一応魔の手はあるらしい その1
「なんか明日提出物あった気がする」
「おいやめろ何そんな恐ろしいこと急に言い出すんだ」
一緒に帰路を歩いていた青仁が、学生的に最悪の発言をし始めた。梅吉は反射的にスマホを取り出し、何かメモが残っていないか探す。
「……あ、これか。現文で与えられたテーマに沿ってあなたの意見を書きなさいとか言われてたやつ。これならオレもう終わってるから関係無えわ。あー良かった」
当たり前だが既に終わっている課題の事は頭から抜けがちである。精々提出日を忘れないようにしなくてはならない、程度だ。それだって最初から学校に置きっぱなしにしておけば大した問題もない。梅吉が胸を撫で下ろしている横で、青仁が顔を顰める。
「それだそれ。なんでお前終わってんの?俺多分まだ白紙だぜ?」
「要求文字数少ねえから別に。最悪でも一時間ありゃ終わるだろ。つかこういうの、多分文字数をマシマシにして入試に出てくるんじゃねえの?人はそれを小論文って言うんだぜ。またひとつ賢くなったな青仁」
「ショウロンブン?何それ美味しいの?」
そういえばこいつはミステリー小説を好んで読むくせに、文章は梅吉より書けないらしいのである。本人曰く、読書量と製造能力は比例しないとか。今日も元気にすっとぼけて明後日の方向を向いている。
現実逃避に勤しむ奴に、梅吉も適当な言葉を返す。
「お前ならマジで食いそうで嫌だ」
「いや流石に食わな……あ、食べられる紙は食ったことあるな。マジで食べれて面白かった。まだ残ってるしお前も食う?」
「青仁お前マジで何でも食ってんな?!つか何なんだよ食べられる紙って!!!」
そこで斜め上の答えが返ってくるのが青仁である。流石と言わざるを得ない。
「そりゃあ文字通り食べられる紙だよ。いやさあ、Y◯uTube見てたら見つけちゃって、これはもう買うしかないなって!ア◯キパンごっことか、赤点を隠蔽するためにテストを食う人ごっことかが捗って楽しかったよ。あ、でも味は全然面白くなかった。普通。そういう意味ではちょっと残念」
「何でそんな楽しそうなことにオレを呼んでくれなかったんだ?!」
しかも珍しく普通に自分もやりたい案件だった。だって誰だってやりたいだろ、都合の悪いことが書かれたメモを食って素知らぬ顔で振る舞うイカれ野郎ごっことか。
「だってお前普段俺が新規開拓に勤しむのに巻き込むと怒るじゃん」
「そりゃ明らかな地雷原突撃行為になんざ付き合いたくねえし……地雷率九十八パーぐらいだし……」
「いやそんなに高くねえよ、精々六、七十ぐらいだろ。俺の面白いもの見つける能力、まだまだ修行が足りないし」
「ゲテモノ発掘能力よりも先に磨くものがあるだろ。文章力とか」
「あー!あー!聞こえなーい!俺ちょっと耳遠いのかもー!」
今日も今日とて、二人は平和極まりない日常会話を繰り広げる。故に二人は、気がつけなかったのだ。
二人のすぐ後ろに、他校の少年達がいることに。
「ねえ」
「はあ。何、お前もしかして老化始まってんの?この歳で?大変だなあ青仁爺さん(笑)」
「ふぉっふぉっふぉっ、ワシはもう歳だからの。仕方のないことじゃ」
「あの」
「そうかそうか、ってことはお前高校生なのにもうちんこが死んじまったのか……二重の意味で」
「は?!?!俺のちんこはバリバリ現役だから!お前何言ってんの?!てか俺のちんこは今も俺のこと天から見守ってくれてるから!まだ死んでないから!」
「……」
しかしナンパを試みた少年達は、虚無顔で二人の横をすり抜けていく。当然だろう、話しかけても完全に無視された上、延々としょーもない下ネタを話し続けていたのだから。誰だってどれだけ発言者が美少女だろうと「天からちんこが自分を見守っている」とかほざいていたら、それこそオリハルコン並の硬さの精神が無い限り、話しかけることは困難だ。
