく貴方様に出会う運命なのだと、御神からの啓示なのだと。それに……きゃあっ、私ったら恥知らずなことを」

 何かを思い出したのか、急に顔を赤く染める聖女。含みを持った言葉だが、それとは反対に男は酷く顔を引き攣らせる。

 男的には用を足そうとしてた時に遭遇しただけ。それで、神の啓示等言われるなんて心外なのである。


「これが運命なら、神様は余程君に試練を与えるのが好きなのだろうねぇ」


 精一杯の皮肉を込めて男が微笑む。

「いえ、これはきっと、御神の祝福ですわ!」

 しかし、皮肉に気づかない聖女は神に祈るように手を胸前で組み、大きな膨らみ押し上げて、男にぐいっと更に近づく。男は一瞬だけ胸に目をやった後、思いっきり視線を反らし、最後困ったように笑った。


 そんな男の気配を察してなのか、たまたまなのか、一人の支給係がVIP席に足を止めた。

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