燈乃夕陽と黃山花梨3

ということがあったのだ、という話しを花梨にするのは久しぶりだった。なぜかというと、私たちは今までほとんどずっと同じ時を過ごしていたから。同じ場所で、同じ仕事をして、同じことを思っていた。

 それが最近は別々の仕事が多くなっている。

「へぇ、桃ちゃん先輩がねー」

 タコのいる公園はいつのまにか道路になってなくなってしまっていたので、私たちが二人きりで話しをする場所はどちらかの家のサンルームになっていた。このマンションに引っ越してきたのはリーリとミーミの番組が終わる直前だったような気がする。

 私と花梨の関係と、私たちのママ同士の関係は、似ているような気もするし、全然似ていないような気もする。私と花梨は双子で、ママ同士は姉妹のようなのだ。

 私たちはできる限り同じ髪型で、同じ嗜好でいたがったが、ママたちはまるで違う人種、違う嗜好を持っていて、それでも時として、私たち以上に離れがたいらしい。

 偶然自分の子供がオーディションに受かって、子どもたちが同じ仕事をするようになって、付き添いのために顔を合わせる時間が多くなって、という、ただそれだけの関係だったはずなのに、今や同じマンションの同じ階に住んでいて、ほとんど毎日一緒にいる。今日も夜どおし宅飲みするとかで、ママたちは私の家にいる。

 だから今日、私たちは花梨の家にいる。

 花梨の家のサンルームは温室のように使われていて、乾いた植物と、水をたっぷり飲んだ植物の匂いが混じっていて、その間に太陽の残り香があった。私たちはいつも、バカみたいに沈み込む大きなクッションに全身を飲み込まれながらくっついている。

「私の分もお菓子くれればよかったのに」

 花梨がそういって口を尖らせるので、私は笑いを隠せなかった。

「なに?」

「そう言うと思ったから」

 ポケットから桃ちゃん先輩にもらったチョコを取り出すと、花梨は目を三日月にさせて笑った。

「さっすが相棒!」

 小さなチョコは半分にするとあまりに些細な存在で、でも苛烈に甘かった。

「あのひと将来太っちゃいそうじゃない?」

「でもすごい動いてるからなー」

「たしかに」

 私たちは二人でいるときには大抵とりとめのない話をしているけれど、この頃は仕事の話が多くなった。

「花梨は今日はみどちゃんとだっけ?」

「そーそー。ビジネス関西のおこぼれでクイズ」

「結局みどちゃんって何歳まで大阪いたの?」

「いやそれが大阪じゃなかったんだよ。兵庫なんだって。しかも2才だって」

「えー2才はさすがに関西詐欺じゃない?」

「うん。でも話がわりとハネてたから、放送終わったらビジネス関西キャラでいけるかも」

「逆に?」

「ぎゃくにぎゃくに」

 花梨はもうなくなったチョコレートの包み紙をいじりながら、布が波打っている天井を眺めていた。蓄光の星のシールがまだ汚くちらちらと光っている。あれは何年前だったんだろう。越してきてすぐだったような気がする。

 仕事がなくなって、暇だったので二人で天井に全部の星座をシールで作ろうとしたのだ。でも、途中で飽きてしまった。布の上に貼ったので、いくつかはすぐに落ちてしまって、今では星座らしい形を保っているものはない。

 でも、花梨の作ったものはどんな不格好なものでも、ひとつの作品として完成しているような気がする。学校で作るような工作でも、ほんの暇つぶしに描いたらくがきでも、意思がこもっている。その中でも、このサンルームは一番の作品だ。

 もし長い長い眠りにつくようなことがあったら、私はこの中で眠りたい。

「そういえば、マネージャーから聞いた?」

 ふとなんでもないことのように花梨が呟いた。なんのことだろう、と思う時点でそれは私には聞かされていない話に違いなかった。

「なに?」

「髪型、別々にしたらってさ」

「私たち?」

 うん、と小さく花梨は呟いた。なぜだか私はその顔が見られなかった。

 いつかはそんなときが来るだろうとは思っていた。出会ってから今まで、私と花梨は同じ髪型でいた。同じ日に同じ場所で髪を切って、同じ日に同じように結ぶ。血の繋がりの何もない別の個体なので、もちろん髪質も伸びる速さも違って、だから、髪型だって本当は同じではないのだ。

 でも、それだけで今までは双子でいられた。

 それは唯一、私たちが自ら望んでしているわがままで、私にとって花梨と似ていると言われることは、自分の存在の肯定に等しかった。同じ格好でいることは、ずっと同じ場所にいてもいいということの証だったのだ。

