⨕22:人外ェ…(あるいは、スクォーラ/情緒譲渡/インスタ微利ッター)

 白目を剥いて意識を遥か高みまで飛ばしている場合じゃあ無かった。


「……このまま本丸まで押していって、『大物』を仕留める。作戦てほどじゃねぇーけど、それでそこまで間違っちゃあいねえはずだ。『光力』も即座に尽きるってくらいにカツカツでも無いが、かと言って無尽蔵ってことも無え。こっからは迅速にコトを進めるぜぇ」


 ぱりと正気に戻って来た俺は、諸々を仕切り直したい気分が多々あってあってあり過ぎたため、敢えての現状振り返り説明台詞を長々と繰り出す間に間に、眼前で明らかに何か漲ってきていた若僧くん機の背後バックから、流石に四連発で事後っなえた機体分身体をずるりと抜き出すと、一発、いや二発三発と連続深呼吸をカマして気持ちを入れ替えていく。


 目標地と思しき北方の「湖」までほぼ直進にて直結しているこの国道何号線だかの、俺ら中心とした半径三十mほどの視界は、今や例の「黒もや」も晴れてクリアになっている。おっいぇ~、十kmほどでぶち当たる算段でございますでありんすねぇ~という、何故か艶やかな感じになった声色の若僧くんが、それでも思考は落ち着いた感じで、今欲しかった情報をつらりと差し出してくれていた。と同時に、俺の背後からはいくつかの車輪が奏でる走行音がけたたましく近づいてきてから停止する。


駆搬車キャリアー現着、お乗りくださいッ>


 パシュと今度は右手側に画面 ウインドウが開くと、ヘルメットを被ったおそらく「組織」の若手青年のきびとした声が割り入ってきて、俺はようやくここが戦場であるという認識を新たにする。いや、俺も到着するまではギンギンにそんな戦闘モードだったんだけどね? 何か分からない「御都合」を凌駕するほどの波濤がね?


<早く>


 葛藤というにはおこがましいほどの脳内弁論を展開させようとした自機体おれの肩甲骨と肩甲骨の間付近を握った拳にて小突いてきた姐ちゃん機にまさしく背中を押されながら、軋み音を発しつつ停車しているその「駆搬車」とやらに脚を上げつつ乗り込む。と言うかそれはこの四車線道路の幅に匹敵するほどの長大さを持つ無骨な「足場」然とした代物であって、目測幅十五m×奥行五mほどの色気のない長方形の金属板が連ねられているばかりの正にの足場であり。そいつを左右二台に分かれた特殊車両にて牽引する。二台はフレキシブルな動きが出来るよう板下部に切られた溝によって、ある程度左右への動きは可能。その足場自体は地上より二mほどの高さに位置するが、懸架治具サスペンションにより自在に高さを調節できるため、普通のクルマとかならその上を跨ぎ越していけるといった形状。この遮蔽物も障害物も少ない四車線にて機体を運搬するのに最適なものではあったが、通常時はこの「足場」は畳まれて、左右どちらかの牽引車がトレーラーが如く「縦に」引っ張るのであろう……いやいや。「御都合」の言い訳説明のようなことをカマしている暇も無い。よいしょともう片方の脚も上げてそのお立ち台のような足場に乗り上がると、次の瞬間、またけたたましく車輪を軋ませながら、結構な速度にて足元が動き出す。


<……>


 足場上、横並びに整列しているのは、向かって左手側に薄緑色の細身機体の姐ちゃん機―何かまだ「怒り」みたいな感情を表現したかのような素立ち腕組み姿勢にてじっと前方だけを直視しているかのような佇まいで何か怖ろしいが……そして右手には巨大な脚部を屈曲させ、その上に乗った、おそらく急造で改修されたのだろう、文字通り飾りのような申し訳程度の華奢な上半身と、以前はその内部骨格を模型のように露わにしていたが今日はそこはちゃんと補修されて鈍い輝きを放つ赤銅色の装甲板プレートが機体のいたるところに装備、だがその股間部に当たる操縦席部の左右真横から伸びた「竿」はそのままで、そこからまた黄色黒色の編まれたザイルが垂れさがり、その先に例の「杭打ち機」がぶる下がっている状態……あれ気に入ったんだろうか……上半身の方にもぶらさがってる「両腕」もちゃんと補修されてついておるのに……本当に飾りだったんだろうかねぇい……


 ともあれ、時折路上に放置されたままのクルマやらを器用に左右に車体を振って躱しつつ駆搬車は走行を続ける。周囲を覆うようだった黒もやは光力による捕捉・霧散化が奏功したのか、各所に散ったあの三人娘おさんかたの働きが目覚ましかったのか、流れる景色と共に徐々にその濃度を下げていっているかのように見える。いや、て言うか……