無論二人にナンパを撃退した自覚などあるはずもなく、呑気に会話に花を咲かせていく。
「え?何?お前のちんこって今お前の守護霊やってんの?ちんこが守護霊って普通に嫌じゃね?」
「いや俺の守護霊がちんこだったらお前の守護霊だって確実にちんこだから。同罪だぞ」
「つまりオレらは守護霊占いとか行ったら公然わいせつ罪に問われかねないってこと?」
「かつてないほどアクロバティックに法を犯してそう」
「法の犯し方の芸術点で、ギネス世界記録取っちまうか……」
まあ大体ちんこ型のオーラを纏った霊能者みたいなものだし、普通の人には見えなそうだから大丈夫だろう、と梅吉は現実で適当なことを言いながら脳内も適当に片付けた。
ちなみに多分何も大丈夫ではない。
「ていうかこんな話がしたかった訳じゃねえんだよ。現文の課題!テーマなんだったか覚えてるか?」
「えー……確かあれだ、Sから始まる」
「俺、Sから始まる単語三文字のやつしか知らねえんだけど」
「あー思い出した、あれだよあれ、持続可能な開発目標を達成するために必要なこと、それに対するあなたの見解がどうたらこうたら」
「持続可能(意味深)な開発(意味深)目標……?!」
「ちょっと面白そうなのやめろ。特に提出したらどんな反応が返ってくるかが」
何故下ネタ方向に謎の発想力を発揮してしまうのか。いや男子高校生なんて、その有り余るエネルギーの大半を性欲に向けて生きている生き物なので、まるでおかしくはないのだが。と、ここまで考えた辺りで梅吉はふと気がついた。
「て言うかお前さっき一個ツッコミ忘れただろ。そこは爺さんじゃなくて婆さんだって」
「それにツッコミ入れたら負けだと思ってる」
「そう言う時だけキメ顔で言うんじゃねえよ。現実を直視しろー現実を」
「最近はお前よりは現実見れてる自信ある」
「は?おい待てどの辺だよちょっと言ってみろ!」
繰り返すようだが、この二人は音声さえミュートしてしまえば完璧に美少女なのである。それこそ後ろ姿ですら、美少女としてのオーラを隠しきれない程度には。
つまり、今の二人にナンパを試みる野郎なんて掃いて捨てるほどいるのである。ちなみに今回は大学生っぽいTHE・チャラ男な二人組であった。
「ねえねえ、そこのカワイイおねーさん達〜」
男達は背後から、慣れた様子で梅吉と青仁に話しかける。
「そこは自分で気づいてこそ初めて現実を直視してるって言えるんじゃないか?」
「君たち?ちょっと聞いてる?」
「言わないんじゃなくて言えない人がやる手法なんだよそれは。さっさと認めちまえよ、証明材料が無いって」
調子乗ってる青仁は当たり前のように気に入らないので、こちらも応戦体制を取る。と言うかこれは完全に宣戦布告という奴だろう、受けなければ漢が廃る。
……しかし、先程から聞こえてくるカワイイおねーさん達を呼ぶ声は、一体誰を指しているのだろうか。少なくとも梅吉のお眼鏡に見合うようなお姉さん系美少女は青仁以外周囲にいないようなのだが。さりげなく辺りを見回しても、それらしい人は見当たらない。
「は、はあ?そ、そそそそそんなこと無えし?」
「あれ、もしかして聞こえてない?じゃあもう一回言うから聞いててね、そこのカワイイおねーさん達、君たちに話しかけてんだよ?」
「絵に描いたような図星の人じゃん。て言うかさっきから」
「ちょっとー、人の話聞い゛ッ?!」
突然他人の肩を掴もうとする男が現れたので、梅吉は反射的に腕を本来曲がらない方向へと捻った。少々梅吉は手癖がよろしく無いので、仕方のないことである。
というか突然他人に接触してくるような非常識野郎なんだから、これぐらいの制裁は許されるだろう。
「あれ、梅吉どうしたの?てかそいつ誰?」
「知らん。なんかオレの肩掴もうとしてきたから取りあえずやった」
「痛ててててて!何なんだよお前?!女のくせに割と力強いな?!」