「いつか言われるだろうなーとは思ってたけど」

 なんとなくそう呟いたのは私だったけれど、おそらくそれは花梨も同じ気持ちだ。そーねー、と軽く言って、やはり花梨は三日月の目で笑った。

「もしかしたら、本当に売れるかもね。これから」

「うん」

 その気配は少し前からあった。苺ちゃんが話題になっていろんな番組に呼ばれるようになってから、他のメンバーも仕事が増え始めた。

 最初はなぜこの面子でグループを組ませようと思ったのだろう、と不思議に思っていたけれど、さすがは老舗のアイドル事務所。才能やら伸びしろやらあるいは短所やら、いろんなものを加味して、取捨選択を行い、このグループになったのだと日々思わされる。

 みどちゃんは圧倒的な歌唱能力もさることながら、威圧感を感じさせない見た目の愛らしさと受け答えで大衆受けするだろうし、海さんはルックスも実力も申し分ないうえ器用で、不憫キャラもあるし演技もできる。桃ちゃん先輩は、もはやどの分野にも代わる人がいなくて、存在それだけで唯一無二。すみれは歌もダンスも日を追うごとにうまくなって、容姿もどんどん綺麗になっているし、成長を見守るという現代アイドルに不可欠な要素を担っている。

 そして、なにより苺ちゃん。彼女をセンターにすることでここまで化けるとは事務所の人間は予想していなかったのではないだろうか。そういう不確定要素も予想として含まれているのかもしれないし、もしかすると本当の本当は何も大したことを考えずに抜擢したのかもしれない。

 このグループになってからの苺ちゃんの爆発力はすさまじい。憑依型のアイドルとしてのカリスマ性と、バラエティに出ているときの天然愛されキャラの二面性はギャップという言葉では片付けられないレベルだ。

 確実に波が来ている。

 昔、私たちが乗った波は、非常に突発的で、ただ運が向いたというだけのことで、自分たちはもちろん、周りの誰もあれだけの売れ行きを予想していなかった。むしろ、ああいった大衆のふいな情熱は、予想をしない場所や出来事にだけ反応するのだろうと思う。

 でも今は違う。 

 私たちは売れないといけない。

 それが仕事だから。

 運が向いたときに、すぐさまそれに反応できなければここで生きている意味がない。

「いつまでも双子ちゃんのままじゃあね」

 最近、ばらばらに仕事をすことが多くなったのは、恐らく大人たちのそういった思惑も多少はあるのだろう。まだぎりぎり子供である今だから許されるが、高校生にでもなれば今と同じやり方ではきっと通用しない。

 どうやったって人間は、大人に近づけば近づくほど顔つきが変わってくる。そんなことは、自分たちが一番わかっている。私たちはそんなに似ていない。私たちが一番よく知っている。

 そうして二人で一人、ということ以外に私たちには強みらしい強みがない。

「どうしよっかね?」

 花梨は眠る前の子供みたい少しだけ笑みの含んだ喋り方をしていた。花梨がそういう声をだすときは、何か本当に大事なことを決断しようとしているときで、そうして、怖がっているときだ。

「何か探さないとね」

 私はかえってそういうとき、必要以上に声が固く鋭くなってしまう。私たちは、本当は本当に少しも似てはいないのだ。

 だからこそ、一緒にいることに意味があった。

 今までは。

「別々に探してみる?」

 私がそういうと、やはり花梨は笑ったような顔をしていた。

「しばし模索?」

「できるかな?」

「わかんない」

「どうやってやる?」

「うーん」

 出来ることなら、このままここでじっとして一生を過ごしたいくらいだった。でも、それには人生が長すぎる。私たちはまだまだ、ぜんぜん、なにも使い果たせていない。

 二人で決めたことだから、たとえ一人になってもやり仰せないと。

「しばらく会うのをやめるとか?」

 私の言葉を、やはり花梨はすべて理解しているようだった。

「仕事のときは普通に?」

「うん」

「そうだね。二人でいたら、絶対に戻っちゃうもん」

 私たち。

 と、花梨は言った。そう。私たちは自分だけのことを語るときでも、いつも私たちという人称を使ってきた。世界が私たちと、私たち以外だけしかないから。

 サンルームの星は鈍く光っていた。

 またここに戻れるように、一人にならなくちゃいけない。

「じゃあ、またねかな?」

「うん。またねだね」

 そう言ってから、私たちはしばらく私たちの天空を眺めていた。

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