 違和感。あんだけ無尽蔵に湧かせていた黒もやだ、光力の威力が絶大だったとは言え、そんな簡単に全部消し去ることが出来るか? 何かを察知した「大元」の奴が、黒もや現出をもう止めているんじゃあねえか? やはり、意思だの知性だのを持った輩が奥に鎮座ましましてんだろうなぁ……厄介、そういうのがいちばん厄介だぜ……とは言え、地区内の「異常事態」は外面上は収まっているかのように映るわけで、パニックとかは防げそうだ。俺らはその「大元」「大物」野郎をガンぶちのめすことだけに集中すりゃあいいってことで、そいつは幸甚とも言える。今の俺なら、そして両脇のこいつらと一緒になら、それはいともたやすく行える類いの事とも、根拠は無えが確信している。


 息を吸い込む。あれほどいつも全身を苛んでいた「痛重さ」は今は微塵も感じてねえ。愛機テッカイトの操縦席にすっぽり着座し、身体各所をベルトにて固定されている、この体勢が負荷を掛けない最適なものであるのと共に、いまてめえの意思にて行動を為そうとしていることによって、脳内物質がどばどば出ているんだろう。いま全身に感じるのは「熱さ」。それが自分の身体からテッカイトの機体カラダへと、はたまた躍動する機体からてめえの身体へと。循環して増幅しているようなそんな感覚。「昂揚感」……久しくというか、今までの人生でも多分一度も感じたことの無い感情に、いま俺は支配されている。それは何となく、腹の底から震動するような「笑い」のようなものが顎辺りまで伝播していくるような、そんな意味不明の、だが脳天へ突き抜けるような快感を伴うものでもあったわけで。


 視界はぐんぐんと、目的地であるところの「湖」まで、そこにフォーカスしてズームインしているかのようにそれはスムースに、拡大されていく。今のところ、異状は無い……異状と感知できるかは別問題として。ぶわと両脇に流れる景色の内容が、人工物である建物の並んだ密さがほどけるようにしてまばらになり、木々や岩肌が代わりに占拠するようになって来た。道幅も細く、片側一車線にまで幅員は減り、よって駆搬車はやや斜めに隊列フォーメーションをシフトしながら、それでも法定速度よりはやや超過気味の速度にて俺らを乗せて突っ走ってくれている。黒もやはそうとしている間に薄れ、最早俺が光力で消滅させるまでもなく、いや、「無くなって」いた。


 いよいよかと、そんな予感が脊椎の後ろ辺りを貫く。ふと左側を見やると、表情の無い姐ちゃん機の頭部前部顔面部もこちらにやや向けられていて、何か言いたそうな感じだったが敢えて言葉を呑み込んでいるかのような、つるりとしているものの、そんな「顔つき」に何故か見て取れた。が、敢えてこの場で改めて話すことは無い気がしている。俺の中の最悪想定は、「大物」が「姐ちゃんの父ちゃん」であるということ。無論、「人間そのまま」では無いとも考えているが。あの例の「黒い輩」に、身体だか意識だか何だかを乗っ取られてしまっているような状態……それでも外面だけは「人間だった時のそれ」を模しているというか踏襲しているというか。ありがちかも知れねえが、それゆえ可能性は高いと見ている。見た目八割、みてえな事は、それが真実で無いことをいくら差っ引こうとも、なかなかに揺るがせられない事であろうから。だが、それでも躊躇せず「対象」と見られるか、ってことだ。「殲滅」の。が、が、


 いま敢えて釘を刺すことでもねえ。大丈夫、姐ちゃんにしても、それは百も……といった感じだろう。十六年前失踪した父親が、例え生きていようが死んでいようが、まったく連絡とか情報とかが無かったんだ、その時点でろくでも無え結果が待っていることは嫌でも分かっているはずだ。その類いの最悪事象を突き付けられてもひるむこたぁねえ。その事実を確認し、納得、そしてそれに決着……始末をつけに来ただけのこったろ? そいつに、その単純作業を、微力ながら手伝うぜ、付き合うぜ。それでもって全部がせいせいさっぱりしたところで、三人で旨い酒でも飲みに行こうや。


 潮風とか、そこまでの海辺感は無かったものの、湖際にもやはりの「水感」というものはあるわけで、そんな感覚を受け取ると同時に、なだらかな登り坂を上がりきった地平から湛えられた「水」の面が目の前にせり上がって来ていた。地図上ではそのくらいの大きさと想定は出来ていたものの、実際に面と向かってみるとそのでかさは思ってた以上だ。海すらあまり直に感じたものは無いものの、視界を突っ切る水平線はどこまでも続いているようで。壮大、そんな陳腐な表現がかちり嵌まるほどの壮大な風景に一瞬呆けて口半開きで見入ってしまうものの、見逃してしまいそうなほどにほんのわずかな違和感が俺の視界に点を穿つかのように突き入ってきたわけで。