どうやら青仁も気がついたらしいが、聞かれても梅吉だってさっぱりわからない。向こうが手を出してきたからこちらも正当防衛を行なった、それ以上に言えることはないのだから。
「あのさあ、いきなり暴力に走るとか人間としてどうかと思うよ?こっちはちゃーんと会話から入ってあげてんのにさあ!」
「は?何言ってんだお前。先にやったのはお前だろ」
「だからさっきから話しかけて他のに君たちが反応しないから、とにかく呼び止めようとしただけだっての!」
梅吉に腕をやられていない方が捲し立てる。はて一体何を言っているのだろうか。話しかけられた覚えなどないのだが。と梅吉が首をひねっていると。
「あー……もしや、おねーさん達って呼んでたの、お、わ、私らのこと?」
青仁が納得したような表情で問いかける。……まさかあの、ナンパされているカワイイおねーさん達が梅吉と青仁の事を指していたとでも言うのか。いやそんなことがあるはずが
「そう!そうだよ君は聞いてたんじゃん!も〜返事してよな〜!」
あった。
「は?オレらのことだったの?ふざけんなよ。オレカワイイおねーさんがいるって聞いて必死に周り見てたのに!オレの時間返せよ!」
「お前もしかして大分アホ?お前が反応してないから気のせいかも……ってちょっと思ってた俺の気持ち返せよ」
いや誰だってカワイイおねーさんって単語を聞いたらとにかくカワイイおねーさんを探すだろう。少なくとも梅吉はそうである。間違っても青仁みたいに即座に自分の事だとは判断できない。
ていうか、なんでお前は判断できたんだよ。
「えー?!二人ともそんなこと思ってたの?!ひどいなー。あ、そいつもただ君たちに気がついてもらいたかっただけで悪気とか全然なかったから、離してあげてよ」
「……」
野郎の悲鳴を聞き続けるような妙な趣味もないので、渋々と男から手を離す。
「ね、おねーさん達俺たちと一緒に遊ばない?カラオケとかどう?」
「突然腕も掴まれちまったしさあ!詫びだと思って!」
そういえばこれは、二人を対象にしたナンパだったと思い出せたのは、男達に詰め寄られた後だった。なるほどナンパとはこのようなものらしい。
取り敢えずいつかの自分達が美少女と化したお互いに気が付かずに声をかけてしまった時、お互いが繰り出したアレは彼らの手腕には遠く及ばないことはわかった。あまりにも悲しい現実ではあるが、ここは粛々と受け入れるしかない。
「ちょっとまた無視すんの?ねえさあ〜」
「え、い、いやあその……俺、あいや私はが、学校の課題がちょっと、終わってなくて」
「じゃあ俺たちが手伝ってあげるよ!高校生の課題でしょ、俺ら大学生だからさ、それぐらい余裕だって!」
どうやら二人は初見で物理に訴えてきた梅吉よりも、外見的にも行動的にも大人しそうに見えた青仁にターゲットを移したらしい。なるほど合理的だが、そいつの方がよっぽどやべえのにと梅吉は冷静に思う。誰だって胃袋ブラックホール(青仁談)よりもドリンクバーの狂人の方がヤバいと感じるだろうし(偏見)。
まあ、こんなふうに冷静に見ていられる余裕は無いのだが。
「ほらそこの子も!っていうかさっき自分のこと俺とか言ってたよね?そんな男みたいな呼び方で自分の事呼ぶのやめた方がいいよ?こんなに可愛いんだからもったいないって!」
「……」
あ、これ面倒臭い奴だなと梅吉は直感的に悟った。こういう時に緑辺りがいると便利なのだが、奴は本日妹と予定があるからとか言いながら爆速で帰宅済みである。この場に現れることは無いだろう。その他のクラスメイト達にこの手の度胸があるとは思えないし、一茶は確かに最強だが外見が弱そうなのでこういう時は役立たない。
……どうやら、手段を選んでいられる暇は既に無いらしいと、梅吉は悟った。
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