<……ッ!!>


 人影。彼我距離はまだ約五十mほどはある。視界のほんの少しを占める砕石塊いしっころくらいの大きさのそれは、湖ほとりの下生えの中にこちらに背を向けてただ佇んでいる、ように見える。焦げ茶色のロングコート、それ自体がかっちりとしたシルエットを描くものの、それを差し引いても恰幅のよい、かなりの大柄。身体に感じる制動。察してくれたか駆搬車の速度は落とされ、ゆるゆると湖に接する舗装路の際までで静かに停車する。一応慎重に周囲を様子に視点を巡らす。周囲に他の人影やクルマとかは見当たらねえ。こいつが……だろう。やはり「人間然」とした姿かたちをしていやがった。


<一応、ですが、父親ではありません。記憶でしかないですが、面影も無し。いえ、例えそうだったとしても『目標』として応対します>


 自分に言い聞かせている意味合いが強いんだろう、左側の画面からそのような押し殺した音声が。そしてどこかほっとしたような声色にも感じられた。良かった。判断軸は分からねえし、姐ちゃんの言う通り記憶頼りの曖昧なものなのかも知れねえが、「違う」と直感で判断したのなら。してくれたのなら、その流れで突っ切れる。まあ例え父親ムーヴをカマされて来ようが構わず俺はこの機体拳ナッコォを撃ちつけるつもりだったからよぉ……


「……」


 雑で適当な手信号ハンドシグナルだったが、右手側の若僧くんに反時計回りで「目標」を回り込むように、左手側の姐ちゃんにはその逆を。基本も基本の「包囲挟み撃ち陣形」だが、正面に相手を挟んで湖を臨むこの状況……それ以外の最適は思い浮かばない。そして取り敢えずの様子見、も無しだ。初発ぶっ放す。距離を詰めていく……目標まで残り三十m。こちらの歩行音や地響きはいやってほど感じているだろうに、人影は向こうを向いたまま微動だにしねえ。例えこの焦茶外套壮年ロングコートダンディが無関係の一般市民だとしても、半刻ほど前まではこの辺りも「黒もや」に覆われていたわけだ。その中で驚き怯え戸惑って往生していたにしては、今、もやが晴れた中、変わらずとどまっているのが異様だ。そしてそのいかつい背中から放出されているかのような「平然感」というか自然な空気……そのサマが何よりそいつが異様だということを物語っているように感じた。間違ってもただの「人間」じゃあねえ。あの「黒い輩」どもと似た空気感……九割九分九厘、こいつだ。だが、万が一違ってたとしたら……とか逡巡する隙も仲間らに与えないよう、この俺が初っ端撃ち込んでやるぜ。もしそうだったとしたらそれは「不幸な事故」ってことで。俺が背負いこんでやる。距離二十m、射程距離に入った。


 ああーっと身体全体が滑ったぁぁああ、と本当に間抜けた声を出しながら、しかし視点は冷静に対象捕捉ロッコォン。対象を確実に殴りのめす角度にて、テッカイトを前方に軽く跳躍させつつその勢いで右腕を振りかぶり、真上からの鋼鉄の拳を撃ち下ろしていく。覚悟と決意の一発はしかし、


「おっとぉ、なかなかに肝の据わった御方がいるんだねぇ……いやはや」


 いかつい後ろ姿に着弾する前に何かに当たって拳は弾かれた。いや、ぬめっと滑ってあらぬ方向にいなされたと言うか。その一事でもうこの壮年が人ならざる者あるいはとんでもなく怪しい技術を持った輩という判断は成った。が、遠慮なしにぶん殴ることの出来る許可証おすみつきを貰ったところで、それを行使することがひどく困難であるということを思い知らされている現状は、いささかヤバいのではとの認識をするまでもなく、


「無機質の機体カラダを、有機の生身カラダが操るかぁ……なるほどなるほど、面白いねぇ良い発想アイデアだよ。見習うべきところ、多分にあるってところかぁ」


 よく響くバリトンだが、拡声器無しにこちらまで指向性を持った音波を飛ばせる時点でさらに只者じゃあねえポイント1獲得だぁ。とか、その声主から一歩二歩と後ずさり間合いを取りながら何とか落ち着こうと呼吸を深める。何事も無さそうに振り返ったそのよく日に焼けて褐色のエラ張り出し顔は、やはりその世代に特有の、余裕さと尊大さと傲岸さを兼ね備えているような、プラスいけすかないオールバックに整えられた口髭顎髭をも蓄えた、これでもかの壮年ヅラであったわけで。


 こいつは人間か? それとも黒い輩と同じく未確認生命体か? まあどちらでもそう変わりはナイのカも知れナい……


 ソウネン 氷河期オレタチ イジメル…… コ〇ス……


――昂燃メモその25:泡沫ナル 無思慮ナ輩ドモヨ 今コソ 氷河漬人アイスメンノ 裁キヲ 受ケルノダ……(怖――

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